第397話 石油を作れ
「なんともはや凄まじい斬撃でしたのハルミ殿、まあこれでも飲むの」
「あ、ども。いただきます、ぐびび」
「あれにはほんとにまいったでござる。ハルミ殿はニホン一の騎士でござるな、まあまぁ御一献」
「いや、それほどのことでは。あ、ども。いただきます、ぐびびびび」
快晴である。鼻をくすぐる微風がすこしだけくすぐったい。まるで野原のような場所で、俺たちはたき火を囲んで宴会をしている。
「なんでいきなり宴会だよ!」
「仕方がないノだ。ハルミがカイの屋敷を壁から屋根まで全部吹っ飛ばしてしまったノだ」
説明乙である。
魔法が発動するさい、慌てたハルミは「人を傷つけるのだけは止めてくれぇぇぇ!!」と強く願ったのだった。
その意を汲んだのか、427の斬撃は人と人(と魔王)の間を縫うように飛び散り、ソファーやテーブルなどの調度品、扉や窓や照明、そして頑丈な壁に屋根。そういうものを丁寧に破壊して飛んで行った。
人々の着ていた衣類も例外ではなかった。
「なんでハルミだけまともに服を着てんだよ!! 普通は逆だろうが!」
「お、おお、怒るとこじゃないだろ! 命があっただけ良かったと思ってくれ。私だって制御しきれなかったんだから……逆ってなんだ?」
パンツだけはかろうじて残ったが、これしかない俺の一張羅(作務衣)もずたずたである。オウミとミノウはボロボロで、イズナはコゲコゲである。なんでコゲコゲ?
「お前はなんで焦げたんだ?」
「なまじっか抵抗しようとしたのがまずかったゾヨ。斬撃をワシの火力で相殺してやるつもりが、火の着いた斬撃がワシのおしっぽ様をコゲコゲにわぁぁぁぁ」
「泣くな! あの咄嗟のときに、良くそんなことを思い付いたな」
「反射神経だけは良いゾヨ」
「無駄な抵抗するからそんな目に遭うノだわははは」
「そういうお前らだって、羽根とかボロボロじゃねぇか」
「ユ、ユウさん、こっち見たら殺すぅぅぅぅ」
そう言われた方を目を皿のようにして見ると、スクナは丸裸にされていた。前だけ押さえて全速力でどこかに走り去るスクナのお尻をじっくりと鑑賞していたら、なにかが後頭部に飛んできて俺は気を失った。
「スクナをエロい目で見るでないモん!!」
犯人がこいつであることを知ったのは、宴会が終わったあとである。
ハルミ斬撃の衝撃に、しばらくはみな呆然としていたらしい。そんな中、いち早く気を取り直したのはカイだった。
「み、みなさん、ご無事でござるか?」
「見ての通り、着ているものがボロボロになったの。だけどケガはないし、死んだものはいないようなの。あの威力でこれはすごいことなの」
「それは良かった。しかしどうすると、人を避けて斬撃が飛ぶのでござろう」
「斬撃が飛ぶ時点でおかしいと思うの」
「そ、それはそうでござるな」
「どちらにしても、我らの戦闘は一旦お預けでござる。この後片付けだけでも大変でござる」
「分かったの。我もなんだか毒気を抜かれた気分なの。聖騎士公とはこれほどのものなのか」
「聖騎士と会ったのは拙者も初めてでござる。ちょっとイメージとは違えど、聞きしに勝る破壊力でござった。とても、敵には回せませぬな」
「それは同意なの」
それならば。ということで、腹黒のふたりの意見は合致した。そしてガレキの片づけもそこそこに、場所を庭の草むらに移して宴会が始まったのである。
「ままま、御一献。ハルミ殿はいける口でござるな」
「いやぁ、それほどでもぐびぐび」
「ところで、さっきのはなんという魔法なの?」
「え? あ、いや、それは。聖騎士としての秘密なものでぐびび」
「斬撃を飛ばすということにも驚いたが、あの破壊力にはもっと驚いたでござる」
「我は割と近くだったので、呪文が聞こえたの」
「び、びくっ」
「ほぉ、なんという呪文でござったか?」
「おしんこしん、とか聞こえたの」
「ぐ、ぐ……え? ぐびっ」
「おおっ!! そうであったのか! ハルミ殿!!」
「は、はいぃっ!? ぐびっ」
「そなたはこちらの人間でござるな?」
「い、いえ。ホッカイ国自体、来たのは初めてで、こちらなんかまったぐびび、わたひはみのうまひぇでひゅぐびび」
(そろそろ回ってきたの)
(すでに予定の3倍は飲まれましたが)
アルコール度97%という世界一きつい酒を、ハルミ(や宴会参加者たち全員)に振る舞ったのである。早く潰すためである。そしてユウから危険な護衛を引っぺがし、無理難題を格安で押しつけようという魂胆である。
「それにしては、オシンコシンを知っているとは驚きでござる。こちらの言葉で「アカマツの群生地」という意味でござる。その名を冠した大きな滝がすぐ南のシレトコにあるでござる」
「ほほぉ、そうなの。ハルミ殿はそれを知って……ハルミ殿?」
「いや、そういうわけでもなくて……それはそのほんにゃほほはほへほえ~……くてっ」
「これでよしでござる」
「うむ。最後のひとりがこれで落ちたの。さすがスピリタスなの」
「それなのに、こんなに時間がかかるとは思いませなんだ」
この腹黒師弟は、ハルミという武力を奪い交渉を進めるという点で利害が一致したのである。そして次にしたことは。
「おい、ユウ殿。起きるでござる」
「あ? あ痛ててて。なんか後頭部がいたひ。あれ、なんで俺は寝てしまったんだ?」
「なにかにつまずいてころんだでござるよ。大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫かといわれればそうでもないが、なんとか生きて……おいおい、なんでみんな寝てるんだ?」
「たったいままで宴会をしていたの。だけどみな酔い潰れてしまって、残ったのはお主だけなの」
「そうなのか。スクナはどこ行った?」
「スクナ殿は被害を免れた別邸に、まだ閉じこもっているようなの。それで、お主と例の燃える水の話をしたいの」
「なんで別邸に行った!? しかし交渉ごとはスクナがいないときにやるなと言われてるんだが。あれ? キタカゼは石油には関係ないだろ」
「あれがたくさん採れるのなら、カンサイに燃料として運ぶことを考えているの。そのための船を設計させてるの」
「タンカーをか。お前んとこにはカミカクシがたくさんいるんだったな。その知識か」
「そうなの。だけど、誰も燃える水が出るところは見たことがないので、どうやって地中から取り出すのか、その辺がまったく分からないの」
「原油を精製することはできるのか?」
「それもできないの」
「なんもかんもできんじゃねぇか!」
「それに関しては拙者どもも同じでござる。そこで、お主に依頼をしたいのでござる」
「俺に依頼?」
「「石油ってものを作ってくれ」」
「おおざっぱな依頼だな、おい」
「これはお主にしかできないの」
「キタカゼ殿と話し合った結果、お主に依頼するしかないという結論に達したでござる」
「お前らの言う、石油とはなんだ? あれは適用範囲がめちゃめちゃ広いんだぞ。それを全部と言われても困る」
「これから来る冬にそなえることが一番なの」
「暖房、ということか?」
「こちらの冬は、本土では考えられないほど大変厳しいでござる。ホッカイ国などぬるいものでござる。拙者もこちらに住むようになって思い知ったでござる」
「そうなのか?」
「一旦吹雪にでもなろうものなら」
「なんと、吹雪型駆逐艦の一番艦が?!」
「なんの話でござる?」
「いや、ちょっとしたお茶目だ。それで?」
「吹雪とはブリザードのことなの。艦これの話はしてないの」
「キタカゼも知ってんじゃねぇよ! 分かったから続きを話してくれ」
「そうなると家から出ることさえもできない日が何日も続く。そんなことが当たり前にある土地でござる。それに耐えられるだけの薪を用意できる家は限られる。毎年のように凍死する者がいでござる。吹雪が止んで久しぶりに隣家に行ったら全員が凍死してた、なんてことも良くある話で」
「あっちゃぁ。こちらは餓死じゃなくて凍死かよ」
「食糧は夏の間に、アザラシの干し肉や干し魚をため込むことが比較的可能なの。こちらは水産物は大変豊富だから。それでも不漁のときはあるけど、それよりも優先は暖房なの。ここには燃料になる木がほとんど生えないの」
「ここは小さな島だったな。海風に吹きさらしの環境では、樹木も育たないだろうなぁ」
「それで暖房にできるものが、手と喉から欲しいわけなノだ」
「お前はボケるときだけ出てくんな。あれ、オウミは酔ってないのか?」
「あれしきの酒で酔う我ではにゃいノひゃひゃひゃひゃ」
「分かったから寝てろ」
「この国は木も草も育たない厳しい気候なのででござる」
「しかし炭という手だってあるだろ? 海運で儲けた金で買えばいい。少なくとも薪よりは効率がいいぞ?」
「国民の全員が船乗りではないでござる。土着の人たちにとって、炭は高いでござる。裕福な家庭でもなければ、とても一冬分を貯蔵するのは不可能でござる」
「炭も買えないのか。それで石油に目を付けたと」
「そうでござる。そういうものがあるという情報をキタカゼ殿にもらい、ホッカイ国だけではなくこの辺りの島々はもれなく探したでござる。そしてようやく一箇所だけ見つけたのが」
「あのイシカリ油田だったということか」
「見つけたまでは良かったでござるが、あれをどうやって取り出してどうやって使えばいいのか、それがまるで分からないでござる。キタカゼ殿もそこまでは分からないと。あのままではなかなか火は着かないし手はネトネトになるし。がんばって着けても有毒ガスが出るばかりで処置なしでござった」
「ああ、それはやっちゃダメなやつ」
「どうしようかと、途方に暮れてイシカリの街をぶらぶらしていたら、ひょっこりはんが現れて」
「そんなもんが現れるかぁ! デブルフか?」
「トシと名乗っていたでござるが、そうでござる。それでなんやかんやがあって」
「面倒くさいところを飛ばしたな!?」
「その燃える水の出る場所を教えてくれと言うので、まかせることにしたでござる」
「まかせたにしては、えらくぶっ飛んだ契約だったようだが」
「あれは全部、トシ殿の言い値でござるよ」
「はぁ!?」
「こちらは何も言ってないのに、勝手に値段を決めて勝手に契約書を出してきたでござる」
「そうなのか、デブルフ……は寝てるか」
「そ、そんな昔のことは忘れたナ ぐえっ!!」
「起きてるじゃねぇか! あれ、ユウコも起きてたのか?」
「いま、ちょっとだけ起きた。またこれがなんかやったんでしょ。主人責任として折檻だけしたら寝る」
「なんて都合のいい主人責任だよ」
「ぐ、ぐぇ。それより助けてげぇ」
「デブルフ。お前は騙されたんじゃなくて、アホだっただけじゃねぇか! なんでそのときソウシを呼ばなかったんだよ!」
あれ? なんか俺が最近言われたことに似てるような?
「ぐ、ぐえぇ、ぐるじ、首を絞めな……ユウゴだずげで」
「もうしばらく苦しんでいなさいウトウト」
「そ、そんなげぇぇぇぇ。夢うつつで首を絞めないでぇ」
「こんなアホを眷属にして、私って大丈夫かしらスヤスヤ」
「お、お前にはぴったりだと思うけどな」
似たもの主従だ。
「さて、話の流れはだいたいこれで繋がったと思う」
「なんなの、その作者目線!?」
「それにしては適当過ぎるノのひゃよよよ」
「ツッコミはいいから寝てろって」
話なんてのは、だいたい合っていればいいのだ。
「俺はカイゼン士だ。やれることはひとつしかない」
「燃える水を使えるようにして、この土地の人を凍死から救うという事業を、拙者と一緒にやってくれるか」
「その前に聞きたいことがある。キタカゼはなんの関係があるんだ?」
「チッ」
「またチッって聞こえたぞ?!」
「ちょっと待ったぁぁぁ!! その話、私抜きでまとめないで!」
スクナの乱入である。どこでどう着替えたのか、ピンクのミニスカートと空色のTシャツにピンクのコート、黄色の厚底シューズ。すべてが原色である。
「どこの原宿娘だよ!?」
「こ、これしなかったのよ! 仕方ないでしょうが!!」
「あれ? そういえばついさっき、スクナが尻を丸出しにして走って行く姿を見たような記憶がががががががが」
「ユウさんは何も見なかった。見なかった。見なかった。そうでしょ?」
「ががが、ぞうでじた。見でません。見でません。ものすごく見でませんぐるじい」
「よろしい。それではカイ様、キタカゼ様。契約の話をしましょう」
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