第394話 原油の処理
「なるほど。スクナの言った通りだったな」
「やっぱり。そうだと思ったのよ」
俺たちはハタ坊の転送魔法で原油採掘場にやってきた。土地の名はハチノサワというらしい。
現場は完全なる森林の中である。標高は100m程度のはずだが、シキ研のあるハザマと風景はまるで違う。その場所からは、樹木以外のものがほとんど見えないのだ。ちょっとした密林である。人里からもかなり離れているらしい。
ここならロックフェスティバルを開いても苦情が出ることもないだろうな。
「そんなこと考えている場合ではないヨ」
「そうだった。だが、お前の言った原油の噴水だが、あの分ならそこまで大きな被害にはならないだろう」
「そうなのかヨ?」
噴水の高さは確かに20m近くはあった。俺は、かつて関ヶ原の温泉宿でやったような噴水をイメージしていたのだ。だから大変なことだと判断してしまったのだが、こちらに来て見て分かった。吹き上げているのはほとんどがガスだったのだ。
確かに高さは20mほど舞い上がってはいるが、それはガスの圧力が高いために舞い上がっただけで、吹き上げる原油の量はそれほど多くない。上空ではほぼ霧状である。密度が低いのだ。
とはいっても、降り注いだ原油は葉にこびりつき、光合成のできなくなった木々を枯らすだろう。沢に流れ込めば海まで汚染するし、土壌に染みこめばやっかいないことになる。危険であることに変わりはない。
原油を分解する微生物が自然界には多く存在する。だから自然放置でも分解はされる。だが、その速度は極めて遅い。
だから俺の元の世界においても、原油流出後の最良手段は手作業でできるだけ回収することなのである。
どうしても残った分だけは微生物に頼るしかないのだが、その速度アップのために界面活性剤(洗剤のようなもの)を散布して油を散らし、微生物が取り付きやすいようにすることなどが試されている。
ともあれ、ここでは流出を止めることが先決だ。
「スクナ、持って来たモん!」
「ネコウサ、ありがとう……って3本だけ?」
「できた分だけ先に持って行けってゼンシンが」
「ユウさん、足りるかしら?」
「ゼンシンは判断は正しい。少しでも早く圧力を下げて噴出量を減らす必要があるからな。できた分だけ先にというのは分かる。しかし、たかが鉄棒を作るのにそんなに時間がかかるものかな?」
「中が空洞になっているモん?」
「パイプにしたのか!? それなら時間がかかるはずだ。だけど、どうして?」
「ボクが説明したモん。こういうわけで、ガス抜き用の棒を作って欲しいって」
「ふむ」
「そしたらゼンシンがそれならこういう風にしたほうがいい……なんか文句があるモん!」
「文句なんか言ってないだろ、勝手に切れるな。ということは、お前がゼンシンに現状を説明してくれたんだな?」
「そ、そうだ、モん」
「あのときの俺はちょっと焦っていた。なにしろメキシコ湾での流出事故とそのあとの海洋汚染のイメージがあったからな。だから、ただの棒で穴を開けることしか思い付かなかったんだ」
「それなら私も知ってる。すごいニュースになってたよね」
「だからあまり考えずに鉄棒を依頼してしまったのだが」
「それをネコウサ、あんたが現状の問題をきちんとゼンシンさんに話したのね。だからゼンシンさんはこのほうが良いと判断したのでしょう?」
「そ、そうだもん。それで3本しかできなかった、モん。でもすぐ追加すると言っていたモん。ボク、なんか間違ったモん?」
「ネコウサ!!」
「なんだモん!!」
「お前のしたことは正しい! ありがとな」
「な……なんだモん。調子が狂うモん。なんかやだモん」
「古いマンガを出すな。鉄棒を打ち込んでもガスを抜くには鉄棒を抜かないといけない。俺はそうするつもりだった。だが、このパイプなら打ち込んでドリルだけ外せ……先端のドリルはどうすりゃいいんだ?」
「あ、ドリルは反時計回りに回せば外れるようにしてあるって言ってたモん」
「なんと、ゼンシンはそこまで考えてくれたのか!」
「ゼンシンさんもエライけど、ネコウサ、あんたもエラかったわよ」
「えへへへ。なんか照れるモん。じゃ、ボクは次のやつをもらってくるモん」
「ああ、頼んだ。おい、ミノウ。すぐこれを打ち込んでガス抜きの開始だ」
「分かったヨ……ユウ、もしかしたら」
「なんだ?」
「最初に我らが使った魔ドリルも、同じ構造になったのではないかヨ?」
「おそらくそうだろうな。それがどうかしらか?」
「不意に音がしたあのとき、引っ張っても抜けなかったから、反対に回してしまったヨ」
「だからドリルが外れたということか。そうかも知れないな。だけど、音がしたときにすでに折れていたかも知れない。それはあとで考えよう、どのみち魔ドリルの回収は不可能に近い。それよりまずはガス抜きだ。ひとりでできるか?」
「だれかパイプを支えてくれる人が必要ヨ。イズナを呼ぶヨ」
「イズナはオウミの手伝いをしているだろ。それは俺がやろう。押し込みながら持っていればいいんだろ?」
「それでいい、カンキチ。ただこれは細い上に中が空洞だ。しかもドリルはただの錬鉄だ。前よりもずっと折れやすくなっている。無理せずにゆっくりやってくれ」
「「分かったヨ」」
パイプが折れるという懸念もあったのだが、挿入作業は予想以上にうまく行った。イズナよりカンキチのほうが上手だったのかも知れない。ただふたりとも、振ってくる油滴で油まみれにはなっていた。
臭い魔王がひとり増えて愉快である。
「愉快じゃねょ! あれ? ユウ、なんかぽこっって音がしたぞ?」
「我もそんな感触があったヨ。急に手応えが減った感じ。これは前と同じかヨ?」
「最初に鉄棒をねじ込んだときと同じような感じか?」
「いや、最初のときはぽっきりだったヨ。今回はぽこっヨ」
「どうでもいいよ! 分かったら引き抜け!」
「聞かれたから答えたのに怒られたヨ、ぶつぶつ。逆に回して引き抜く……おおっ」
ミノウがパイプを逆回転させた途端であった。すごい高い音で笛が鳴ったのだ。
「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「ひぃぃぃぃ。う、うるさいヨ。我の耳のすぐ近くでこんなうるさいヨ。そのうえ臭いよ」
「なにを言ってるのか全然聞こえないが、どうやらパイプからガスが抜けているようだな」
「なんだってヨ?」
「もう回転はいらないから戻って来い。それで次をやってくれ」
「あんだってヨ?」
「聞こえないか。戻ってきていいぞって」
「はぁヨ?」
「ミノウのアホ」
「だれがアホヨ!!!!」
「聞こえてんじゃねぇか! いいから次やれ、次」
「なぜかそこだけは聞こえたのヨ。今日は怒られてばっかりだヨ。カンキチ、次を打ち込むヨ」
そして3本を打ち終わる頃には、噴き出す油の高さは5mほどになっていた。そして追加でネコウサが持って来たパイプも打ち込むと、あの耳障りな音も収まり、原油の噴き出しも数十センチ程度になったのである。
「このぐらいで限界かな?」
「そうね。5本目以降は、ほとんど高さに影響でなかったね。もう充分じゃない?」
「とりあえずはこのぐらいでいいだろう」
「とりあえず?」
「ああ、とりあえずだ。あのパイプは細い。抜いているのはガスだけのつもりだが、パイプの内側には油がだんだん溜まってゆくだろう。やがて油が穴を塞ぐことになる。そのときには、交換か追加をする必要が出てくるだろう」
「そっか。穴詰まりってやっかいな問題ね」
「そうだな。どのくらいで詰まるかメドも立たないから、ずっと見張っているしかない。だが、パイプを交換するだけなら、魔王どもでなくてもできるから、エゾ家から人を出してもらうことにしよう」
「もうすっかりエゾ家もユウさんの配下みたいね」
「え? あ、いや。俺はこの問題を解決しようとしているだけだ。困るのはエゾ家だから、文句は言うまい」
(どこまで勢力を広げるのかしら、この人)
「ミノウ、オウミとイズナはどうしてるか確認してくれ」
ミノウは高く空を飛び、周りを見回した。
「このすぐ西側の窪地にため池を作っているヨ」
「容量的には足りてそうか?」
「油はまだほんのちょっと溜まってるだけのようだヨ。イズナが石でぐるりと囲いを作って土を盛って、まるでダム作りのように楽しそうだヨ。そこにオウミが原油を流しているヨ」
「楽しそうでなによりだ。あと、船は届いているか?」
「我が3艘だけ置いてきたヨ」
「よし、その中に回収した油を入れるようにしよう」
これから流れる分はそのプールに入るが、すでに飛び散った分は回収する必要がある。それはひしゃくですくって(人海戦術)船に入れる。この森からなるべく油を減らすのだ。
それでも残った汚染木は切り倒して、焼却処分にするつもりだ。それで、壊滅的な汚染拡大は防げるだろう。
どぼどぼ湧出する原油は、オウミが作ったプールに誘導すべくミノウが溝を掘り、ひとまず作業は落着したのであった。
「オウミ、この調子で石油が湧いたとして、このプールはあとどのくらい保つ?」
「あの程度の流れなら、この池だけでひと月ぐらいは保つと思うノだ。それとその横にも増設可能なノだ」
「増設したら最大どのくらいいける?」
「増設池はもっと深く掘るから、1年はなんとかなると思うノだ」
「この場所でそんなに保つのか?!」
見た感じだが、いまの原油池の直径は200mぐらいだと思われる。その横に増設するとして、けっこうな勢いで流れて来る原油を1年貯めるとしたら、増設池のほうは相当深く掘る必要がありそうだ。
しかし、1年しか保たないという言い方もできる。一杯になる前に処理(蒸留)を進めないといけない。
「ここはもともと沼で、水が干上がってできた窪地なノだ。土が軟らかいし適度な粘性があるので、イズナが掘った土を積んで土手にして、また掘って積んで掘って掘ってまた掘って、明るい暮らしをきんかんこん、なノだ」
「よく分からん虫刺されの薬を出すな。昔は沼だったってことは、下に染みこまないか心配だな。油をここに長く放置するのはまずいかも知れない」
「それなら大丈夫ヨ」
「ミノウ、どうして分かるんだ?」
「この下は分厚い粘土層に覆われていて油も水も通さないヨ。その下に原油の層が眠っていたのだヨ。だから割と簡単にパイプが刺さったのヨ」
「そうだったのか。岩盤を掘ってるつもりが、固めの粘土を掘っていただけだったのか。そりゃ、早くパイプが打ち込めるわけだ」
柔らかいから次の池はもっと深く掘れる、ということか。だから1年分くらいになるということか。オウミめ、それをきんこんかんでまとめやがって分かり難いやつだ。
「きんかんこん、なノだ」
「どっちでもいいよ!」
しかし、1年保つといっても問題がないわけじゃない。いまのペースで原油が出てくる保証はない。突然なくなるかも知れないが、いきなり増えることだってあり得るのだ。雨も降るだろうし、雪もやっかいだ。
「ここに石油貯蔵施設を作ろう。原油の噴き出し口から池まで、すっぽり屋根で覆う必要がある。ミノウ、それはお前が担当だな」
「我は石油の蒸留に力を注ぎたいヨ?」
「両方一度には無理だろ。まずは、ここを安全な貯蔵……」
「ねぇ、ユウさん。私、ちょっとかゆいんだけど」
「なに!? それは大変だ。すぐに薬を塗るんだ!!」
「我らのときと、扱いが違いすぎるノだ」
「まあ、いつものことなのだヨ。そういえば我もちょっとかゆいような」
「ミノウもか。じつは我もさっきからかゆくてかゆくてポリポリゾヨ」
「お前らはどうでもいいが、スクナ、カユミナオールは塗ったのか」
「塗ったけど、全然効かないみたいで。あの原油がかかったところなの。あぁかゆい」
「ミノウ、回復魔法をかけろ!」
「落ち着けユウ。回復魔法は効かないヨ。これはあのときと同じヨ」
「あのとき?」
「そうだ、このかゆさはアイヅでウルシをかぶったときの症状ヨ」
「ウルシ?! この油にはそんな危険な成分が入っているのか」
「石油はもともと植物性プランクトンの死骸が積み重なったところへ、何万年ものあいだ高い圧力に晒されてできるのヨ」
「その通りだ、良く知ってるな」
「そこに、どうやら魔プランクトンが混ざっていたようだヨ」
「魔プランクトン!?」
「そいつが、このアレルギー物質に変質したのだヨ」
もうやだ、こんな世界。
「ま、まあいいや。それよりはまず、スクナの治療が優先だ」
「もうそれでいいヨ。ハルミ、頼むヨ」
「どうしてハルミ?」
「もう忘れたのかヨ。魔ウルシのときは、ハルミの識の治療魔法が効いたではないかヨ」
「ああ、そうだった。363話でそんな話があったな。ハルミを連れてきた良かった。ということで頼みたい」
「分かった。あれは経験値効率が高いのだ。私にまかせてくれ」
一度に全員分をやろうということで、油でかぶれたものを全員集めて並ばせ、ハルミが識の治療魔法をかける。
「ぴんたらぽんたら!!」
この間抜けな呪文だけはなんともならないが、効果だけは抜群であった。ただ、ひとつだけ想定外のことが起こった。
識の治癒魔法にハルミが慣れていなかった(あのときに数回やったきりである)こと。あれからハルミはレベルが上がっているのにそのことを忘れていたこと。久しぶりに大量の経験値が稼げると思ったハルミが必要以上に力を入れてしまったこと。
などが原因と思われる。それは、識の治癒魔法をかけられた者たちではなく。
「前半は続くノだ」
「ここでかよ!?」
「後半なノだ」
「契約破棄を一方的に宣言して、文句を言ってきたら絞めちゃえばいいでしょ」
とスクナが言ったから、今日は暴言記念日。
「なんで私だけが暴言を吐いたことになってるの!?」
ということで、続く。
「かつてない短さなノだ!?」
「ちょっと、前半で文字数使いすぎた汗」
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