第398話 そうか、炭か

 カイの国は、ネムロからカムサスカ半島まで続くチシマ列島の最もホッカイ国寄りにある、小さな群島である。


 いくつかの島からなるハボマイ国の面積は、その全部を足しても120平方キロメートル程度しかない(ミノ国にある人造池・イルカ池よりも小さい)。


 しかし、近隣の海は鮭やアザラシの好漁場であり、住民はそれを獲ってはホッカイ国やカムサスカ国に売り、コメや日用品などを買って生計を立てているのである。


「待て待て。いま、新しい国が出てきたぞ? なんだカムサスカ国って」

「ああ、そこもこのハボマイと同じようなものでござる。ただ、歴史は遥かに古く、もう数百年も続く国でござる。カムサスカ一族が納める土地で、その氏族のひとりがエゾ家の頭領になったこともあるでござる」


「ああそういえばそんな話をエゾ家の番頭から聞いたな。立派な人だったそうだが、その跡目がそこにいるデブルフ……」

「跡目相続に失敗した家でござるな。おかげでこちらはボロ儲……いや、その話はこっちに置いておくでござる。ここは豊かな漁場なので、暮らし向きは決して悪くないでござる。ただ、冬期だけが問題なのでござる」


「そのボロ儲けについてくわしく」

「ご、誤魔化されないでござるな。口が滑ったでござる。我らは情報料だけで黙っていても毎月100万円もらえる。それは大変ありがたいことでござる。それはほぼ全額薪の購入に充てているでござる」


「それだけ買っても足りないのか?」

「運賃が高くつくので、薪自体はたいして買えないの。この辺りの島々はどこも大きな木が生えないので、船で運ぶしかないの」


「隣のホッカイ国にはたくさん生えてるだろ?」

「薪は大変重いでござる。積み過ぎると沈没するでござる。それに木が多いのは内陸でござる。沿岸部にはよそに融通できるほどは生えてないのだ」


「だから高い運賃を払って買うしかないの。我の小飼いの先頭でも、ここまで薪を運ぶのは嫌がるの。それほど危険な海なの」

「キタカゼのとこの大型船でもその有様か。待てよ? 炭は高いって言ったな? どのくらいだ?」


「エゾ家から買っている炭は、1キロ5,000円ぐらいでござる」

「そんなに高いのか!?」

「炭はキタカゼ家の船でも運んだことがあるの。だけど遠くから運ぶとどうしても海水をかぶってしまって、塩が染みこんでしまう。ほぼ使い物にならなくなったの」


「防水対策が必要だなぁ。もっと近所で買えるとこはないのか」

「それしかルートがないでござる。近くといってもウスケシは遠いでござる。かといって近隣で炭など生産できるだけの人は住んでいないでござる」


 ホッカイ国とて人口は少ない。しかも沿岸部に集中している。木を切り出すだけでも一苦労だろう。だが、ミノ国なら炭ぐらいたくさんあるし、うちにはただで使える運搬部長がいる。しかし、ミノウにそんな仕事ばかり増やして……別にいいか。


「なんか、不穏なセリフか聞こえたヨうなぴよぴよ」

「気にせずに寝てろ」


 炭の量産か。そういえばイセのやつが、採れすぎた木材が余って困ってると言ってたな。いまはミノ国で道路工事に使っているが、それが終わればそれで炭……。


「ああああっ!!?」

「な、なんだ、どうしたでござるか。急に大声を出すと驚くでござる」


 忘れてた。イセの領地のすぐ隣に、ウバメガシがわんさか採れるクマノがあるじゃないか。これは商売になるんじゃないか。


「なあ、カイ。その炭をキロ千円で売る、といったら買うか?」

「それならある程度買えるでござる。ユウ殿はそんなあてがあるでござるか?」

「大丈夫なの? あまりに品質の悪いものはこちらでは死活問題になるの」


「品質ならニホン最上級だと思ってくれ。俺が作らせる」

「「ニホン最上級だと!?」」


 ああ、またつまらぬニホン一を作ってしまった(3回目か)。いや、作ってはいるはずだ。まだ、気づいていないだけだろう。あれがそこまでのブランド炭であることに。


 紀州で採れるウバメガシというカッチコチの木を、何日も無酸素状態で燃やして炭を作ると、目が詰まっていて不純物も少ない良質の炭になる。


 炭同士でをぶつけ合うと、キンコラカンケンという金属音がするほど堅い炭になるのだ。


「呼んだんだノかにゃにょほ?」

「呼んでねぇよ。いいから寝てろ」


 しまった。思わずなんか変な呪文を口にしてしまった。


 その炭は火は着きにくいものの、一旦着けばとても長持ちする。有毒ガスも出にくい。冬の暖房にこれほど向いているものはないだろう。値段が高いことを除けばだが。


 しかし、値段はここのほうが遥かに高い。それは運賃が上乗せされるからだ。


 本土から遠いために運搬が海路に限られるだけでなく、ホッカイ国(ウスケシ)からでさえもこの海は危険なのだ。


 1年のうち約半分は氷雪に閉ざされ、唯一の流通である海運も、流氷が流れて来る冬期はほぼ通行不能だ。

 夏は夏で濃霧が頻発し、視界の悪い中で危険な航海を強いられる。暖流と寒流がぶつかる場所でもあり波は荒く、海流の蛇行などにより毎年のように航路変更を余儀なくされる。


 などなど挙げたらきりがない。良くそんなとこに住み着こうをしたものだ。


「炭ができるのならそれでお願いするの。だけど、ユウに依頼したいのはやはり石油なの。あれをなんとか商品になるようにして欲しいの」

「そうでござる。キロ1,000円は魅力だが、それでもここらの住民にはなかなか手が出ないでござる」


「しかし石油を精製するには、莫大な設備投資が必要に……」


 そういえば、ミノウがなんかやるとか言ってたか?


「なるぞ?」

「なぜそこで言葉を切ったの?!」

「そ、それは別に。気にするな、ちょっとし……」


「ちょっと待ったぁぁぁ!! その話、私抜きでまとめないで!」

「って前話で私、そう言ったわよね?」


 というところで、続くのである。



「前話から話が進んでないノだ?!」

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