第4話「高級マンション」

 会社、もといアイドル事務所を出た時には、辺りは真っ暗になっていた。桜の木がひらひらと舞っていて五月だというのに、周囲をピンク色に表している。

こんな日は公園で夜桜ってのもいいのかもしれない。帰りにお酒でも買って帰ろう。


 そんな横には香川補佐と一緒に歩いている。いつも通り、ピリピリとしている。心なしか俺を睨んでいる気がする。少しぐらいハメを外したほうがいいですよ。

 俺がチラチラと見ていたら香川補佐が気づいたらしく、俺の方に顔を向けてくる。

「なんですか。私の顔に何か付いてましたか?」

 いやー。怒ってらっしゃる。なにもそんなに怒らなくても。別に減るもんじゃないし。

「いやですね。三人のアイドルはどこに住んでいるのかなって思いまして……。ここって高級住宅地じゃないですか」

「そうですね。住んでいる場所はもうすぐ着きます。近くのマンション……、あの路地を曲がったあたりですね。それに三人の親御さんはとってもお金持ちなので、その寄付でマンションと娘さんの管理を会社で行っているのですよ」

 香川補佐は「着きました」と簡単に述べた。俺は一瞬、腰を抜かしそうになった。ここって……。

 高級住宅地のシンボルなようなマンションだった。最大で五十階ぐらいある建物で、周りを見渡せる六本木ヒルズのような建物だった。ここって最近ポケストップになってたんじゃなかったっけ。

 目の前にはボディーガードのような男性が三人もいる。背中には「ポリス」と書いていた。

「え?警察官がここを完備しているの。そんなに厳重にしているのかよ」

「まあ、アイドルですからね。ストーカーがいきなり現れても良いように対処するためですから。最近都心部は事件も多いですしね」

 俺は「はあ……」と述べるしかなかった。もう少し、語彙力があればよい反応ができたかもしれないけれど。やはりこんな高級マンションをいきなり見せられたら、「凄い」という反応しか返せない。やはり俺は庶民だぜ。ただ見た感じ、さぞかし甘やかされて育っていそうだな。三人娘は。


 ペコリとボディーガード風の警察官に挨拶をすると、一人の警官が俺に向かって何かを言おうと近づいて来ようしたが、香川補佐を見るや、その警察官もペコリと頭を下げて挨拶した。

 もしや、俺って不審者に見えたのか?初めてきたからだよな?

「もう少し、ネクタイをきっちりして清潔感を保ったらいいかもですね」

 そんな慌てている俺を見るや、香川補佐は「くくく」と眉間をしわに寄せて笑みを見せた。

 怖いです、その笑顔。何とかなりませんかね。その本音は俺の心に隠した。


 俺はふと上を見上げると、一人の少女が屋上の手すりに立っていた。

 その子は手を両手に握っている小学校低学年っぽい少女だった。背たけまである青紫っぽい髪が風にひらひらと舞っている。満月の光りがその少女を照らしている。何かを祈っている様子だけど……。

 あれは何をやっているのだろうか?まさか落ちないよな……。でも手すりの上に乗っているのは、ああ、少女の身体が揺れて、ああ、落ちた。

 少女が急落下して地面に向かってくる。これはヤバい奴だ。これは助けられるのか。香川補佐からは「ちょっと久米島くん……」と聞こえたが、それどころじゃない。少女が今落ちてきているんだぞ。助けないと。

 俺は落下位置を確認して、受け止める態勢になる。俺は目をつぶりながら、大声で言う。

「よし、こい、受け止めてやるぞ。こんちくしょう」

 少女が落ちてくると同時に、強い風圧を感じる。無事、少女を受け止められたのだろうか。俺はゆっくりと目を開けると、青紫色の少女は居なかった。正確には俺の腕の中には居なかった。もしかして受け止められなかった?俺は最悪の事態が頭によぎる。周りを確認する。無残な少女の姿はなかった。

「なんだったんだ。さっきのは、俺の夢なのか?」

「夢じゃないですよー。クスクス」

 俺はきょろきょろと周りを見渡す。香川補佐は「上です」と一言。素直に上を見ると、その少女はニコリと笑みを浮かべていた。

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