仇敵

 ど、どん!

 低く重い太鼓の音が響く。


「オオッ!」

 牛頭族アンチパスは皆、厚金の鎧を身に着けていて、両手に短い棍を持ち、それを開くように構えた。


 どんっ!

「アアッ!」

 雄叫び一声、十人余りの牛頭が一列になってグリステルたちに突撃を敢行した。

 それは迷いない全力疾走で、地響きを上げて突進してくる鎧の牛頭たちの迫力にグリステルたちは息を飲んだ。


「メロビクス! ニコラス! 私の左右に! クロビスは私の後ろへ!」

「私も前に出る! そなたが下がれアンメアリ!」

「いいから下がれ無茶の国の王よ! 私の背中を守ってくれ!」

「背中? 承知した!」

 グリステルはメロビクスとニコラスと身体を密着させて、姿勢を低くして衝撃に備えた。

「踏ん張れ!」


 ガツッッ!


 金属と金属、肉体と肉体がぶつかり合う音が響き渡る。

 グリステルたちは四人で三人の牛頭と力比べのような構えになって動けなくなった。 


 ど、どん!

「オオッ!」


 また太鼓と雄叫び。

 今度はさっきと構えが違う。身を低くした一列目の向こうに、槍を構えた二列目が控える。


(しまった……!)


 グリステルは相手の陣形の意図を理解して戦慄した。


 どん!

「アアッ!」

 

 二列の牛頭はそのまま突進し、一列目の背中を踏み台に二列目が高くジャンプした。グリステルたちは第一波の牛頭たちと力比べの真っ只中で動けない。空中からの槍の攻撃を躱すことも受け止めることも不可能だった。詰み《チェックメイト》だ。


「くうっ!」


 グリステルは身構えて目を閉じた。

 味方は皆、同じ状況であることは疑いなかった。騎士団が数で圧倒されていて手一杯であることも。今、この場にグリステルたちを助ける誰かがいないことも。終わりだ。何もかも。


(すまない、ザジ! 私は約束を果たせなかった!)


 その時だ。


 ひひ、ひひーんっ!


 高らかな馬の嘶きが天を突いた。

 なんだ、と顔を上げたグリステルは見た。

 高くジャンプした騎馬が、空中で牛頭を蹴散らすのを。そしてその馬は着地するとその勢いのままグリステルたちと組み合う牛頭とのひしめくスクラムに突っ込んで来て、牛頭もろともグリステルたちをも弾き飛ばして馬は倒れた。

 乗っていた戦士は馬が倒れる直前に飛び降りていた。

 背中を打ち付けた衝撃に咳き込みながらグリステルはそれでも素早く起き上がり、状況を確かめようとした。

 倒れて呻く敵と味方。その中で一人着地の姿勢で屈み込む獣人の背中。


 振り向くように顔を動かしたその横顔を見たグリステルは怒りに毛が逆立つのを意識した。


「貴様は……!」

 ザジの仇、ヴァハの側近の狼男だ。

 グリステルは駆け出して斬り付けたい衝動を堪えながら、敵の幹部に問い質す。

「何のつもりだヴァハの手先。裏切りか? 罪滅ぼしのつもりか?」


 狼男は立ち上がりながら鼻で笑ったようだった。ザジを笑われたような気がして、グリステルは顔を逆さに撫でられたような心地だった。


「貴様は私の……! 私が半身と頼む仲間の仇だ! 今更何をしようと、いつか必ず私が貴様の息の根を止める! 彼の……ザジの仇を討つ! 忘れるな!」


 狼男は口笛を鳴らして肩を竦めた。

 その茶化すような様子が、グリステルの気持ちを更に逆撫でする。


「いつかと言うのは撤回する! 今ここで勝負しろ! 狼頭の大道芸人め!」

『ったく、相変わらず血の気の多い嬢ちゃんだぜ』


 狼頭は肩に二股の槍を担ぐようにしながらグリステルに向き直った。


『敵の将軍との勝負を投げ出して助けたってのにその言い草はねえだろう』

「何……⁉︎」

『おっと。また坊やのグリステルが一緒か? よくよくそいつとは縁があるな』

「なっ……!」


 グリステルは混乱した。

 坊やのグリステル? 敵の将軍?

 この声。この話し方。肩を竦める仕草とからかうような口笛。

 まさか──。いや、しかし──。


「待て。そんな筈はない! 彼は……私の目の前で……」

『組み伏せた上で、あいつの腹の下に火ぃ付けた炸裂弾をねじ込んでやったのよ。俺も吹っ飛ばされてあちこち火傷したが、近くに狼男の頭が落っこちて来てな』

「じゃあ……じゃあきみは……いや、嘘だ……彼は、死んだんだ……!」

『疑ぐりぶけえなグリシー』


 狼男はひょい、とマスクをめくり上げて髭面を見せた。


「これで信じたか?」


 グリステルの見慣れた相棒の顔が口の端を上げてウィンクした。

 だがグリステルにはそれがふるふると滲んで揺れて良く見えなかった。

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