鴉頭の将軍

試射

 どん、と響いた砲声は、間近で浴びると音というより空気の殴打だった。


 グリステルは耳を塞いでいたが、その大きさと衝撃に身を縮ませた。


 デック・アールブの狙いは正確に大木に描いた印を捉えて、大人三人が手を繋いで抱えるような太さのそれは真ん中で火を吹き音を立てて弾け、支えを失った上半分は燃えながらサザザと周りの木を削りつつ倒れた。


『ヒューー!!!』


 大きな黒い鉄の筒を囲んで、その新しい武器の想像以上の威力に他の三人が固まる中、ザジが歓声を上げた。


『こいつぁすげえ! これが二十もあればわざわざ騎馬で突撃なんかしなくても五百の敵を薙ぎ倒せるぜ!』


 一行は様子を確かめるため標的の木に近付いた。


 大木は完全に破砕され、中身の白い構造が所々焦げながらギザギザに露出していた。

 目標となった木の周囲には、定間隔で立てた杭に鎧を着せてあったが、砲弾の爆発の破片は、三十メルテ離れた板金鎧にも穴を開けており、その威力の強さを物語っていた。


「成る程のぉ。砲弾の中に鋳鉄の小さな球を詰めるのはこのためか。ヒュームというのは残酷なことを考えるわい。糞便まで塗らずとも、こりゃあ食らった犠牲者は只では済まんだろうて」


 試射の砲手を担当したドワーフのデック・アールブは自分で撃ったにも関わらずどこか他人事のようにそう言った。


「糞便?」

「説明書を通訳した商人の坊主が言うには、殻の中の弾球には人間の糞便を塗って入れるとあったそうだぞ。傷付けた相手の傷を腐らせるそうだ」

 問いの答えにグリステルは眉をひそめた。


「これは……凄いですねグリステル様。ヒュームも妖精も、影の民の一部の部族も火薬は使いますが……火薬を使って鉄の弾を飛ばし、その弾がまた火薬で爆発するとは……。これが大々的に使われるようになれば、戦場の様相は一変するように思います」

「……そうだな」

 エルフの隠密戦士、メロビクスの感想にグリステルは同意した。


『デックのおっさん! ドワーフの工房なら、これと同じものを写して造れるんだろ。じゃんじゃん造って、できた端から実戦で使おうぜ。そうすればこの戦いもすぐに終わる。俺たちの勝利でな!』

「ダメだ」


 ザジの提案をグリステルはきっぱりと拒絶した。


『なんでだよ! 兵どもを危険に晒さずに、戦に勝てるんだぜ⁉︎』

「そうだな。この火龍筒が戦場に溢れれば、確かに我々は勝つだろう」

『だよな。ならそれでいいじゃねえか』

「我々の目的は勝つことか?」

『違うのかよ』

「我々の戦いは、ヒュームと影の民との誤解を解き、平和な時代を築くためのもののはずだ」

『だから、そのためにはまずこの戦いに……』

「この火龍筒が戦場に持ち込まれれば、敵も味方もすぐ同じものを持つようになる」


 ザジはドワーフの技術者を振り返った。


「……理屈自体は単純と言えば単純だ。しばらくは上手く行かんかも知れんが、時間の問題だろうな。いずれどんな陣営も似たような武器を持つに至るだろう」


『だったら、それを俺たちが最初に持って……』

「一方的な殺戮に使うのか?」

『そりゃあ……そう言い方をされるとよ、そうだとは言いづれえが。でも同じことだろう? 俺たちは今までだって、沢山の敵を倒して来た。やり方が変わるだけだ。違うか?』

「実戦でこれを使えば、次にこの火龍筒の標的になるのは我々だ。それに目的の正しさは手段の邪悪を正当化しない」

『戦が早く終わるんだぜ?』

「その先に待つのは、より凄惨な戦の有り様だ。とにかくダメだ。デック。その筒に鉛を詰めて湖に沈めろ。話は終わりだ。私は先に戻る」

「あ、お待ちくださいグリステル様!」


 グリステルとメロビクスはそれぞれの馬に跨ると、グリステルスタッヅに向けて去って行った。



『グリステル……』

「さあ、片付けを手伝ってくれ豚男。滑車を使ってもこいつを一人では荷台には上げられんわい」

『ああ』


 商人の御曹司が密輸して来た東洋の新型火砲を片付けながら、ザジは思った。


(俺たちが勝って戦いが終わるってことはよ、お前が死なずに済むってことなんだぜ、グリシー)


***


「グリステル様」


 ザジ街道から別れる資材確保用の木材運搬道を帰るグリステルに、メロビクスは馬を寄せた。


「なんだメロビクス」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、とは?」

「いえ、ザジ殿と意見が分かれるのは珍しいと思いまして」

「そうか? 我々は違う人間だ。目的は同じでも細かな考え方の違いはあるし、今までも何度も意見の違いはあった」

「それならばいいのですが……」


 メロビクスは不安を感じた。

 彼には、今回のすれ違いはグリステルが言うような細かな考え方の違いより、もっと大きな、根本的なものに思えた。

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