恫喝

 ゲオルグ・エドワード・スタンホプ・モリニュー・ヘルベルト・ポーチェスタは引き攣った笑顔で来客に挨拶した。


「これは……ウルリチ・モイテング殿。その後、お加減は?」

「ポーチェスタ卿。お陰様で元気です」


 応接室でポーチェスタを待っていたのは四人。ウルリチが彼の連れを紹介する。


「こちらは私の友。ヒューガー商会の子息、アントン・ヒューガー」

「初めまして。ポーチェスタ卿」

「こちらは、我が家に出入りしている音楽家で吟遊詩人のタリエ=シン」


「吟遊詩人……?」


「ご機嫌麗しゅうございますポーチェスタ卿。お噂はかねがね」

「それとタリエの友人で傭兵をなさっているノヴォーコ・フォルドミート」

「宜しく」

 顔に傷のある短髪の屈強な男は控え目に微笑んで挨拶した。

「傭兵……」


 異色過ぎるメンバーの突然の訪問に動揺しながらもポーチェスタはそれを隠し、体面を保とうとした。


「とにかく、お座りください」


 一堂は着席する。ポーチェスタは緊張した。彼が見捨て、全滅したキャラバンの長が十日して面会に来るとは? 会えるようになったらすぐに謝罪に向かい、許しは得たはずだが、今更何を……?


「今日来たのは他でもありません」


 思いの他、大きなウルリチの声にポーチェスタはビクリ、とした。

 どうしたのだこの若者は。

 十日前に会った時は、生きているのか死んでいるのか、青白い顔をした幽霊男だったのに、今日会いに来たこの商家の三男坊は生気に満ち、まるで別人のように自信に満ちた視線をポーチェスタに向けている。

 

「あの場所にもう一度行きたいのですポーチェスタ卿」


 ポーチェスタの鼓動が早まった。


「あの場所……」

「そう。コボルトの襲撃により、私のキャラバンが全滅したあの場所です」

「危険ですな」

「分かっています。しかし必要なことです。死者を、弔う為に」

「コボルトの残酷さは見たでしょう。死者の弔いに行って死者を増やす羽目になる。あなたや、ヒューガー殿は国の経済を背負って立つ若者だ。むざむざそんな危険な目に合わせるわけには参りません」

「ご協力は頂けない?」

「残念ながら」

「タリエ?」

「大丈夫ですウルリチ様。書き留めました」

「よし。では行こう。お時間を取らせましたポーチェスタ卿。あの場所へは私と供のものだけで参ります。タリエの歌も、その筋で完成させましょう。さ、皆さん、行きましょう」


 ウルリチたちは次々と席を立ち、部屋から出ようとした。

 待て。今なんて言った? 吟遊詩人の……歌?


「少しお待ちくださいモイテング殿、歌、とは?」

「はい。この度のことを歌にして語り継ごうと思うのです」

「待ってください」

「私をかばって亡くなったディッチバウ。彼はタリエの歌が好きだった。亡骸を野に晒したままでは死者たちも無念でしょうし、事件やその弔いまでを歌にしたいのです」

「いや、待ってくれ……それは」

「私はあのキャラバンの長でありながら、その仲間たちを守ってやれなかった。せめてきちんと弔い、それを歌にして、遺族の方々に大事な家族の最期がどんなものだったかを伝えて回るつもりです。義情ある神聖騎士であるポーチェスタ卿も同じ気持ちかとお立ち寄りしたのですが、やはり隊長ともなるとお忙しいのですね」

「歌は困る!」

「何が困るのです!」


 ピシャリ、とウルリチは問うた。


「死者は帰らない。今もあの場所に骸を晒し、打ち捨てられたまま、忘れてゆかれるままになっている! それをせめて美しい思い出に変えようというこれがキャラバンの長としての私にできるせめてもの彼らへの花向けだ! それを困るとおっしゃる貴方は、それに代わる、その歌以上のことを死者にしてやれるのか⁉︎」


 なんだこの若者は?

 これがあの抜け殻のようだった商家の幽霊男か?

 まるで別人だ。あの時亡霊のようだった哀れな襲撃の犠牲者は、今、大商人の家名を背負って臆することも卑屈になることもなく、そのキャラバンの長として十歳も年上の自分を迫力で圧倒している!


「私が……私の騎士隊がその旅の護衛をして、共に弔ったならば……」

「タリエ?」

「はい。もちろんありのままの歌にして、遺族の方々に伝えましょう。コボルトに恐れをなした若馬の先走りで不本意にも護衛の役割を果たせなかった分、義理に厚く正義を知る騎士隊が、死者の弔いに全力を尽くした、と」

「そしてその中心には、勇敢で民心に寄り添う、気高いポーチェスタ隊長の姿があった、と」

 ウルリチがそう付けたすと、ポーチェスタは腕を組んで考え始めた。


「参加して下さる騎士の方々には、私個人から手当も出しましょう。失礼かとは思いますが、隊長殿にはその倍の手当を」


 傭兵ノヴォーコが革袋をテーブルに置くと、その重さにテーブルは軋み、革袋はジャラジャラ耳障りなほどに音を立てた。

 ポーチェスタの目が、その革袋に釘付けになった。


 アントンは神妙な顔をして話の流れを聴きながら舌を巻いていた。

 一連の出来事はウルリチに眠っていた大商人の血を完全に目醒めさせたようだった。

 彼は堂々と騎士隊の隊長を務める歳上の貴族との交渉に臨み、臆病者の騎士隊長をまた戦場に引き摺り出そうとしていて、それは成功しつつあった。


「もしも、もしもですが」


 自分の言葉がポーチェスタに及ぼす効果を確かめながら、ウルリチは丁寧な言葉で最後の仕上げに掛かった。


「もしもコボルトがまた襲って来て、貴方がその退治に成功したら、歌は素晴らしい叙事詩になるでしょうし、ゲオルグ・ポーチェスタの名は退魔の騎士として永く歌い継がれるでしょうね」


 アントンは心の中でウルリチの交渉術の巧みさに口笛を吹いた。


 そして、この男が敵でなく、彼の無二の親友であって良かったと思った。

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