金貨
「これは本当に賭け事で勝ち取ったものですか?
国一番の貨幣鑑定士、モンテ・ディパスキは開口一番困った顔でそう切り出した。
「若頭はよしてくれと言ったろ。どういうことだいモンテ。この金貨は賭け事のテーブルに載るようなものではない、と?」
「ご存知の通り、金というものはそのまま埋もれている訳ではなく、鉱脈の岩の中にそれと分からない形で染み込んでいます。金の形に取り出すには、岩を細かく砕き、炉で熱して、岩から溶け出す金を集めるのです」
アントンとウルリチは頷いた。
「その時に、我が国のヒグボス金貨では一度水銀に金を吸着させ、できた合金から最後に水銀を取り除くことで金を得ています。お二人とも純度の比重割合のことはお解りですね?」
モンテは王国金貨を取り出してテーブルに置いた。
「王国通貨の一つとして流通するヒグボス金貨に認められる金の純度は八十八以上。水銀法を十七回繰り返して精製した
次にモンテは、昨日アントンが預けた金貨を取り出し、ヒグボス金貨の隣に並べた。
「所がです。お預かりしたこの金貨の純度は九十七。現在流通している金貨の中では灰吹法を使って造られるティザンビンのヒューベルピュロン金貨の純度が最も高く、その純度は九十一前後なのですが、それと比べても明らかに高い」
「つまり、これは……この世にあるはずがない金貨だと言うのかい? ヒューガー銀行のモンテ・ディパスキが知らない金貨だと⁉︎ そんな馬鹿な!」
驚いたアントンは少し大きな声を出したが、モンテは指一本を真っ直ぐ立てて「待ってください」という仕草をした。
次に彼が取り出したのは、鉄で出来た頑強な手提げ金庫と鍵帯の付いた手帳で、彼は鍵を取り出して手帳の鍵帯を解き、その記述を見ながら手提げ金庫のダイヤルを回してそれを開けた。敷布を広げ、手袋をして、中身を取り出し、敷布の上に置く。それは金貨だった。彼は同じ金貨を二枚、手提げ金庫から取り出して敷布に並べた。
「同じだ」
ウルリチの言葉にモンテは頷いて、ウルリチが預けた金貨を二枚の金貨の隣に並べた。金庫から出されたものはやや古びているように見えるものの、槌を持った女神の彫刻や細かく浮かし彫りにされた文字のような文様は三枚とも酷似していた。
「これだ! 間違いない! 知っているんじゃないですかモンテさん! これは、この金貨は一体なんなんです⁉︎」
「ドワーフ金貨です」
「え……?」
「ドワーフ金貨。かつて怪我をしたドワーフを助けたオーラフという名の神父がいた。彼はドワーフを教会の救護所に運び、昏睡状態だったドワーフを三日三晩世話して傷の手当てをした」
「ちょ、ちょっと待ってください! ドワーフ? あの洞窟に住んで貴金属や武器を作る小人?」
「ファウルフェザーという名のそのドワーフは回復すると礼として彼らの国の金貨二枚を置いて行った。八十年ほど前、当行が出来て間もない頃。当時のその教会は困窮していて、買い取って欲しいと持ち込まれたのがこの二枚です」
「ドワーフ……ドワーフ金貨……」
「調べると純度は九十五と九十八。当時の両替商頭はその精錬法を尋ねようと教会を訪れ、ドワーフを探しましたがオーラフ神父は亡くなっており、ドワーフとの親交も絶えていました。ドワーフが建て替えたと言われるその教会は、今でもバインツェルマンシェルの森の近くに建っています。この金貨を賭け取ったのはモイテング様でしたね?」
「え? あ、はい」
「悪いことは言いません。そのような賭博場にはもう出入りしないことです。ドワーフ金貨は我々には作れない地の底の国の金貨で、そのような物を賭け台に載せる輩もまた、この世のものではありません。不吉です。この金貨は値段が付けられない程にとても価値があるものですが、モイテング様の人生と釣り合うとは思いません。ドワーフ金貨で財を成すようなことがあったとしても、それは世間からは罪と言われて後ろ指さされるような行いと切っても切れないはずです。夢と忘れて、真っ当な人の道を歩んだ方がよろしいかと。さもなくば次に賭け台に載るのは、あなた様の命かも知れませんよ」
***
「とにかくだ。一度腹ごしらえをしよう」
自分の家が経営する銀行を出たアントンは石のように押し黙るウルリチにそう言った。
午後のペザントピッグ通りの人波の中を二人は歩き出した。
「…………」
「日は高いが、一杯飲もう。僕は
「…………」
「言葉はエルフ。金貨はドワーフ。調べれば調べるほど、正体が分からなくなるね」
「…………」
「さて、どうしたものか。いや、遅い昼食の話じゃない。彼女を特徴づける手掛かりを、辿りやすい順に追ったつもりだったんだが、彼女はまるで迷宮のような存在だ。深入りすればするほどに、謎は深まる一方」
「アントン」
「なんだい、友よ」
「なんて説明して良いのか……僕は今、相反する二つの心に苦しんでいる」
「二つの心?」
「そう。このまま、君と共に彼女を……妖精の騎士を探したいという気持ちと、これ以上君を巻き込むべきではない、という気持ちだ」
「…………」
「彼女は……フェスティバルで見掛けた街娘を捜すのとは訳が違う。君も解ったと思う。ここから先は、多分命懸けになる。大袈裟な話でも、例え話でもなく」
ウルリチは立ち止まる。一歩遅れて、アントンも立ち止まった。
「アントン。正直に言う。僕は僕の
ウルリチは苦しそうに言った。
「だから、君の判断に任せようと思う。君が付いて来てくれるなら、僕は君を危険から全力で護ると誓おう。君が
アントンは、ふーん、と鼻から息を吐いた。
「付いて行くよ」
「アントン」
「恩には着なくていい。半分は君の為だが、半分は僕自身の為だ。エルフ語を話し、ドワーフの金貨を持ち、オークを従える漆黒の女騎士。そんなものがこの世にいると知った以上、正体を確かめなければ、僕はこの先ぐっすりは眠れないよ。恐らく一生ね」
「ありがとう! 友よ」
「なに、立場が逆なら、君も同じようにしただろう?」
二人はお互いを確かめるように抱き締め合った。
「アントン。嫌になったなら言ってくれ。危ないと思ったら逃げてくれ。君がそうしたとしても、僕は七つに割った針の先ほども、君を恨むことはないだろう」
「僕は今まで嫌なことは一つだってしたことはないよ。それに逃げる時は君も一緒だ」
アントンは身体をウルリチから離すと、彼に問い掛けた。
「さてと。次はどうする? 手掛かりは途絶えてしまった訳だが」
「途絶えていない。僕が襲われた場所に行き、辺りを調べよう」
「なるほど。護衛はどうする? 僕らの家の者は使えまい。どちらの家の父上も首を縦に振るとは思えない。人を雇うか? となると時間が掛かるが」
「騎士団にもう一度出て貰う」
「騎士団? 恋の相手の妖精騎士を捜すから、栄光ある神聖騎士団に御同道願いたい、とでも言うのかい?」
「ちょっとつつけば、動いてくれる騎士に心当たりがある」
「つつけば動く騎士?」
「それも隊長」
「待てよウルリチ、つまりそれは……」
「そう。僕のキャラバンを置き去りにして逃げた騎士隊長だよ」
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