小剣
いつの間にか馬車は隊列から離れた二つの遊撃部隊に囲まれる格好になっていた。
グリステル以外に健在なのはエルフのメロビクス、ティターニア、その側近のオベル、そしてドワーフのデック・アールブ、馬車の御者席を降りたニコラスの五人、それにキルデリク二世ことクロビスを含めて六人。
そこに二十人の敵が殺到して来ており、時間が経てば益々増えるだろうことは疑いなかった。
「陛下! 馬車を……」
「くどいぞアンメアリ! 私を陛下と呼ぶな!」
「……クロビス、馬車を離れよう。この車輪付き神殿は目立ち過ぎる! 馬車のそばにいる限り、我々に勝機はないぞ!」
「ならん!」
「何故だ!」
「馬車には私の従者が乗っている。良家の息女なのだが、気の利く真面目な働きものでな。彼女を置き去りにはできんし、さりとてこんな血と鉄の地獄の中を手を引いて連れ回すこともできん!」
「きみが死ぬぞ!」
「私は死なんさ。伝説の英雄、春光の騎士と一緒なのだから」
「……それはさっき廃業した。どこぞの若い王様が、私を将軍にしたからな」
「そうだったな。だがそれなら尚のこと安心だ。騎士が救うのはか弱きヒロインだが、将軍が救うのは国だと相場が決まっている」
「叙事詩の読みすぎじゃないか?」
「叙事詩の中の人物に言われたくはない!」
グリステルは、ふっ、と笑った。
「お喋りはここまでだ。来るぞ!」
グリステルたち七人は馬車を背にして半円の陣形を組み、四方から襲い来る敵を迎え撃つ。
デックは持っていた手投げ斧を次々と投げ付け、それが尽きると単独で雄叫びを上げて突っ込んで行く。ティターニアとオベル、グリステルとクロビス王が互いをフォローし合って、自然メロビクスとニコラスが背中合わせに互いの背中を守る形になった。
二人は一度だけ視線を交わして口の端で笑ったが、そこに言葉はなかった。
二人が織りなす剣閃の輝きは幾条にも交差する大小の円を描き、悲鳴と血飛沫が残酷な彩りを添えた。
ティタとオベルも良く戦っていた。
二人は攻守を役割分担していて、盾と
グリステルは「言われた通り鍛錬していた」というクロビスの言葉が真実なのを知った。踏み込みの力強さ、体重移動の巧みさ、剣の速さとその撃ち込みの重さ。どれも一朝一夕に成る練度ではなかった。それに戦いにおいて彼が中々に大胆なことも知った。例えば筋の悪い敵の斬打などを鎧の硬さを信じて敢えて受けるような場面も度々あり、グリステルはその度に王が致命傷を負うのではと冷や冷やした。
「なぜスモールソードなどで来た! 王家には伝家の銘剣ジーング・ゼングがあるだろう!」
クロビスの危なっかしい様に、ついにグリステルは腹を立てて戦いながらそう叫んだ。
「あるとも! 馬車に積んである!」
「はあ⁉︎ 国宝の聖剣があの馬車に⁉︎」
「うむ!」
「きみは! 全く! 我々が負けたら王家を象徴する剣まで失うのだぞ!」
「だから負けないと言っている」
「せめてその剣を選べば良いものを! 影の民はみな屈強だ! スモールソードでは頼りない!」
「それはない!」
「何故だ!」
「このグリステルの剣は絆だからだ」
「……」
「そなたと私とのな。だからこの場では、この戦いでは、どんな剣よりも強いのだ!」
グリステルは返す言葉がなかった。
そして自分が、自分で思っていた以上にこの若き王の心に影響を与えてしまっていたことを知った。
「クロビス……」
「さあ集中しろ春光の将軍! 新手が来たぞ!」
クロビスの言葉通り、遊撃の二個小隊は粗方片付いたようだったが、新たに二個小隊が整然と隊列を組んでグリステルたちの元に迫っていた。
それは鳴り響く戦太鼓の音に合わせ、大地を踏み締めて歩み来る両手に短い棍棒を携えた牛頭の一族。勇猛と怪力で知られる影の民の一派。「アンチパス」の突撃陣形だった。
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