調査
郊外のレンガ造りの蔦の絡まる倉庫のような邸宅に、その館の主人の高らかな笑い声が響き渡った。
翌日、ウルリチとアントンの二人は、彼らが師事した算術と語学の師、神学者にして哲学者であるヴィルヘルモ・ボッカムの元を訪ねていた。
ウルリチの想い人、黒い魔法騎士の正体について、その使った呪文から探れないかと考えたのだ。
二人の訪問をボッカムは喜び、手ずから茶を入れて二人に振る舞い、使用人に急用以外は取り次がないように言って二人との面談に臨んだ。
歳上のアントンが丁寧な挨拶をして、簡単に用向きを伝える。
ウルリチが恋をしたこと。
その相手がどうやら魔法遣いらしいこと。
どうにかしてその相手の正体を知りたいこと。
そこで算術、語学、神学、哲学を修めたアーガスバーグ随一の賢者であるボッカム師の元を訪ねたのだと言うこと。
その段で、師は六十を越えるというその年齢に似合わぬ豪快な声で高らかに笑った。
顔全体の髭と、毛織物のローブを揺するようにしてのその笑いはウルリチとアントンが制止のタイミングを計るほどには長く続いたが、やがて終わって、彼らの老師は手で涙を拭いながら言った。
「いやあ愉快愉快! 気を悪くしたなら謝ろう若鳥たちよ。礼を失して笑い続けてすまなかった。だが誤解しないで欲しいのだが、馬鹿にした訳ではないのだ。生真面目なウルリチの恋。その相手が魔女。その魔女の正体を探るのに私を頼って来たのだろう? これが愉快でなくてなんなのだ? 私はこういう話に掻き立てられる知の好奇心の沸き立ちに突き動かされて学者になったのだ。対話の記録を取っても良いかな? 詳しく話を聴こう」
***
「面白い。実に面白い」
ウルリチの話を聴き取り終えたボッカムは、真剣な顔でそう感想を述べた。
「特にここだ。風の魔法の呪文。マエグ・グワエウ。確かに
アントンとウルリチは老師に丁寧に謝辞を述べ、明日の約束を固く誓って倉庫のような賢者の館を後にした。
「次はどうする? アントン」
「魔法騎士が残した手掛かりの品を当たってみよう」
「手掛かりの品?」
「君は彼女から受け取ったのだろう? 荷馬車の代金の金貨の袋を」
***
「やあ、
アントンを迎えに出たパリっとした服装の痩せた男は、ハキハキとした口調で挨拶した。
アーガスバーグにおける物流の元締めがウルリチの家であるモイテング家だとするならば、金融の元締めはアントンの家、ヒューガー家である。
アントンは父の威光を利用して、彼の家が経営する銀行の本店に貨幣鑑定士を訪ねに来ていた。
そこはアーガスバーグ最大の銀行で、即ちこの国最大の銀行だった。この国で流通するあらゆる貨幣がここを経て、国庫に入ったり、外国に渡ったり、再び市場へと出て行ったりする。文字通りこの国の貨幣経済の総本山だった。
「
「へえ! モイテング商会様の! お父様やお兄様方には、いつもご贔屓にして頂いております」
「こちらこそ。今後ともお互いに良い取り引きができますように」
「ウルリチ、彼はモンテ・ディパスキ。我がヒューガー銀行が誇る一番の目利きの貨幣鑑定士で、当行の両替商頭だ」
***
「これは……アントン様、これをどこで……?」
場所をモンテの仕事場に移し、二人は魔法騎士からウルリチが受け取った見慣れない金貨をモンテに鑑定して貰っていた。
国一番の貨幣鑑定士は、テーブルにランプを二つ灯して凹面鏡でその光を集め、筒になった拡大鏡を用いてウルリチの金貨を細かく観察し、難しそうに唸った。
「ウルリチが賭け事で賭け取ってね。珍しい金貨だったから、どういうものか知りたいんだ。どこで作られて、どういう界隈に流通してるのか。王国通貨に換金したら幾ら相当なのか。およそこの国で君が知らない金貨はないだろう。これはいつ頃作られた、どこの金貨だい?」
「…………」
「どうした? まさか偽金貨……?」
「いえ。ご覧ください。こちらは一般的な王国金貨、いわゆるヒグボス金貨です。重さは七十二分の一ポドン。これは七十二分の一ポドンの原儀」
モンテはそう言いながら天秤の皿の片側に金貨を、もう片側に分銅を載せて見せた。少し揺れた後、天秤は完全に水平に釣り合った。
「そしてこちらが問題の金貨。厚み、直径含め、こちらの方がヒグボス金貨よりやや小さく見えますが……」
モンテが魔法騎士の金貨と分銅とを天秤に掛ける。
今度は、天秤は魔法騎士の金貨側に傾いた。
「……どういうことだい?」
「この金貨は、ヒグボス金貨より金の純度が高いのです。貨面の彫刻も……心当たりはあるのですが、今ここで結論を申し上げるのは……一枚お預かりして、時間を頂けませんか? 二日……いえ、一日ください。明日のこの時間に来て頂けたら、お調べした結果をお伝え致します」
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