幻影
ヴァハと呼ばれる鴉頭の魔物の将軍は、その無表情に見える鳥の顔のマスクの内側で顔全体を歪めるようにして笑みを作っていた。
欺瞞と虚飾、偽善と悪意に満ちた人間の王家! 罪なき辺境の民を失政の贄として吊り上げて焼いた悪魔の如き王の血を引く穢らわしきその子孫! その嫡子! 八十年に及ぶ戦争の、その数十万の屍の上に
現王、キルデリク二世!
「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃふゃ」
疾走する騎馬の上で、真っ黒な装束に身を包んだヴァハは声を出して笑った。
彼の後ろには、彼が特に選んだ影の民の精鋭五十騎が溢れる怒りと殺意を鎧に押し込めながら付き従っている。
疾走する青鹿毛の巨馬の駆ける乾いた街道の先には豪華な装飾の施された六頭立ての白い馬車と護衛の数騎の騎馬がほうほうのていで逃げている。その掲げる旗印は盾を支える狼と猪。王家の紋章だ。御者は六頭の馬を上手く操っていると言えたが、そもそも高貴な者を乗せる多頭立ての馬車は高速走行するように出来ていない。その距離はぐんぐんと縮んでいた。
数千の軍団が対峙する衝突戦の最中、閲兵に来た王が、あろうことか堅固な砦に守られた自軍の陣地のど真ん中で、潜伏していた敵の将軍に直接討ち取られる!
悪逆の徒に下る神罰としてこれほど相応しい死に方もあるまい!
「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃふゃ」
ヴァハはもう一度笑った。
そしてここは、人間どもの軍の陣地の中であるが故に、もっとも煩わしい人間どもの犬、春光の兵団は現れない!
ヴァハは馬に鞭を入れた。
かの王の馬車は慌てる余りか砦への道を大きくそれて、大きな資材小屋か何かに向けて走りだした。護衛はその急な進路変更について行けず、馬車から
バカめ、自ら死地に向かうような真似を!
ヴァハは馬に拍車を掛けて更に速度を上げた。馬車はもう目と鼻の先、馬車馬の荒い呼吸が聞こえるほどだ。
すぐそこだ! この馬車を捉え、その主人
を殺せば! その報せが雷光のように戦場を駆ければ! 兵力の差、士気の上下が天地と別れて、人間どもは破れ去る!!!
ヴァハが勝利を確信した、正にその瞬間、
進路の先にある板壁の建物が煙を吹いた。
なんだ、と見るとバンッ、と音がして四つの壁が四方に倒れ、更に濃い真っ白な煙を吐き出して辺りは霧が立ち込めたようになった。ヴァハは手綱を引いて馬を止めた。急な制動に馬は抗議するように嘶いた。
「なんだ……!」
ヴァハは咳き込みながら煙の先に馬車の影を追って目を凝らした。
そしてそこに馬車を見出した。
しかしそれは先ほどまでの馬車とは様子が違っていた。
馬車は五つ。
全く同じ王家の馬車が五つに増えている。
しかもそれぞれが十騎ほどの白い鎧の護衛の騎士を従えていた。
「なんなんだ……⁉︎」
ヴァハがそう言った直後、五つの馬車はなんの前触れもなく一斉に走りだした。
それぞれ、全く別々の方向へ。
そしてぐんぐんと速度を上げて走ってゆく。
「なんなんだ、これはぁぁぁぁぁッ!?」
叫んだヴァハの脳裏に閃いた女騎士の顔があった。
この策は。こちらの策を完全に読んで、まんまと躱して見せたこのような策を練り実行することができるのは。今、この世に、この戦争の中には一人しかいない。
ヴァハの怨嗟の絶叫が混乱の戦場に木霊した。
「おのれグリステルッ! グリステル……スコホテントトォォォォォォッッッ!!!!」
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