開門
「隊長! 起きてください隊長!」
先の戦いで戦死した副隊長に代わり新しく赴任して来た若い副隊長ニコラス・ディバーラは、女のような綺麗な声で天幕で寝ていたエレンシュタトを起こした。
「どうしたディバーラ卿」
「敵が動きました!」
「……全員起こせ。スティメッサー! ダンソン! 私の鎧だ! 胴鎧だけでいい!」
エレンシュタトは従者を呼び支度させる。天幕の外には篝火が揺れていて、今が深夜か日の出前だとは分かる。
この闇の中では、向こうもまともに物を見ることはできまい。暗闇の中で剣や槍を振るえば互いに同士討ちの危険すらある。一体どういうつもりなのか。
「おお……」
最低限の身支度を整え、天幕を飛び立したエレンシュタトは、相対する敵陣の様子を見て声を上げた。
暗闇の中、沢山の松明の灯りが横一列に並んでいる。その数は既に二百近い。境界線の向こうの敵は、増減はあったようだが、こちらと同じ百騎前後だったはず。しかもそれは、一つ、また一つと更に増えていた。
ポロヴェツ平原は今まで、小競り合いこそあったものの、お互いの陣営が警備以上でも以下でもない規模だったこともあり、基本的にはそれぞれの防護柵の内側から相手の防護柵を睨み合う場所だった。
長年の戦争状態は均衡と安定を生んで、こんな大きな動きはここ十年なかったはずだ。
「百……いや、二百はいます!」
「見れば分かる。タウヌスの砦に伝令を出せ。敵は二百でポロヴェツを抜くつもりだ。こちらは百。一昼夜は支えるがそれ以上は持たぬ、と」
「しかし、今から伝令を出しても……」
「遅れれば遅れただけ増援も遅れるのだ。ここは袋の口だ。解ければ向こうの中身が雪崩を打って押し寄せるぞ。急げ」
「はっ!」
「アイフェル! シュプレバルト!」
エレンシュタトが右腕左腕と頼む二人の十人隊長だ。
「はっ!」
「はっ!」
「兵たちは戦えるか?」
「問題なく」
「存分に」
「敵は二百。タウヌスに伝令を出した。一昼夜持ち堪えれば増援が来る。支えるぞ。ここを抜かれれば丘陵一つ挟んでヴァイマルの街だ」
「一昼夜で良いのですか?」
「腕が鳴りますな。手柄の海に飛び込むようなものだ」
頼もしい返事だった。エレンシュタトは口元だけで笑みを作った。
「すまんな。二人とも命をくれ」
「手柄は剣に」
「喜びの野で会いましょう」
「エレンシュタト隊長!」
若い副隊長が帰って来た。
「伝令を三人だしました。間違いなく」
「よし。こちらは数が少ない。守っては飲み込まれるだけだ。打って出るぞ」
「はっ!」
十人隊長たちは自分の隊に戻ってゆく。
兵の一人がエレンシュタトの馬を引いて来た。
「隊長、せめて兜はなさってください!」
「胴鎧に兜? そんな無様な格好で死ねるか」
エレンシュタトは馬に跨った。
「平原は暗闇です。どうやって戦えば……?」
ディバーラが不安げに言う。
「松明は敵が焚いてくれている。持っている者を倒し、松明が見えなくなれば自陣に引き返す」
「なるほど」
ディバーラは素直に感心したようだった。エレンシュタトは彼の純朴そのものな答えに頬を緩めた。
しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には殺気に満ちた将の顔に戻り、高らかに彼の兵たちに号令した。
「開門! 総員抜剣! 我らの力、妖魔どもに見せつけてくれようぞ!」
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