第396話 427の斬撃
カイは年の頃なら50過ぎ。背は高くがっしりとしたアゴと柔和な目。体型は太っているというより威風堂々という表現がふさわしい。
その物腰というか所作のひとつひとつに、洗練された威厳というものがある。いままでに出会ったことのないタイプだ。
絶対にケンカを売ってはいけない。そういう人間だと俺は直感した。
「ユ、ユウさん。私たち、ここに何しに来たんでしたっけ」
「えっとな。そ、それは、確か物産品の購入、じゃないかな」
「いつのまにそういうことにしたノか?!」
「ボロ負けしたやつがツッコむな!」
魔王たちはカイの(ある意味偉そうな)態度にカチンときて、会うなり戦いを挑んだのだ。だがあっさりと叩きのめされいまではすっかり服従のポーズ状態である。だけどツッコみを忘れないのは、さすが俺の眷属である。
「あまり褒められた気がしないノだ」
カイはもとはアワジの船頭であったが、バンシュウの太守・キタカゼに見いだされてコキ使われた。そのうちに群を抜いた操船技術で頭角を現し、やがて自前の船を持つほどになった。
そして当時、未開の地であったホッカイ国への航路を開拓し、その交易で巨富を得た。
だが好事魔多し。ある日、荷物を満載してホッカイ国へ向かう途中で嵐に遭い、連絡が途絶えたのだ。
ニホン海の海は荒い。瀬戸内海などと比べものにならないほど難易度の高い海なのだ。そこを航海するというリスクを繰り返すカイに、同業者は金儲け主義の山師と陰口をたたいていた。
そのカイがニホン海で消息を絶ったという情報が流れたときは、ライバルが減ったと大喜びした者も多かった。
だがそれから十数年後。そのカイが突然ルーシ国の太守としてカンサイに現れたとき、船員たちはほぼ全員が口を閉じるのを忘れるほど驚いた。
乗ってきた船が、それまでの常識では考えられないほどの大型船であったのだ。
どでかいマストがひとつだけの和船しか知らない船乗りたちが、生まれて初めて細いマストを何本も建て、そこに複雑な形の帆を何枚も張った西洋船を見たのだ。
その衝撃たるや、ゴーイングメリー号からサニーサウザンド号に乗り換えたやがて海賊王になるクルーたちの比ではなかったであろう。
「それでいまココなの」
「「キタカゼ殿!? な、なんでここに?!」」
「驚くほどのことではないの。この話で良くあることなの」
「そりゃまそうだけど。いきなり過ぎるやろ」
「それもいつものことなノだ」
「お久しぶりでござる、キタカゼ殿。ちょっと驚いたでござる。どうしてここへ?」
「くっくくっく?」
「それはようこそここへ、だヨ」
「そこのイズモ公に依頼されたの」
「依頼? なんかしたっけ?」
「こらこら、自分で言ったことを忘れてどうする。お主は381話でこう言ったの」
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「なんでもいいから武器と人を集めておいてくれないか。俺が依頼したらすぐに出せるような準備を頼みたい。ここからならホッカイ船で大量に送れるだろ」
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「そういえば、そんなこと言ったっけな」
「ほんの15話ほど前のことなのに、忘れるでないの」
(いや、15話を2週間で書いてたころと違っていまは何ヶ月も空いてやかましいわ)
「……いま、誰がしゃべったの?」
「俺じゃないぞ?」
「我でもないノだ?」
「いつものことだヨ。それよりキタカゼ。ユウは準備をしておいてくれ、と依頼しただけだヨ。どうしていきなりここに来たヨ?」
「航路が確立された現在では、ホッカイ航路は廻船問屋にとって稼ぎ頭なの。我も引退したわけではないので、たまにこうして航海をするの。ついでにこちらに立ち寄ってみようと思ったの」
「ついでに来たということか」
「戦闘員も三千人ほど乗せてきたの」
「「「ついでのレベルじゃねぇ!!」」」
「戦闘員のほとんどは、イズナ様の領地で乗せたの。ほら、その大将がこちらのサバエ卿なの」
「ユウ殿、お久しぶりです。その節はお世話になりました。スクナ殿にはうちの両親がお世話になりっぱなして、ぜひともお礼を言いたいと思っておりました」
「誰?」
「イズモ公はこの黒縁メガネに見覚えはありませんかな?」
「俺にはない」
「ユ、ユウ。こちらはサバエ卿ではないか。あの関ヶ原で戦った」
「ハルミさん、関ヶ原で戦いなんてあったの? いつ?」
「スクナと出会う前の話だ。でもハルミは戦っただろうが、俺は別に誰とも……あぁあ、あれか。エースと背中を流しっこしていたイズナ軍の総大将?!」
「そう、それです。ついでに言いますと、イズモ国でソロバンを作っているサバエ工務店ですが、私の両親が作った会社です」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「そちらにも絶大なるご尽力をいただいたそうで、私はもとより両親も心より感謝と尊敬いたしております。スクナ様」
スクナをかよ!! たしかに俺が関わったの最初だけで、あとはずっとスクナとウエモンの仕事だったけど!
「初めまして……ですね、サバエ卿。サバエさん夫婦は私とウエモンにとっては両親みたいな存在です。特に孤児のウエモンなんかすっごく可愛がってもらえるのが嬉しくて、いまでも3日と開けずに出張していますよ」
「そうらしいですね。両親も孫ができたようだと喜んでました。あ、そうそう。社長のオオクニ様から伝言を預かってきました」
そう言って1通の手紙を差し出した。もちろん、スクナに手渡しであるこんちくしお。
「勝手にソロバン普及委員会をキタカゼに差し出しやがってこの野郎!」
内容は俺への文句だけどな!
「ありがとうございます、サバエ卿。返事はあとから出しますね」
そう言いながら俺のほうをチラと見た。返事も俺かよ。
「あれ? それなら魔回線ネットワークを使えば早いのに。イズモにはいくつもアクセスポイントがあるんでしょ? なんでわざわざ手紙を書いたのでしょう」
「あのアホは新しいツールに弱いんだよ。いまだに使い方が覚えられないらしい」
(おおおおおおくに様をあのアホとか言ってるぞ、この人)
「あらあらそうだったの。あのおっさんはもう」
(おおおおおおくに様をおっさん呼ばわりしてるし!?)
「あいさつが済んだところで、そろそろやるかの」
「「やる、ってなにを?」」
「お主らはどうして我を呼んだのか、忘れるでないの」
「えっと。それはスクナがさらわれたと聞いて、それを取り返すためにだったのだけど、スクナはこの通り無事で」
「きっかけはともかく、戦争するためなの」
「「ふぁぁっ!?」」
「カイ、久しぶりに一丁やるかの」
「望むところです、キタカゼ殿」
いや、あの。それは、それで、なにがどうして、そうなった??
「あの、キタカゼ様。私たちはこれから交渉に入るところ……」
「戦闘でボロ負けでは交渉もなにもないの。力を示してこその交渉なの」
「おい、そいつ強いぞ。うちの魔王が3人がかりでもまるで歯が立たなかったぐらいだ」
「それは当然なの。カイの属性は風だから」
「へぇ、風なのか。だけど、それがどうした?」
「分からんやつなの。お主も五行ぐらいは知ってるであろう?」
「そりゃ、一応はな。えっと、火と水と土と金と木……あれ?」
「ないであろう?」
「あれぇ? でも、ミノウもオウミも属性に風を持ってたよな?」
「それは第2か第3属性であろう。あれは付け足しのようなものなの。しかしカイは風に特化した属性持ちで、五行属性ではかなうはずがないの。これは相性の問題なの」
「相性の問題?」
「やぁ、キタカゼ殿にバラされたしまったでござる。まあよい、簡単な話でござる。風を相手にどんな攻撃も効くはずはないでござろう?」
「そういえばさっき、魔王どもの攻撃があっさり避けられていたな」
「光なら通り抜けるだけでござる。火が着くわけもなく、土に至ってはなんの意味があるのかってぐらい風には効果はござらん」
「そうか、そうだったノか。もっと早く気づくべきだったノだ」
「そうと知っていれば、やりようもあったのヨ」
「そんなレアな属性持ちがいるとは思わなかったゾヨ」
「ちなみに聞くが、分かっていたらどんな攻撃手段があったんだ?」
「「「逆らわずに黙って見ていたノだヨゾヨ」」」
「どんなやりようだよ! ちょっとだけした俺の期待を返せ!」
「「「戦わなければ負けないノだヨゾヨ」」」
情けない魔王もあったものである。そんなんでどうやって領地を守って来たんだよ。
「ちなみに、キタカゼに聞くが」
「なんなの?」
「風属性に対して、識の魔法使いだったらどうなる?」
ひいっ、という声でふたりから発せられた。なんだなんだ。俺いま、変なこと言ったか?
「そ、それ、それは錬金術師の話でござろうな?」
「ああ、そういえば2種類あったな。シキ研にはどちらもいるぞ」
ひぃぃぃぃぃぃ。という悲鳴がふたりから上がった。なんだろう、なんか愉快なことになってきたようだ。それなら、こんなことを言ってみようか。
「ここにいる俺のボディガード兼許嫁のハルミは、識の魔法使いだ。それも攻撃型のな」
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ、という絶叫がふたりから上がった。最近鬱屈していたので大変気持ちの良い絶叫であるわはははは、ざまぁかんかん。
「と、という、ということは。そのハルミ殿は、まさか?」
「まさか、まさか聖騎士公なの?!」
「ああ、その通りだ。まだ見習いがとれたばかりだが。しかしそこまで驚くほどのことなのか?」
「風属性どころではないの。そんな極レアな騎士がお主のところにはいたの!?」
「やはりそうだったか。ユウにはいつも軽く扱われるので、私がおかしいのかと思っていたぞ。アメノミナカヌシノミコト様が言うには、聖騎士はこの世に5人とはいないらしいからな、そのぐらい貴重な存在なのだぞ。以後そう心得よ」
「心得よ、じゃねぇよ! そんなときだけいばるな。攻撃魔法はまだおちんちんしか使えないくせに」
「なっ、なにを。お、おまは。ち、違うぞ!! おちんちこスラッシュ……あっ」
俺に煽られて、つい恥ずかしい呪文を口にしたハルミ。その結果、ミノウオウハルから例によって飛ぶ斬撃が出現したのであった。
その攻撃魔法は、一度に427発のウィンチェスターマグナム弾のようなすざまじい破壊力を持った斬撃を飛ばす魔法である。
ハルミは攻撃を発動させるつもりもなく、ミノオウハルも鞘に収まったままであった。いわゆる暴発である。
その結果として、照準の定まらぬ斬撃は。
「どどどど、どうなったノだ? 我は大丈夫なノか?!」
「まっさきに自分の心配かよ! 次までに考えるよ」
「「「どんだけ行き当たりばったりな作者なノだヨゾヨ!?」」」
「それもいまさらだ」
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