絶叫

 互いに馬上にあり、敵も味方も一人を除いて抜剣した。影の民の一人は、バイデントと呼ばれる二股の槍を携えていた。

 ヴァハ将軍の側近の狼男である。

 ザジのかたき。グリステルは一瞬だけ自分の中に怒りが湧き立つのを感じたが、意識してそれを無視して、正面のヴァハに集中した。


 近衛騎士の姿のグリステルたちと、影の民の暗殺部隊が最大速度ですれ違う。

 馬蹄の響き。激しく揺れる鎧。鋼の衝突。火花と甲高い金属の音。血の迸りと断末魔。敵も味方もばたばたと馬から落ちて動かなくなる。

 グリステル自身は馬を右に回しながらヴァハと激しい撃ち合いになった。

 左手にぐるりと手綱を巻き、足で強く馬体を挟んで踏ん張りながら、グリステルは今まで鍛え、実戦で磨いて来たあらゆる剣技を駆使してヴァハと戦う。

 ヴァハもまた巧みな剣さばきだった。

 僅かに湾曲した見慣れぬ長刀を自分の肘から先のように操り、少しでも振りが大きくなったりすると刀身が巻き付くように絡んで来て、グリステルは何度も剣を手からもぎ取られそうになった。かと思えば岩を割るいかづちのような激烈な撃ち下ろし。肩や身体の動きからは全く予測の効かない恐ろしく鋭い突き。彼女は集中の極みに自らを追い込んで、それらを全て躱し、いなし、剣で受け止めて弾き飛ばした。

 今度はグリステルの番だった。 

 彼女は馬をぶつけるように操りながら切っ先を細かく回すフェイントから右右左の連撃を三回放った。ヴァハはグリステルが押した分だけ馬を引きながら九つの斬撃を全て受け止めて見せた。グリステルは更に三連撃を重ねた。だがその撃ち込みは右右だった。ヴァハはそれでも刹那の反応遅れだけでその三連撃すら受け切る動きをした。しかし剣の運びが遅れた分だけ力が入らず、逆にグリステルは最後の一撃に一層の力を込めていた。


 ぎいんっ


 撃剣が電光を放ち、ヴァハの剣が後方にほんの少し逸れた。グリステルはすれ違うように馬を駆り、その僅かに開いた瞬間の隙間に体重を乗せた突きをねじ込んだ。ヴァハは喉の隙間を守ろうと力任せに剣を引き戻したが、グリステルの狙いは鎧の胸のど真ん中だった。


 がぎいっ

「グウゥッ!」


 至近距離から剣先で突き飛ばされた格好になって、ヴァハは馬上で大きく体制を崩した。


(獲った!)


 グリステルは勝利を確信した。

 最早どんな防御も間に合わない。彼女は振り被った姿勢から渾身の一撃を繰り出そうとした。


「グリステル! 馬車に!」


 ティタが悲痛な叫びを上げた。

 同じ部隊として作戦に参加していた彼女の声に、グリステルは思わず馬車を振り返る。

 気が付くと、敵も味方も四騎ずつしか残っていない。その敵の一人が既に馬車に取り付き、扉の隙間に剣を突き立ててこじ開けようとしていた。ティタとデック・アールブはそれぞれの敵をたった今倒したようで、馬車からは遠い。


 バキン!


 馬車の扉の掛け金が弾ける音がした。黒い鎧の、犬頭の獣人が王の乗る馬車の扉を開け放つ。


「陛下っっっ!!!」


 グリステルは絶叫した。

 一瞬、その場にいた者全ての視線が馬車に釘付けになった。

 その一瞬を突いて、黒いマントを拡げた鴉頭の将軍は無慈悲な一撃をグリステルの背中に放った。


 ぐしゃり、と鋼が肉を貫く音が辺りに響き渡った。

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