黙祷

「戦いに命を散らした勇士たちの魂に敬意を評し、総員、敬礼!」


 グリステルの号令で、春光の兵団の戦士たちと、生き残った王国の騎士たちは整列して剣を胸元に立て、敬礼の形をとった。


 彼らの前には、敵も味方も戦没者は胸で手を組んで姿勢を整えて寝かせられていた。


「各々の信じる神の御許へ……魂に安らぎのあらんことを。総員、黙祷」


 グリステルの祈りの言葉は特定の宗派に偏らない短く簡単なものだった。


 エレンシュタトは、生き残りなおかつ怪我の程度が軽く葬列に加われる十人の騎士団員と黙祷しながら、次々と身の回りで起こる常識外れの事態に、頭が痺れたようになって考えられなくなっていた。

 彼は死んだはずのサーガの英雄の号令で、妖魔や妖精の列に混じり、倒れた騎士と妖魔たちに向けて黙祷しているのだ。


「エレンシュタト隊長」


 いつの間にか黙祷は終わっており、グリステルの声掛けでエレンシュタトは、はっ、となって目を開けた。


「戦士たちを葬りたい。良ければこちらで人員を割き、騎士と影の民とを分けて埋葬してやりたいと思うが、宜しいか?」

「こちらは人員も消耗し、皆傷ついている。そうして頂けると助かる」

「代わりと言ってはなんだが、兵糧を分けて頂きたい。こちらは予定にない戦いに加わって旅程が遅れ、一食分余分に必要となった。援軍は呼んでいるか?」

「呼んでいる。もう一度日が暮れ、明ける頃には来るだろう」

「では少しだけ、兵に食事を摂らせて休ませたい。如何か?」

「是非もない。貴君らが来なければ我々は全滅し、この砦は抜かれていただろう。食料庫は開放し、共に大いに食べて飲もう。戦いに散った勇者たちの分も」

「ポロヴェツの砦の皆に私を紹介してくれ、エレンシュタト隊長」


「知っていますよ! グリステル・スコホテントト様」

 副隊長のディバーラがそう言った。

 彼は落馬はしたものの、比較的軽傷で助かっていた。

「傷ついて置き去りにされた人間、改心した妖魔、融和したエルフとドワーフで成る春光の兵団。それを率いる不死身の聖騎士。竜殺しのグリステル・スコホテントト様でございますよね!」

 ディバーラの眼は若い好奇心にキラキラと輝き、サーガの英雄を目の前にした感動と興奮で声は大きくなっていた。

「あなた方と会えるとは! 食事を共にできるとは! 一生の自慢になります! ここの所、王国の軍団は連敗が続いて……今や貴方がただけが我々の希望のような状態なのです!」

「君の名は?」

「申し遅れました。私はこの隊の副隊長。ニコラス・ディバーラと申します」

「ディバーラ卿。持ち上げて頂いて恐縮だが、どうか我々がこの戦いに加勢したことは秘密にして欲しいのだ」

「は? 何故です?」

「我々の戦いはまだ続いており、我々がいつ、どこにいて、どう戦ったかが多くの人に知れれば、我々の不利になるからだ。今回の戦いも公的な記録には我々ではなく、君たちの奮戦の勝利、として欲しい」

「しかし、それでは皆さんの……春光の兵団の名誉が……!」


 グリステルは少し笑って、ゆっくりと首を振った。


「名誉は確かに大事だか、今の我々はその為に戦っているわけではない。我々の目的は、この悲惨な戦争を一刻も早く終わらせることだ。そのためにはまだ、負けるわけには行かないのだ。ディバーラ卿。そして戦いを生き延びた勇者たちよ。どうか、我々のことを人に吹聴しないでおいて頂けまいか? お頼みする」

 グリステルはそう言って深く頭を下げた。


 エレンシュタトは春光の兵団が大活躍しながら、それが噂やサーガにしかならない理由を知った。彼女たちは丸々一国の騎士団ほどの戦果を上げながら、こうして自らの存在を口止めして回っているのだ。


おもてを上げられよ、春光卿。我が友よ」


 エレンシュタトは彼女が何故今のような立場に至ったのか想像すらできなかったが、その言葉に虚も邪もないと信じた。


「窮地を救われた我々は貴君の言葉に逆らえる立場にはない。だが、この戦いを我々の手柄として報告するのは虚偽であり、騎士の誓いに背くことになる。だから……」


 エレンシュタトは生き残った仲間を振り返った。


「……こう報告しよう。我々は幽霊を見た。死者が正義のために蘇り、仲間を連れて敵を討った、と。これは嘘ではない。そうだな。みんな」


 隊の全員が、はい隊長、と返事をした。


「決まりだ。日は高いが戦勝の酒宴にしよう。ディバーラ卿ほどではないが、私も貴君らの話が聞きたい」

「死者の弔いは? 野犬にでも荒らされたら気の毒だぞ」

「昼日中に平原に出てくる野犬はいない。死者も逃げたりはしないだろう。生者の用事を済ませてからだ」

「話が分かるようになったな伯爵。昔は生真面目を刻んだ石版のような男で、口を開けば規律と聖典の一本槍だったが」

「規律と聖典、ならば二本槍というべきではないか春光卿」

「そう。その言い草だ」


 グリステルはそう言って笑った。

 エレンシュタトも、彼の部下たちも、春光の兵団の兵たちも声を上げて笑った。

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