対峙

 戦場を疾走する白い馬車。

 その両側を二列五騎ずつで並走する白い鎧の騎士たち。


 周囲の戦闘は本格化し、東西四千二百メルテに及ぶ長城を背景に敵味方数万の兵たちがぶつかり合っていた。

 クニップローデは良く作戦を練り、こうなった折の仔細も予め打ち合わせてあったようで、騎士団は砦を背後にその城壁から放たれる投石や長弓、大型の弩弓の援護と連携しながら押すと見せて引き引くと見せては押して、数で倍する影の民の軍勢を巧みに消耗戦に引きずり込んでいた。


 物見砦からその様子を見ながら、クニップローデは苛立っていた。


「両翼の動きが鈍い。キャングオ卿とクシナー卿に奮戦せよと伝えよ!」

「はっ」


 若い伝令は走って行ったが、同じ命令は二度目だった。

「教会派の騎士たちの動きが冴えませんね。まあ、それは今に始まったことではないですが」

 副官のフックダーデンが他人事のように感想を述べた。

「中央を守る王党派と協力するのが面白くないのだろう」

「でしょうな。そんな態度だからこそ、戦場の端に配置されるのですが」

「国の大事だと言う時に……忌々しい!」

 そこに新しい伝令が駆けこんで来た。

「申し上げます! 陛下をお乗せした馬車ですが……」

 クニップローデとフックダーデンが緊張する。

「五つに増えたものの内、四つは追手の賊を巻き込み爆発、四散したとのこと!」

「爆発⁉︎ 陛下の御身は⁉︎」

 フックダーデンが顔色を変えて問い質す。

「現在確認中でありますが、何分、賊の死体がバラバラに散らかっておりまして……!」

「急がせろ!」

「はっ!」

「待て!」

 駆け去ろうとする伝令をクニップローデが引き留めた。

「馬車にはそれぞれ護衛が付いていたように見えた。その者たちは?」

「は。見ていた者の話では、爆発の直前に散り散りに馬車から離れたとか」

「その後は?」

「申し訳ありません、爆発の混乱の中、姿が見えなくなったようで……」

「成る程な」

「囮、ですか」

 フックダーデンの問いに、クニップローデは肯く。

「爆発した四つは賊を分散し、引き付けて数減らしする為の囮よ」

「で、では陛下のおわす本物の馬車は……! 馬鹿な! それをわざわざ戦場に出すなどと、正気の沙汰ではない!」

 クニップローデは鼻を鳴らした。

「ではどこなら陛下は安全なのだ?」

「それは……そう、例えばこの砦の内ならば」

「本当にそうか?」

「どういう意味ですか?」

 クニップローデは物見から戦場を見遣った。

「そもそも自軍の陣地に二千の敵や陛下を狙う暗殺部隊が現れたのは何故だ?」

「それは……」

 フックダーデンはハッとした。

「まさか……内通者?」

「でなければ我々の監視線を二千もの敵兵が易々と越えられるものか」

「まさか……この砦の中にも?」

 クニップローデはかぶりを振った。

「どうだかな。分かったものではない。それに戦いの趨勢を考えて見ろ。この砦の中とて、そう安全ではあるまい」

「しかし……しかし、敢えて戦場に飛び出さずとも!」

「そうだな。普通はそんな真似はすまい。だから賊は、他の四つの馬車にも限られた手勢を割かないわけには行かなかった。それにこの策を練った者は、はなから我々王国軍も騎士団も丸で当てにしておらん。自分たちだけで敵の罠を潜り抜け、陛下をお救いするつもりだ。恐らくだが、戦場の混乱を駆け抜けた先に、何か脱出の手段を用意しているのだ」

「ではどうするのです。今の我々に、陛下をお救いする為にできることは?」

 クニップローデは溜息を吐いた。

「ない。街道の兵は均衡状態。砦の兵は砦があるからまだ戦えているものの、圧倒的に戦力不足だ。あの兵団の働きに賭け、後は神に祈るしかあるまい」

「あの兵団……」

「貴卿も知らぬわけではあるまい。死んだ筈の春光の騎士と呼ばれる騎士聖女が魔物や妖精を束ねて編んだと噂されている幻の兵団」

「……春光の兵団」

 クニップローデは肯いた。

「こうして間近にこの目で見ることになるとはな……。王に何かが起きて、春光の兵団が魔法のような働きでその救助に現れたのだと言うことは、戦っている兵たちにも既に拡がる波紋のように伝わっておることだろう」

「それは良いことなのですか?」

「陛下の崩御、それも暗殺されたという情報が拡がるより遥かに良いが……」

「……それも陛下のお命を御守りし切れたればこそ、ですね」

「我々は我々の戦いに全力を尽くそう。それが彼女たちの援護になり、引いては陛下の安全に繋がるはず」

「情けない……サーガの魔女を頼るしかないとは」

「口を慎めフックダーデン卿。陛下が無事御生還なされば、彼女は救国の英雄。それにことによっては……」

「ことによっては……なんです?」

「いや、いい。左翼の守りを堅固にしたい。フックダーデン卿。済まないが直接陣に赴き、キャングオの青瓢箪の尻を鞭打って来てはくれないか」

「御意」


 クニップローデは目を細めて、西に向かってひた走る王家の馬車と白い騎士団とを目で追った。


(ことによっては若き王のきさきに……即ち国母様となるかも知れない人物だぞ)


 そしてさっき出しかけて飲み込んだ自分の言葉の余韻に控え目に苦笑いした。


***


 王の馬車を伴うグリステルたちは幾度かの危ない場面を突破して、敵も味方もいない戦場の空白地帯を河を目指して駆けていた。

 王の馬車を連れて激戦区を無事に抜けられるかどうかがこの作戦の最大の懸念事項だったが、そこを無事やり通してグリステルは正直ほっとした。


(神よ。御高配に感謝致します!)


 グリステルが心の中で神に謝辞を述べたその時だった。


 一対の真っ黒な騎馬が、隊列の左右を挟むようにして並んだ。

 その更に外側を別の一対の黒騎士たちが追い越して行く。その更に外側にもう一対。馬脚は速く、手綱と陣形の形成は訓練された動きだった。十一騎の暗黒の戦士たちは馬蹄型の陣を織り成しながら、グリステルたちの行手をコップを被せるような形で塞いだ。

 そして急制動。

 グリステルたち護衛も、王の馬車も、止まらざるを得なかった。

 漆黒の暗殺部隊と白き近衛部隊は二十メルテほどの距離を置いて対峙した。


「馬車を置いて去れ。小さなグリシー!」


 ヴァハは威厳を持ってグリステルにそう命じた。


「二度は言わない。このまま去るなら、君の今までの過ちは許そう」

「神の代理である私が、か? 暗黒の将軍よ」


 グリステルは面体を上げた。


「王は守る。私の、春光の兵団の全てを賭けて!」

「私の言うことが聞けないのかい? 小さなグリシー」

「私の恩人は……バルサミ・クレェァ神父は死んだ! 神父が小さなグリシーと呼んだ春光の騎士もな! 今ここで戦っているのはヴァハという名の影の民の将軍と」


 グリステルは愛馬に拍車を入れた。

 雪のような毛並みの若い白馬が嘶く。


「亡霊として蘇った、春光の将軍だ!」


 彼女を先頭に、春光の近衛騎士団全員が一斉に突撃を開始した。

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