決闘

『大体敵に対してまともに相手し過ぎなんだよ』


 ザジはグリステルの様子に構わずに狼のマスクを被り直すと道具袋から炸裂弾を取り出し、点火して敵の陣形の真ん中にポーンと投げた。


 どーん、と言う炸裂音、爆風と砂埃。さしもの牛頭族たちも混乱に陥り、陣形は乱れた。

 その隙を見逃すティターニアではなかった。

 しっ、しゅしっ!

 口から細く出す息で会話するエルフの秘話術でオベルとメロビクスに合図を出すと、女王自ら地を這う影のように低い姿勢で混乱する牛頭の戦士たちの中に滑り込んで行く。オベルとメロビクスもやや散開するようなコースでそれに続いた。


『流石エルフの姫さん。あれが正解だ。奴らが下手に陣形を組む前に懐に飛び込んで乱戦にすんだよ。いつもそうやって来たろうが』

「どうして無事だと報せなかった⁉︎」

『ああ? 報せる手段なんかあるわけねえだろ。こっちはカラスの側近の振りするのに手一杯よ。敵の陣地から手紙でも書けってのか?』

「私は……きみが……死んだと思って……」

『泣き言は後で聞くぜ。ほら、カラスの将軍と決着つけるなら、今がチャンスだぜ』


 グリステルは我に返った。

 ザジの示す先に視線をやれば、ヴァハが頭を振りながら立ち上がる所だった。


『引っ張り倒して落馬まではさせたんだがな。なにせ世話の焼けるなんとかの騎士がまたピンチでよ』

「……誰のことだ? さっき王命が下ってな。今の私は春光の将軍だ」

『へえ! ようやくこの魔界の将軍と並び立てる身分になったってわけだ。じゃあ役職分の仕事しろよな。手伝いがいるか? 泣き虫将軍』

「無用だ。ニセ狼の口だけ将軍。前の顔より男前だぞ。この際、狼族になってはどうだ?」

『毛皮ってのはゴミを吸っていけねえ。俺は綺麗好きでね。半身と頼む俺無しで平気なのかよ?』

「奥方に似てる私にそばにいて欲しいのか?」

『……奴までの道は切り開いてやる。決着はお前が付けろ、春光の将軍!』

「見届けてくれ、私の半身、終生の相棒よ!」


 二人はエルフたちが掻き乱す牛頭の突撃部隊の中に踊り込んだ。

 そして邪魔になる相手だけを突き倒し斬り捨てながら一直線に進んだ。

 グリステルは自分の身体の変化に驚いた。

 身体が軽い。鎧も。剣も。

 呼吸が楽で、血は容易に体内を駆け、蹴る大地はバネのように弾んでぐんぐんと彼女を前へ前へと押し進める。

 ザジが隣にいる。

 ただそれだけで強くなる自分を彼女は確かに自覚した。

 二本で一本の動きをする矢のように、二人は牛頭族の部隊の真ん中を貫いた。


「ヴァハッ!」

「来い小娘! 神罰の血十字をその身体に刻んでやる!」


 ヴァハはもう一本抜剣し、二剣をもってグリステルを迎え撃つ構えを取った。


 グリステルは駆け抜ける勢いのままに高く跳躍した。

「お前が死者なら私も死者だ! もはや迷いも恐れもない!」

「ほざけえっ!」


 鋼が激しく撃ち合う甲高い音がした。

 雷かと見紛うような火花が二人の姿を真っ白に照らした。

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