戦場

 ここ一年、王国と影の民の連合軍との戦争は場面場面を捉えれば一進一退だが、全体として俯瞰すると膠着状態だった。


 グリステルたち春光の兵団は、騎士隊長として王国騎士団に戻ったグリステルの昔の部下、タリエ=シンとノヴォーコ・フォルドミートの二人の手勢と連携し、携わる戦場においては連勝を重ねていた。そうする内にタリエとノヴォーコは十人隊長、五十人隊長、百人隊長と順調に出世し、王国軍団の背骨と称されるほどになっていた。長年に渡る戦争で主だった騎士はその多くが戦死していたし、生き残ったのは生き残る能力にばかり優れた逃走の名人たちだったからである。

 エルフの知恵とドワーフの技術を味方に付け、豊富な資金力で充分な兵站を背景にした春光の兵団は、どんな条件の戦場でも高い水準の戦闘能力を見せ、統率は取れており士気も高かった。グリステルはヒュームもエルフもドワーフも影の民も、定めた隊規に照らして別け隔てなく平等に扱い、エルフ、ドワーフ、影の民から一人ずつを隊長に任じて、それぞれの眷属からの志願兵の指揮を執らせていた。それぞれの隊はグリステルが直接指揮を執るヒュームの隊も含めてお互いに勇猛を競い合い、またある時は助け合って種族の別で別れながらも認め合い短所を補完し合う丁度良い関係を保っていた。

 彼らが戦場に出れば、グリステルの用兵の巧みさとザジのサポート、四つの種族の四つの隊による機動的な連携の前に敵う敵はおらず、春光の兵団は最小限の犠牲を払いながら彼らの最終目的である四族平和に着実に近づいていた。

 影の民の軍勢に、新しい将軍が現れるまでは。


 まず、変化は影の民の軍勢の陣形に表れた。


 それまでは部族ごとに良く言えば牧歌的に、悪く言えば好き勝手に王国の軍勢に襲いかかっていた影の民たちだったが、ある時を境に十二人を一組とする部隊に別れ、その三組をまた一組とする中隊、その三組を合わせた大隊と整然とした隊列を組むようになった。


 隊列の前面には体格も良く重武装の牛頭族アンチパスが盾となり、後方からは弓術と投石術に秀でた鹿頭族プーランクが猛然と矢や石を射かけた。

 甲高い笛の音で統率された彼らは押すも引くも一体となって動き、軍団としての力を最大限に発揮した。


 影の民の十一支族の内の最大勢力、熊頭族ズズニが拠点と頼む黒い森の中の砦、プープエブロ砦まであと一歩と迫っていた王国軍は軍制を改革した影の民の前に敗北を重ね、両者の勢力境界線は瞬く間にその中間地点まで押し戻された。


 春光の兵団も善戦し、戦えば勝ってその戦場の境界線を押し返しはするのだが、東西に果てしなく長く伸びる前線全てを支えるほどの戦力は勿論なく、春光の兵団の不在の箇所を押され、戦った箇所を押し返すといういたちごっこが続いていた。


 ここ、ポロヴェツ平原で戦う王国軍には春光の兵団と繋がる百人隊長はいなかった。


 東西を岩山と森に挟まれる形の、南北に細長い平原を若い百人隊長と彼の隊が守り、支えていた。


 百人隊長の名前は、エルンスト・エレンシュタトと言った。

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