商家の幽霊男

三男

 ウルリチ・モイテングは空気の読める素直な良い子だった。


 彼の父が受け継いだモイテング商会は、アーガスバーグの中心に会館を構える豪商で、金融のヒューガー、通商のモイテングと王国の二大商人として讃えられ、城や軍、教会などの建築資材や装飾品、武器や馬、衣服や食料、羊皮紙一枚に至るまでモイテングの取り仕切りで取り引きされ納品されていた。

 それは当然の事ながら莫大な富をモイテング家にもたらし、そこの三男坊として生を受けたウルリチは母似の嫋やかな容姿も手伝って特に父からも可愛がられ、多くの忠実な使用人にかしずかれながら、壊れ物を扱うように育てられた。

 その事は、彼の中に充分な自己受容感を育て、彼は人を思いやる心のゆとりを持つ聞き分けの良い素直な子供として成長した。

 彼が九才を過ぎた頃、妹が出来ると、事情は少しばかり変わった。

 父母はウルリチよりも、新しく生まれた妹を可愛がるようになり、空いた時間は四六時中妹のリザヤーナに掛り切りになった。

 ウルリチは寂しく感じたが、彼は素直な良い子だったので、そんな両親の態度をも理解し妹を可愛がり、自分は脇役に甘んじて文句一つ言わなかった。

 ウルリチが十五歳になった頃、歳の離れた二人の兄は父の仕事を手伝い始めた。

 父の教育が優れていたのか、付いた執事が良かったのか、生来のモイテングの血か、二人の兄はめきめきと頭角を現し、現行の父の商売の切り盛りを代行するだけでなく、新しく航路を渡って東洋の国とも通商を始めて、その豊かな商才でもってモイテングの家を益々盛り立てた。

 そうなると父は二人の兄を褒め称え、妹を愛で、ウルリチに関わる時間はどんどん減って行った。

 それでもウルリチは、素直な良い子であることを投げ出さず、古今の書を読んでは勉強し、妹の相手をし、兄たちに用事を頼まれれば、嫌な顔一つせずにそれをこなして見せた。

 時は流れて立場も変わり、関わる時間こそ減ってしまったが、両親が変わらず自分を愛してくれていることは知っていたし、兄も妹も家族として自分を認めてくれている事は日々の関わりの中で感じていたからだ。

 素直な良い子でありさえすれば、彼はモイテングの家の中で居場所を失うこともなく、逆に言えば素直な良い子であることが、ウルリチに求められる全てであり、それが彼の将来の幸福を約束するはずだった。


 十八歳の夏、彼が兄に頼まれて率いた商隊のキャラバンが、魔物の部隊に襲われて壊滅するまでは。

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