奇襲

 王国の誇る騎士団四千が動き出した。


 クニップローデの決断は早かった。

 増援の伝令を出し、四千の騎士団を二つに分け、二千を砦を守る前衛に立てて抗戦の陣を張らせ、二千を後方、ディンケルベルス街道に現れた二千の敵に向かわせた。


 同数であれば、装備も充実し練度に長じた騎士団は短い時間で魔物の軍に勝てる。そう踏んだのだ。平原に現れた敵の正確な総数は未だ続報がないが、二千の騎士を配した砦をそうそう落とせるものではない。

 

 街道の敵を粉砕した迎撃部隊が取って返し、砦を守る抗戦隊に合流すれば三倍の敵を持ってしても陥落せしめるのは容易ではなくなる。先に出した伝令が隣接する陣営から増援を連れて戻るまでの二日、砦を守って増援と合流でき次第押し返す。自信はあった。自軍の戦力への信頼も。

 

 物見から騎士団の動きを見れば、抗戦部隊は着々と砦各所の配置に付き、街道への迎撃部隊は騎乗して移動を始めていた。

 閲兵の為に訪れていた王の馬車とその近衛隊十騎余りが迎撃部隊とすれ違う。騎士たちは右手を兜にかざし、騎乗中の礼を示す姿勢を取った。


 危険なタイミングだった。

 陛下の到着少しでも遅れていたならば、街道に現れた敵に陛下の馬車が襲われていたのかも知れなかった。いや、もしやどこかから閲兵日程の情報が漏れていて、敵の狙いはまさに陛下の馬車だったのかも知れなかった。

 だが、兎に角その試みは失敗した。

 迎撃の騎士団は騎馬の速度を上げ、横に陣を広げて受けて立つ構えの街道の敵に突撃を掛ける。


「申し上げます!」

 新たな伝令が来た。

「平原の三方の森林より、敵の増援が多数! 現時点での敵の総数、およそ七千!」


 クニップローデは平原を見遣る。

 土煙を折からの風に舞い上げながら、整列した魔物の隊列が規則正しい足音を立ててこちらに向かって来る。大型の投石機や櫓車やぐらぐるまなど攻城兵器は無さそうだった。これだけの軍を投入しながらそれは奇妙なことと言えたが、今の王国軍に取っては幸運だ。攻城兵器さえなければ敵が七千であっても砦を守ることは可能だ。味方の二千は、東西に長く伸びるナターラスカヤの長城を守るに当たりギリギリの人数ではあるが、街道の部隊が加われば打って出る部隊の融通も効くし、二日から三日を守るのは難しいことではなかった。


「敵は、更に増えております!」

狼狽うろたえるな。下で指揮を執るフックダーデンに伝えてくれ。陛下の馬車と近衛隊を砦にお迎えする準備を……」


 自然、クニップローデの視線は、こちらに向かって来ている王家の馬車に向いた。


 その目が、訝しげに細められた後、驚きに見開かれた。


 王の乗る、優美な装飾の施された白い馬車の近衛隊が増えている。

 いや、王家の馬車の周りを囲むように追随する銀の鎧の騎士たちの数に変わりはない。


 土煙を立てながら、その後ろから馬車を追う五十騎程の黒い騎馬。


「……まさか!」


 迎撃に向かった部隊と、砦に張り付く部隊、その間隙となる、王国騎士団がまるでいないぽっかりと開いた穴。

 異業の頭。黒い鎧。様々な不揃いの禍々しい武器。

 その味方戦力の真空地帯を走る王の馬車を追う五十の影は紛れもなく、どこからか現れた魔物の騎馬隊だった。

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