奇策

「我々春光の兵団は先の戦いの損害から回復していない。まともに動ける兵は寄せ集めてもせいぜい五十」


 グリステルは説明をそう切り出した。


「河が溢れようと言うのに手元には小石が五十個のみ。伝家の槌にも唾したくなるような話だの」

 ドワーフの頭領はそう言って鼻を鳴らした。


 話は三日ほど前に遡る。

 時間は夜。

 グリステルは本拠地である森の中の秘密の村、グリステルスタッヅの自分の館に集まった春光の兵団の要人たちに、彼女の策を説明してた。


「そこでこの五十騎を、全て王の救出と護衛に振り向ける」

「なるほどな、と言いたい所だが、五十の兵をどう配置するのだ。王がどう狙われるかが分からないのだぞ」


 野牛の戦士ボビナエは意外な冷静さを見せてそう言った。


「私はヴァハが、王国の陣地内、それも砦の近くで、少数の手勢で王を襲うと見ている」

「その根拠は?」


 短く尋ねたのは東のエルフ族の女王、ティターニアだった。


「勘だ。だが裏付けのある勘だ」

「その言い方は……少々矛盾して聞こえますね」


 控え目に疑問を呈したのは騎士団の背骨と称される程に出世した羽帽子のタリエ=シンだ。


「短い間だったが、ヴァハと話し、その態度を直接見て、私が感じたことが三つある」

「その三つとは?」


 富豪の三男坊、春光の兵団の金庫番ウルリチがその先を促す。


「一つ。誤ったやり方で戦端を開き百年戦争の口火を切った王国への、王への憎悪。二つ。自らの行いを神の導く正義と盲信し、神と一体であるかのように振る舞う傲慢さ。そして三つ。この世を照らす光にして規範そのもの。正義と真理の体現者で愛と慈しみの根源でもある、神への変わらぬ忠誠」

「それがどう奴の策の有り様に繋がるのだ?」


 ボビナエが率直に尋ねた。


「奴は……王の暗殺を、自らが神に成り代わって下す神罰だと考えている。それは最大限人間の王国の痛手になるよう、悲嘆と後悔の記憶になるよう演出されるはず。そしてその策が多少非合理で無茶なものであっても、自分に神の加護があると信じるヤツは、上手く行くと信じて実行するだろう」

「だから、人間の陣地の中で、少数の手勢と共に、ヴァハ自らが……王に手を下す」

「そうだ。私がヴァハなら、平原と街道から同時に攻撃を仕掛けて騎士団を分断して砦の内側に戦力の空白地帯を作り、そこに王の馬車が来た時を狙って少数の別働隊で急襲する」


 ウルリチの確認の言葉を、グリステルは肯定した。


「で、どうするのだ? 今戦力として動ける五十騎にはエルフもドワーフも影の民もおる。馬車を守るためとはいえ武装して王に近づけば、むしろ逆賊として討伐されるのは我々の方だぞ。かと言って五十ばかりでは、かの地の人間の陣地全体に散らばれるような人数ではない」

「怪我人たちに戦ってもらうわけにも行きませんしね」


 デックの尤もな意見を受けて、ティタはため息混じりに感想を漏らした。


「その通り。我々の戦力は少なく、だからと言って援軍や増員で増やすこともままならない。だから戦力の、その人数ではなく──」


 グリステルは彼女にしては珍しい、不敵な笑みを浮かべた。


「──王の乗る、馬車を増やす」


***


 そして時は今。

 場所はナターラスカヤ砦付近の王国陣地内。


 近衛隊の紋章が染め抜かれた上衣サーコートを白い鎧の上に羽織り、ヘルムの面体を完全に降ろして近衛の騎士になり切りながら、グリステルは馬を駆っていた。そのすぐ左を、王家の白い馬車が走っている。


 この作戦は、賭けの連続だ。

 だが神は、その御力を少しだけお貸しくださるらしい。

 幸運に幸運が積み重なって、今の所はほぼ彼女が想定した通りにことが運んでいる。


 五つの馬車に十騎ずつの騎兵。

 これが今の春光の兵団の全戦力だ。

 幸いヴァハの手勢も似たような数のようだ。


 さあ、ヴァハはどう出る。罠と分かっていても兵を分散してそれぞれの馬車を追うか、暗殺を中止して撤退するか。


(そのまま、帰ってくれれば助かるんだが……)


 グリステルは背後に遠ざかるヴァハの別働隊をチラリと見やった。

 ヴァハが指示を出し、五等分された部隊のそれぞれが五つの馬車を追い掛け始めるのが見えた。


(……やはり楽はさせて貰えないか。今まで戦いの中で命を散らせた同胞たちよ。私に力を貸してくれ)


 グリステルは鎧に掛かる足に一層の力を込め、手綱を強く握り直した。


(ザジ。不器用だが優しい私の相棒よ。私の戦いを、その行末を、見守ってくれ!)

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