第390話 デブルフ

「えええっ、あんたエルフだったの?!」

「そう、そうだよ。同じエルフにいろいろやってくれたな」

「え、そんなことをいまさら言われても」


「ユウコは俺の命令に従っただけだ。敵のくせに偉そうにすんな、ぼかっ」

「痛たたっ」

「余計な口を叩くから無駄に叩かれるのよ。エルフとは思えない、いらんことしいね」


「男のエルフは初めて見たが、あまりユウコやミチルに似てないなぁ」

「エルフのオスは、私たちの遺伝子とは異なる体系で生まれてきますからね。いわば突然変異みたいなものです」


「だから似てないのか。それは良かったな」

「ほんと、良かった良かった」

「な、なにが良かったのかな?」


「良かったですね。それではお引き取りください」

「ソウシはそればっかり……ん? ソウシ、さっきから俺たちを早く帰そうとしているような気がするんだが?」

「帰りかけた私たちを引き留めようともしませんでしたし」

「い、いえ。別に。そんなことは、ありありありありませんよ?」


「あるんじゃねぇか!」

「じゃあ、もう少しゆっくりしてゆきましょうよ、ユウさん」

「そうだな、スクナ。ソウシが嫌がることなら、きっと俺たちに利益があるのだろう」

「あなたたちはどんだけ性格が悪いんですか!!」


 そこに、飛び込んで来た2匹のサムライ。


 サムライ?


 最初に入って来た背の低いほうが俺たちに怒鳴った。


「はぁはぁはぁ。まだいたな、賊どもめ。俺たちが成敗してくれるわ!」

「いや、賊はむしろお前らのほう」


「他人の屋敷に忍び込んで狼藉を働けば、賊だろうが!」

「どうどうと正面玄関から入って、お前らを一網打尽にしたのだが」


 と、答えたのはここに入るときに大活躍したハタ坊だ。


「俺たちは、大切な仲間を拉致されてそれを助けに来ただけだ。狼藉というなら、スクナを拉致したやつこそ一番の狼藉者であろう」


「な、なにを、そんなほわほわほわほわ」

「そんなあっさり言い淀んでじゃねぇよ! 口げんか苦手か」


 そしてあとから入って来た長身のサムライも口をはさんだ。


「ふにゃふにゃにゃにゃにゃにゃにゃ」

「お前は最初からそれかよ!」


「ふ、ふにゃ。く、くそ、あんな程度の魔法縄ごときで、いつまでも我らを拘束できると思うでないぞ。あんなものちょちょいのちょいじゃ」


 長身のほうはやや爺属性のようである、


「それにしては解除に2時間以上もかかったようだが?」

「ぐっ。に、2時間もあれば充分じゃ!」


「いやその「充分」っていう言葉の使い方が間違っているノだ」

「間違っているのは「もあれば」のほうもだが」


「あぁあ、やっぱりこうなってしまったか……」

「ソウシ。わけが分からん。まずはこいつらを紹介しろ」


「はいはい。もう、台無しですよ。背の低いほうはハジメ。上司には従順ですが、単純思考で使い物にならないアホで受付だけやらせてます。後ろのでかいのはザキさん。力だけなら無双ですがアホだから警備員をやらせている先輩です」


「ず、ずいぶんと身内に辛辣な評価だな」

「そこまで聞いてないんですけど」


 俺とスクナは目を見合わせる。ここで、一番浮いているのはソウシなのかも知れない。


「小さいハジメと大きいザキか」

「なんか魔法の呪文みたい」

「でもふたりとも、ケンカだけは強かったんですけどねぇ。それがあっさりやられるなんて、ハタ坊さんって人は相当の腕っ節の持ち主なのですね」


「あたしは神の出だが、堕落して魔のほうにいっちまった半端もんだよ。ダンジョン内ならもっと力が出せるんだけどな」

「けっ、ほんの2時間もあればほどけるような魔力ごときで」


「ハジメとやら。もう一度縛り上げてやろうか?! 今度は3日ぐらいかかるかも知れないがな」

「なななな、なんまんだぶなんまんだぶ」

「私は神だと言ってるだろうが! 阿弥陀如来をたたえるな!」


「な、なんでこの人怒ってんですか?」

「なんまんだぶ――なみあみだぶつ(南無阿弥陀仏)――ってのは、阿弥陀仏に帰依し奉るって意味の真言から来てるんだよ。かつてこの国で神仏戦争があったことを知らんのか。ボロ負けした神にとって仏は天敵なんだよ」

「いや、ボロ負けとまで言わなくてもだな」


「そうか。ざまあみろ、弱いくせに威張るか……」

「きゅっ」

「ら……だ……ぐぇっ」

「ユウより落ちるのが早いな」


 ハタ坊に軽く首を絞められて落とされたハジメであった。余計なことを言うから痛い目にあうのに、ちっとも懲りない連中である。頭悪いのかな。


 だが、これでソウシが来るのを嫌がったやつが、ひとりになってしまった。このひとりは起きててもらわないとな。


「390話が終わらないノだ」

「そういう内輪の話を出すなっての」


「それで、ソウシさん。お話の続きをしましょうか」

「続きと言われましたも、私にはなんのことだか、さっぱり」

「とぼけない!」

「はいっ!?」


 スクナ、強い。


「そのデブルフが作った借金のこと、みんなに内緒にしているんでしょ?」

「「ふぁぁぁ!?」」

「デブルフって誰?」


「なんでユウさんまで驚いてるのよ?」

「いや、なんか、つい」

「で、デブルフって誰のこと?」

「ソウシさん。もしかしたら、そのデブルフもそのことを知らない……というより理解していないんじゃないの?


「スクナ、どういうことだ?」

「この部屋に連れて来られる前に、いろんな人に話を聞いたのよ」

「ふむふむ。それでなにが分かった?」

「みんな至ってのんきだった」


「それだけかよ」

「ねぇってば、デブルフって誰?」

「うん。だけど、その後ソウシさんと煮干しの値段交渉してて感じたことがある」

「それは?」


「ここでは、お金の勘定ができる人がソウシさんしかいないんじゃないかって」

「ソウシ?」


「鋭いですね。その通りです。ソロバンができるものはいくらかいますよ。でも、勘定というか、経済観念ってものがまるでない人ばかりの集まりなのですよ、このエゾ家は」

「なあなあ、そのデブルフって誰?」


「お前はうるさいから黙ってろ!! 話がややこしくなるだろが!」

「そ、それ怒られるようなこと!?」

「ユウコ、そのデブルフをもう一度黙らせろ」

「はいな。相手がエルフと分かれば、もう遠慮はいりません」


「ちょ、ちょっと。あ、デブルフって僕のことなのね。あ、あ、あなたは最初から遠慮なんかしてなごぉぉん」

「はい、大型コブの一丁上がり」

「ひっぃぃぃ痛ったぁぁぁぁ。いままでで一番きつかったぁぁぁ」


「ユウコさん、キモいから触るの嫌だとか言ってませんでした?」

「そう、だからこのきなんの木で、ぽかーんとね」

「このきなんの木だけは止めて! エルフにそれは効き過ぎるぅ。あなたのしもべになるから許して」


「え? 私のしもべにって、手下になるってこと?」


 ち~ん。


「「「「ふぁぁぁ!?」」」


 「ち~ん」の意味するところを知る者すべてが叫んだ。


「おいおいおいおい、ユウコお前!?」

「え? なに、なにが起こったの? いまのなんだか神々しい感じの奥深い音はなに?」


「ユウコさん、あなた、そんなのをどうするつもりなの?」

「スクナ。どうするって、私がいったいなにしたというの。ってかどうもする気はないわよ、こんなの」


「あーあ。なんかおかしなことになってきたな。だが、本当にどうするんだ、ユウ?」

「ハタ坊、俺に言われても困るぞ。ユウコは知らず知らずのうちに例の呪文を口走ってしまった。それをアマチャンが承認したってことだろ」


「まったくいい加減な創造神なノだ」

「我のときもあんな感じだったのだヨ」


「「いい加減な神を持つとお互い苦労するノだヨ」」


「お前らは結構喜んで眷属になってるくせにうるさいよ」


「アメノミナカヌシノミコト様は、なにかに気を取られていて、ついやっちゃった、のよ。きっと」


 スクナの予想は正鵠を得ていたことが発覚するのであるが、それはまた後の話である。


「ついやっちゃったといっても契約は契約だ。ユウコ、お前はそいつを眷属にしたんだよ」

「はぁ? 私が眷属持ちに?! こんなの……こんなのだけど……こんな」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」


「だ、だって。エルフが眷属になることはあっても眷属を持つなんて、エルフ史上にひとりいるかどうかってぐらいすごいことなのよ」

「僕の知る限りでは、漆黒の剣士・マッツ様にもひとりいるらしいけど」


「ええっ、そうなの!? じゃ、私ってマッツ様なみになったってこと?!」

「いや、それは違うと思うけど」


「でもまあ、ユウコさんとデブルフは仲良くなれそうね」

「ぼ、僕の名前はデブルフで固定なの!? もともとの名前が欠片も残ってないのだけど?!」


「ま、まあ。眷属にしちゃったものは仕方がないが、そいつをミノに連れてゆくのは俺は反対だぞ」

「そんな殺生な! 僕はこれからこの子にずっと世話になって楽しておいしいもの食べてごぉぉん。だ、だからそれは止めてってば!!」


「私もこれを連れてくのは無理。キモくて無理」

「そ、そんなこと言わんといてーな」

「こんなのに私の周りをうろちょろされたら迷惑だもん!」


「なあ、ユウコ。それなら俺のようにしたらどうだ?」

「俺のようにって、どういうことですか、カンキチさん?」


 くっそ、カンキチめ。自分の体験があるから気づきやがった。それでもしユウコが気に入ってしまったら、デブルフを連れて行くはめになるじゃねぇか。


「眷属になるときには、ご主人様の意向で姿を変えられるんだよ。ほら、俺のようこんな愛らしい鳥になったりできるんだぞ。ほれっ」


「わはははははははは」

「あははは、あははは、止めて、止めてってば」

「ばははは、久しぶりに見ると強烈だヨ、その姿あはははは」

「しかも紫のオーラがますます補強されているノだあははははは」


「くっ。まったく失礼なやつらだな。おい、デブルフ。お前もなにかに変身してみろ。いまのままではどこかに放置されるだけだぞ」


「ここでかしずかれる立場から、笑われる眷属になるのかぁ……」

「笑われるかどうかは知らねぇよ! いいから変身してみろ!!」

「は、はいっ。でも、なんになればいいの、ユウコ?」


「え? 私? 私が決めることなの?」

「俺もユウが選んだこの姿にな……なぜみんなそこで笑うんだよ! ともかく主人のほうに選択肢があるんだよ。なにがいい?」


「変身したところで、コレはコレだろ? 俺はなんかヤだなぁ」

「そ、そんなこと言わないで。あ、そうだ。ユウの旦那。面白い話がありまっせ」


「カンサイ弁が混じってきたぞ。なんだ面白い話って?」

「あの、スクナさんに質問があります」

「え? なに?」


「スクナさんは、彼氏になんでも口に出して言っちゃうほうですか?」

「えっと。そうでもないかなぁ」

「まあ、俺に気を使って遠慮してることが多いだろうな」


「じゃあ、逆に、スクナさんは彼氏に、なんでも口に出して欲しいタイプですか?」

「うんうん。そりゃそう。口に出して欲しいタイプよ」


「旦那、ということでどうでっしゃろ」

「ん? ん……口に出し……そうか!? なるほど。お前、やるじゃないか!」


 拳と拳を、猫手でカチンと交え、俺とデブルフとの間に友情が成立した瞬間であった。


「猫手では拳を交えたことにはならんと思うのだヨ」

「それより、そこで意気投合する理由が分からんノだが」

「今回は私にさえもさっぱり?」


「スクナ」

「え? うん」

「そんなお前が俺は大好きだ」

「え、あっ、は? そんなことこんな場所でぽっ」


「なんかうまくいっているようだヨ」

「まったく分からないけど結果オーライなノだ」

「お主らは鈍いのだゾヨ」

「「イズナは分かるのか?! 教えて欲しいノだヨ」」

「388話と同じ流れだゾヨ。あとは自分で考えるゾヨ」

「「???」」


 18才未満の人は考えないように。


「えっと。これが変身するんですよね……うぅん」

「まだ思い付かんのか。すでに眷属契約は発効している。早くしないとこのままになってしまうぞ」

「ええっ、そんなこと絶対に嫌だぁぁぁ」


「絶対まで付けなくてもいいじゃない」

「諦めの良いエルフだが、そこは譲れないようだな」

「あぁぁぁどうしよう。そうだ、ユウさん、なんかいいアイデアない?」


「そんなこと言われても、俺のネーミングセンスは読者も知っての通りだぞ?」

「ネーミングの問題じゃないんだけど。このままじゃなきゃなんでもいいから、小さくて持ち運びが楽なやつで。可愛いともっと良いけど、役に立つとさらに良いけど」


「なんでもいいって言いながら次々に要求を増やしてるじゃねぇか。いまうちの眷属どもには、ねんどろいどとフィグマとイタチにブユムシクイがいて」


「ねんどどいどとはなんなノだ?」

「我はフィグマだったのかヨ」

「ワシはイタチで良いゾヨ」

「俺はシマエナガだ!」


「あとはネコウサにぬこか。かぶらないようにするには……で小動物……可愛いは絶対に無理だ……で、役に立つ……」

「だから絶対に無理って言うの止めて」


「そうだ! カンキチ、動物図鑑ってあったよな?」

「ああ、あるぞ。必要か」

「デブルフが知っているとは思えんから、それを見せて姿をまねしてもらおうと思ってな」

「分かった。すぐ取ってくる」


 27秒後。


「早いな、おい!」

「最速で行ってきたからな」


「ほら、これでどうだ、ユウコ」

「あ、うんうん。これならいいね。肩にも乗りそうだし」

「その絵の通りになればいいのか。分かった。僕はそれになる」


 双方が納得したようである。その結果。


「「「「「……………………」」」」」


 いや、違う。なにをどう間違うとそっちにいっちゃうのかと問いたい。


 俺が見せたのはコアラの絵だ。どうしてコアラがニホンの図鑑に載っているのかは知らないが、オーストラリア原産のコアラである。それがよりによってどうしてこんなことに。


「まあ、可愛いと言えなくもないノだ」

「俺が持って来た図鑑の意味とはいったい」

「私はアリでいいよ! ユウさん、ありがとう!」


 身体はたしかに図鑑通りのコアラであった。そこはうまくトレースしたらしい。


 違っていたのは、その顔である。顔のサイズの半分はあろうかという大きな耳を持ち、くりくり目玉にティアドロップのような真っ黒の鼻。


「ダメだ。俺にはバク転を失敗する姿しか浮かばない」

「ぼ、僕にそんな高度な技を要求しちゃダメなんだナ」

「口調まで変わってしまったぞ!?」

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