仲間

「待ってください!」


 声を上げたのはティタだった。


「どうやら捨て身の突撃は早計のようです」


 どういうことだ、と問い掛ける眼差しでグリステルがティタを見る。ティタは仕草で空を見るように促すことでそれに答えた。


 は無数の影だった。

 平原の南側、砦付近の空を舞う数百の、三角形の影だ。


「鳥……いや、あれは……」

 グリステルが疑問をそのまま呟いたその時、その三角の影が砦に取り付く影の民の軍勢に高い空から何かをばら撒いた。


 チカチカと地上でまばゆい輝きが幾つもまたたく。

 ど、ど、どどーん!

 炎と土煙、一瞬遅れて遠雷のような音が平原一体に鳴り響き、更に遅れて爆風の余波の風がふわっとグリステルの頬を撫でた。


 遠目だからよくは見えないが、どうやら三角形は巨大な凧で、その下に腹這いになった人間が括られているらしかった。


「私が救援を依頼した南のエルフ族、カカンゴラヘイムのエルフの同胞たちですね。ギリギリになってしまいましたが間に合ったようです」

「あれは……凧か? 凧に人を乗せて飛ばす技があるとは……」

「ワルキューレの翼、と呼ばれています。エルフの秘術ゆえ他言無用に願います」

『あんだけ派手に暴れといて秘術もクソもあるかよ。エルフが風に乗って飛ぶって話は、広く知られて伝わるだろうぜ』

「……砦や騎士団に落ちた爆弾もあるようだが」

 ティタは申し訳なさそうに視線を逸らした。

「カカンゴラヘイムの長、プワロンガは私の従兄弟で……正義感は強いのですが何分、その、性格が派手好きで大雑把な所があって……申し訳ありません」


 三角の翼を背負ったエルフたちは旋回しながら高度を下げてついに着地すると爆撃で混乱の只中にある影の民の部隊と戦い始めたようだった。

 続いて平原の北側、グリステルたちに向かって来ていた影の民の軍勢の隊列の中に次々と爆発が起きた。しかし、空にワルキューレの翼の影はない。


「ホッ、ホッ。全くわが一族ながらノロマだわい。間に合わんと思ったぞ」


 デックがそう言ってやれやれと言った感じで長く息を吐いた。


 影の民を吐き出し切った北側の森から、数百の、荷車を引いた馬の隊列が飛び出して来た。

 荷車には防護盾が打ち付けられていて、その間から金属の筒が出ており、その筒が爆音と共に炎を吹いて、その炎の先で更に別の爆発を生じさせて影の民を吹き飛ばしていた。


「プレタニケ島に移り住んでいた兄弟たちだ。遅れたのは我ら一族の足の短さゆえ。ドワーフに助けを請うなら、次からは早目に言ってもらわねばの」

「あれは火龍筒……鉛を詰めて湖に沈めろと言った筈だ」

「言われた通りしたわい。あれは我々ドワーフ工房が独自に改良を加えた新型だ。本体を鋳鉄から鋼鉄に換え、中央から掛け金で分かれて分割して運べるようにした。弾は円筒の形にして先を尖らせ、より多くの炸薬が詰められるようになっておる。散弾に人のクソを塗る工程は省略した。効果が疑問だし、その割に工程の負担が重たいからの」

 デックは珍しく上機嫌な様子でウインクした。

「全く……どいつもこいつも」

 文句らしいことを言ったグリステルだったが、言葉とは裏腹にその表情は優しく、柔らかかった。

 彼女は愛おしそうな眼差しで、彼女を囲む仲間たちを見た。


『勝負あったな』

 ザジがそう言ってグリステルの隣に立った。

『ちゃんと策を用意してたんじゃねえか。影の民は大混乱。戦力もズタズタだ。この戦、王国の勝ちだぜ』

「間に合わない策を策とは呼ばん。今回は運が良かった。我々王国はエルフとドワーフに大きな借りを作った。ありがとうティターニア・リョーサルムヘイム。ありがとうデック・アールブ」

 グリステルの感謝の言葉に、ティタはうやうやしいお辞儀で応え、デックは左手を軽く上げて応えた。

『さて、どうする? 春光の将軍。もう突撃の必要はなさそうだが』

「予定通り陛下とその馬車を護衛して西進し、河まで抜けよう。その後、砦の内側の王国軍の陣にお連れする」


「陛下などと呼ぶな、アンメアリ!」

 クロビスは相変わらず元気だった。

「少なくとも、他の臣下のいない所ではな。私の言った通りだったろう。我々は生き残り、王国は勝つ」

「クロビス……最後まで油断は禁物だ。まだこの戦いは終わっていない」

「そして、将軍は国を救う」

「私一人の力ではない」

「アンメアリ。いや、グリステル・スコホテントト。勿論この勝利はきみ一人の力で成したものではないかも知れないが、同時にきみがいなければ起きなかった奇跡だ」

「クロビス……」

 ザジが狼の顔で頷いた。

 ティタは花のように微笑んで、デックは満足そうに髭を撫でた。

 オベルはティタに寄り添って同じように微笑み、ニコラスとメロビクスはグリステルの前に跪いて礼をした。

 皆、先程グリステルが仲間を見たのと同じ、温かい優しい眼差しでグリステルを見た。

 グリステルはなんだか気恥ずかしくなって、顔を赤くして俯き、それを振り払うように言った。

「だから、戦いはまだ終わっていないと言ってるだろう馬屋の貴公子。いいからきみは馬車に戻って、心細い思いをしてるだろうその侍女を安心させてやれ」

「分かった。彼女のことは私に任せろ。かつて邪竜がはびこり、多頭の毒蛇の巣であったと伝え聞く魔窟の底に棲むというドワーフの名工、デック・アールブが鍛えしこの魔性の刃、英雄と王が交わした誓いの剣、グリステルの剣に懸けて……」

 長々と喋ろうとするクロビスの背中をグイグイと押して、グリステルは彼を馬車に押し込んだ。

「さあみんな、出発だ。魔と会えばこれを斬り、神と会えばこれを退け、国王の馬車を守って全員で生き残る! 今から先、この戦の決着まで一人とて討たれ落伍することまかりならん! 行くぞ!」


 おう、と仲間たちが大きく返事をする。


 グリステルは神に祈った。

 素晴らしい仲間と巡り合わせてくれたことを、心から感謝致します、と。

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