第393話 絞めちゃえ
「「ユ、ユウぅぅぅぅぅヨゾヨ」」
「なんだよ、ふたりし……なんだそれは!? 臭っ臭っ。魔王臭っ」
「その言い方はあまりに失礼だヨ」
「そうだゾヨ。こんなに一生懸命働いたのにゾヨ」
「一生懸命働いて、どうしてそんな油まみれになるんだよ!」
「一生懸命に働いたからこそなのだヨ」
「いったいなにがあったんだ?」
「今日は、油田を見ていたゾヨ」
「ふむふむ。近づき過ぎて油がかかっちゃったのか?」
「近づき過ぎたというかなんかというかゾヨ」
「あれ、そんなに近くじゃなかったヨ」
「あれ、ってなんだ?」
「「油田だヨゾヨ」」
「いつものことだが、お前らの話はほんとに分かりづらい。要点をまとめてから話せ」
「あの油田は穴を掘ってそこに染み出た油をくみ出す方式ゾヨ」
「ああ、そうだな。深く穴を掘る技術がないから、そのぐらいしかできないという話だったな」
「それヨ、それ!」
「なんだなんだ?」
「ミノウが言うには、深さ12mのところに固い岩盤があって、それが掘り下げるのを邪魔していると」
「ほぉ。それなのになんで原油が涌くんだろ?」
「おそらくだが、その岩盤に亀裂があるんだヨ。それを伝って原油が上にしみしみヨ」
「しみしみ言うな。毛細管現象ってやつか。それにしてはあの量は多過ぎないか?」
「それでゾヨ。ミノウはその岩盤に穴を開けたらもっとたくさん出るんじゃないかと言ったゾヨ」
「それができれば湧出量は増えそうだが、どうやって穴を開けるかという問題があるぞ。ただ穴を開けたら危険なことになるかも知れ……ってなっちまったからその姿か!?」
「ゼンシンになが~い鉄の棒を作ったもらったヨ」
「固いし継ぎ足しもできる優れものだったヨ」
「その先端にウエモンのドリルを取り付けたゾヨ」
「イズナがその棒を上から抑えている間に」
「ミノウが流動魔法で回転させたゾヨ」
「あぁ、情景が目に浮かぶようだ。お前らにしては良く考えたな」
「それでごりごり削って20mぐらい進んだところでヨ」
「鉄棒の先端でぽっきりという音が」
「折れたのか?」
「そのことに気づいて、慌てて鉄棒を引き抜いたヨ」
「引き抜いたが先端のドリルだけが取れていたゾヨ。困ったゾヨ。あれはウエモンの作品なのに、なくしたらエライことになるゾヨ」
「ドリルというのは消耗品だ。そのぐらいは仕方ないぞ。また作ってもらえ」
「それが、あのドリルはイズナの魔鉄で作ったものだったヨ」
「げっ。魔鉄をなくしたのか?!」
「ゼンシン曰く、あれで最後だったらしいヨ」
「あぁあ。それは怒られるな」
「ゾヨ……でもそれはまだ良いとして」
「問題はそのあとヨ」
「そのあと?」
「イズナが穴に入って取ってくると言ったので、我は止めたヨ」
「穴のサイズはどのくらいだ?」
「鉄棒サイズは10cmヨ。削ったから穴はもう少し広いとは思うヨ」
「とてもイズナが入れるサイズではないな」
「頭さえ入ればなんとかなると思ったゾヨ」
「お前は猫か。種族としてはそんなに違わんかも知れんが」
「案の定、1mほどのとこでつっかえたヨ。大笑いヨ」
「笑ってる場合か! どうやって助け出したんだ?」
「そのとき、地下からなにやらすごい圧力が」
「お?」
「と思った瞬間に、油が勢いよく噴き出したゾヨ」
「それでいまココヨ」
「それでふたりして油まみれ魔王になったのか」
「「そうなのだヨゾヨ」」
「自業自得だな。それより臭いから洗って来いよ」
「それでヨ。ユウ」
「なんだまだあるのか?」
「原油が噴き出したままで、止まらないのだヨ」
「止まらない? 噴き出したってどのくらいだ?」
「どのくらいって言われてもヨ?」
「噴水の高さにすると20mのほどはあろうかとゾヨ」
「20m? それが噴き出している? いまもか?」
「多分ヨ。止まる様子がないので、ユウを呼びに来たヨ」
「そ、そ、それを早く言えーーっ!!!!!!」
「「「す、す、すまんノだヨゾヨ」」」
何故か作業に当たってないオウミまで謝っているが、それにツッコんでいる場合じゃない。
あそこは海岸に近いのだ。もし原油が海まで流れて出てしまったら、海洋汚染になる。沿岸漁業は壊滅だ。すぐに止めなきゃいけない。
「オウミ、お前は液体なら操れるよな?」
「できるノだ。でも、低いところから高いところに流すのは無理なノだ」
「できる範囲で良いから、海岸から遠ざかるほうに油を流してくれ。近くに窪地でもあったら、そこに集めろ」
「分かったノだ」
「イズナ、お前はその井戸……噴水から流れる油をせき止めるダムを造れ。絶対に川には流すな。もし川に流れたら川ごと止めてしまえ。オウミの手伝いだ」
「分かったゾヨ」
「イズナ、我をそこまで連れて行くノだ」
「カンキチ、お前にも頼みがある」
「命令してくれれば良いぞ。なんだ?」
「できるかぎりの人を集めてくれ。日当はシキ研から出す」
「分かった。だが、すぐにとなると、20人ぐらいがせいぜいだが」
「とりあえずはそれでいい。油の回収係だ。それと、ソウシ」
「はぁ? なんで私ですか?」
「次の頭領が来るまで代行をやれ」
「へいへい。分かりましたよ。それで?」
「船を集めてくれ。使えなくなったものでもいい」
「船? ですか。それをいったい?」
「回収した油をそこに貯めるんだ。なるべく大きい船が望ましい。シキ研で買い取るが用意できるか?」
「それならいま補修中の船で陸に揚げたものがあります。10艘はあるでしょう。穴が空いてるとまずいでしょうから、点検だけしてお渡しします」
「それで頼む。だが10艘では足りないかも知れない。追加できるようなら準備だけしておいてくれ。なんなら新造船でもかまわん。運搬はミノウが担当だ」
「分かったヨ。船の場所を教えるヨ」
「俺は現場を見に行く。ハタ坊、転送してくれ」
「はいよ。場所は聞いているからすぐにも飛べる」
「ちょっと待って、ユウさん」
「どうした、スクナ?」
「いま出ている油を止める必要があると思うのよ」
「その通り。だが様子が分からんので見に行くんだ」
「様子って、ようは原油が吹き出ているのでしょう?」
「それはそうだが?」
「原油ってね、油だけじゃなくて、天然ガスも一緒に出るのが普通よね」
「あぁ、そう言われるとそうだったな。それがどうかしたか?」
「そのガスの圧力で、原油を噴き出させているんじゃないかしら?」
「そうなのか? そうかも知れないが」
「だって原油って粘度が高いでしょ? それがそんなに高く吹き上がるなんて考えられない」
「ふむ。そういうことか。その通りかも知れないな。だが、だとしたらどうする?」
「ガスをまず逃がしましょう」
「どうやって?」
「ほっそいパイプを打ち込むのよ」
「ふむ」
「粘度の高い原油よりもガスは上のほうに溜まっているはずだから、そうすれば排出できるでしょ? それで圧力が下がれば原油が吹き出る力はうんと弱まるはずよ」
「そういうことか。岩盤の中の構造がどうなってるかは分からんが、やってみる価値はあるな。それじゃスクナ、ネコウサに仕事を依頼したい」
「うん、分かった。ネコウサ?」
「非常事態というのは理解したモん。なにをするモん?」
「すぐゼンシンのところにいって、ミノウが作らせた鉄棒と同じ形状で、太さが10mmのものを20本作れと伝えてくれ。それで先端にはなるべく固いドリルもつけろと。できたら、それをお前が現場に運べ」
「分かったモん。すぐに行ってくるモん」
「それから。これは急ぎではないがレンガが大量に必要なんだが、どうやったら手に入るだろう?」
「ユウさん、レンガならエベツという街で大量に作ってます」
「ケントは知ってるのか?」
「ええ、私の出身地ですから。どのくらいお入り用ですか?」
「それは良い人材がいた。必要なのは耐火レンガだが、分かるか?」
「はい。そのぐらいのことは普通です。高温になる場所で使うということですね。数量はどのくらい必要でしょう?」
「どうだろう。また概算か。参考になるのは……ダッシュ島の反射炉では4万枚ぐらい使ってたはずだ。ってことは10万枚は必要だろう」
「ひぇえ。それは毎度ありがとうございます。が、すぐにはそこまで……」
「ひと月ぐらいで用意できないか?」
「あ、それならぎりぎりいけると思います」
「じゃ、すぐにシキ研から発注する。納品場所は分かってるな」
「はい、あの油の出るところですね」
「そうだ、そのときレンガ積み職人さんも必要なのだが、一緒に手配できるか?」
「職人もいることはいますが、あまり大勢を出すと生産に支障が」
「指導だけしてくれれば良いし数日で済むはずだ。2,3人手配できないか」
「ああ、それなら大丈夫です。おまかせください」
「ユウさん、レンガってことは原油を処理する装置を作るってこと?」
「いや、そこはまだ魔王たちの管轄だ。俺が作りたいのはフレアアタックだ」
「「「「なにそれ?」」」」
ってことでこの続きは次回以降に。
時を戻そう。
「そのネタ、気に入ったノか?」
「ということで、シャイニーがここの頭領になると決まったので、話は一件落着だ」
「そうだね。それなら私たちもう」
「ここにいてもしょうがない。ミノに帰るとするぐわっ」
「ちょっと待てってば、ユウ。お主はここに何しに来たのか分かってるのか」
「ぐわぁぁ。いちいち俺の首を絞めるなってのぐほごほほ。スクナを取り返しに来たんだよ! って何度目だよ、このくだり」
「それだけで済ますのか」
「エゾ家を支援するつもりはないと、さっきおっしゃいましたよね。それならお帰りいただいて結構です」
「それはまだデブルフが頭領のときの話だろ、ユウ。シャイニーになった以上は、お主にだって」
「それはシャイニーが考えることだろ。それに、俺の見たところここの問題は、放漫経営で屋台骨が揺らいていたところに、デブルフが詐欺にひっかかかって引導を渡された、という程度のことだ」
「それは、その通りだと思うが」
「シャイニーなら放漫経営はさせまい。あとは、ルーシ国との契約の問題だが」
「そう、それが最大の問題だ」
「契約書がある以上、正攻法ではなんともならん」
「正攻法じゃなければ、なんとかなると言っているように聞こえますが?」
「そりゃなるだろ。世の中、契約なんてものはお互いの信頼があってのことだ」
「信頼をなくすようなことをしたら、戦争になりますよ!?」
「ルーシ国はここから更に北にあると言ったよな。そこは裕福な土地か?」
「いえ。作物はほとんど獲れません。人口も少なく経済力もたいしたことありません。なにしろ島国ですからね」
あれ? 島国? 大陸じゃなくて?
「俺の思い違いかな。ルーシ国ってのは」
「ハボマイ島という小さな島国です」
「北方領土かよ!」
「しかも、一番小さい島ですよ、そこ!!」
ルーシ国がロシアだと思っていた俺。先走って変なこと言わなくて良かった。どえらい恥をかくとこだった。ああ、久々の異世界コミュニケーション。
だからニホン語が通じるのか。外国じゃなかったんだ。
「その責任者、というか太守はなんて名だ?」
「太守とは言いませんよ。あそこはニホン国ではないのですから」
「やっぱり外国かよ!! ややこしいなもう」
「ということはオオクニ様の任命ではない、ということですね?」
「スクナさん、その通りです。どこにも属さない独立国・ルーシ国。その大統領の名はカイ・タカダイ様です」
ちょっと頭の整理が必要だ。ニホン国ではないが、ニホン語が公用語である。ハボマイ島という小さな島国が国土で、人口も経済力も小さい。大統領が国家元首で、名をカイという。
しかし、その程度の国であるなら話は簡単だ。
「その程度ならなおさら、話は早いと思うのだが。倫理的には問題ありとしても」
「まさか、ユウさん?」
「どんな解決策があるのですか?」
「契約破棄を一方的に宣言して、文句を言ってきたら滅ぼしちゃえばいい」
「一番下っ端のあなたが言ってもねぇ」
「ユウさん、そんな物騒なこと言わないで!」
「じゃあ、スクナならどうする?」
「契約破棄を一方的に宣言して、文句を言ってきたら絞めちゃえばいいでしょ」
「同じじゃねぇか!!」
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