第379話 外伝・カンサイ 終わりそうで終わらない後編かな

「……もう永遠にやっていれば良いノだ」

「まさかソロバン普及連盟まで出てくるとはな」


 ということで、ソロバン普及連盟の本部をカンサイに移す。の回です。



 キタカゼがコーヒーを砂糖なしで注文して、俺が砂糖の入れ物を何度も触ってようやくふたを開け、オウミのコーヒーに砂糖を……って使いに出しちゃっんだっけ。


 飲む前に行きやがって。指示したのは俺だけど。


 放っておいたら冷えてしまうがな。冷えたコーヒーなんぞ飲めたもんじゃない。じゃあ、俺がいただこう、ずびずびずん。甘くてうまい。さすが砂糖3杯だ。

 オウミのコーヒーを飲み干したら次は俺のコーヒーだ。ずびずびずん。砂糖2杯だと少し物足りないな、ずびずびずん。でもうまい。


「じゃ、代金はオウミ様は570円。ユウさんは砂糖2杯なので分420円。マイドさんとキタカゼさんはコーヒーだけなので120円となります」


 うれしそうにミチルが言ったので、俺はじっとマイドを見る


「分かってるやん。お前らの分はワイが払うやん。えっと、合計でいくらになるん?」


「「1,230円だです」」


「声を揃えて言わんでも分かるやん」

「ほう。ユウ殿も暗算は得意なようなの」

「ああ、俺はイズモ検定で上級の腕前だからな。それよりミチル、お前もやっぱりソロバンできるんだな」」


「やっぱりって?」

「あ、いや、それはオウミが帰って来てからにしよう。そのうちイズモ検定を受けてみろよ。自分の実力が明確になるぞ」


「イズモ検定って、それはいったいなんなの?」

「オオクニ主催の『ソロバン普及委員会』ってのがあるんだよ。そこでソロバンの腕を認定する試験をやってるんだ」

「そんなものが、なんの役に立つん?」


「資格さ」

「さよなら三角、またきて?」

「四角じゃねぇよ。資格だ。ソロバンの能力を数値化する試みだ」


「なるほど。就職のときにその資格があると有利だの」

「その通り! それだけじゃないぞ。社員の査定にも、取り引き相手を評価するのにも使えるぞ。なにより自慢ができる」


「……資格なの。それで定量的に人を評価するの。その評価ならあやふやさがなくなり、贔屓もセクト主義もなく公平になるの……分かった!!!」


「わお、びっくりした。なんだ大声出して」

「それ、カンサイに取り入れるの。どうすればいい?」


「おおっ、協力してくるか。もう学習する内容とか熟練度(クラス)の認定などはできている。教材やカリキュラムも作った。それを使えばすぐにでも始められる。ここで必要なのは塾だ」

「じゅく、ってなんや?」


「ソロバン専門の学校だ。場所の提供をお願いしたい。それができたら教師はシキ研から派遣しよう」

「それはちょっと待つの」

「なんだキタカゼ。どうした?」


「それはイズモを中心にして、ここにも水平展開しようって話なの?」

「その通り。『ソロバン普及委員会』はイズモ発祥だからな。それをここでも取り入れたいんだろ?」


「もちろん取り入れるつもりなの。だけど、それとれとこれとは別問題なの」


 意外と面倒くさいやつである。俺はソロバンが普及さえすればいいのだが、その辺の商人の思考ってのは良く分からん。


 シキ研主導の協会が気に入らないのか。イズモにマウントを取られるのが嫌なのか。


 そんなものどうでも良いのになぁ。俺にとってはだが。


「それなら、どうすればいいんだ?」

「このカンサイにソロバン普及委員会の本部を置くの」

「本部を? 支社じゃダメなのか?」

「ダメなの。本部を置くべきなの」


 実をいえば本部っていうほどのものは作ってない。もちろん支社なんてものも作ったことはない。まだ先のことだと思っていたからだ。


 学習テキストはもっと増やしたいし、意味不明な課題は削りたいし。いろいろとカイゼンが必要な状態だ。オオクニもソロバンの腕はさほどないから、俺のおおまかな支持で、苦心して作ったばかりの制度である。まだ、こなれていないのだ。それをいきなり本部とか言われてもな。


 そもそもソロバン普及委員会はイズモで始めた……。


 イズモで始めた? キタカゼが引っかかっているのはそれか?


「マイド。イズモってバンシュウとは仲が悪いのか?」

「控えめに言って、最悪やな」


「最悪かよ。なにか因縁でもあるんか?」

「因縁というか、なんというか。そもそも折り合うはずのない領地やん。神々のおわすイズモは法制度もきっちりしてて犯罪も少ないが、融通は利かず態度がでかい」


 あそこがきっちりした制度か? こいつら素のオオクニの統治を知らないのだろう。犯罪が少ないのは事実だが、あれは単に人口が少ないのが主な理由だ。融通は利かないのも確かだが、態度なら俺のほうがでかいぞ?


「自虐ネタなの?!」

「あれはいばってるんや」


「それはともかくとして、じゃあカンサイはどんなところなんだ?」

「ともかくで誤魔化しおった。イズモと違ってバンシュウは人間が作った国や。法ではなく人情で物事が決まるやん。人の上に立つものが要求される能力は、まず任侠や。それが薄い人間は誰にも信頼されやん部下も付いてゆかん。カンサイの風土はそこから来た連中が作ったといっていいやん」


「やっかいな国だな。滅ぼしてもいい?」

「「ダメに決まってるやんの!!!」」


 予想通りのツッコみ乙。


「じゃ、滅ぼさないでおいてやろう。それで、俺にどうしろと」

「恩に着せるでないの。本部をバンシュウじゃなくて、カンサイに置いてあげると言ってるの」


「キタカゼこそ恩に着せるな。そんなことする必然性なんかないだろ」

「あるの」


「どんなだよ?」

「イズモでは『ソロバン普及委員会』は普及しないの」

「ぐっ」


 そうだった。痛いところを突かれた。首都となってはいても、イズモは田舎だ。人口も文化も文明も経済も、カンサイはおろかミノにさえも劣っている。


 だからあそこでどんなに頑張っても、全国に普及させるのは難しいのだ。それは考えないでもなかったが。


「そうだったな。そこに気づくてゃさすがは大商人だ。それで、ここに本部を置けば普及するのか?」

「カンサイならその中心となるのは間違いないの」

「それ、我田引水じゃないのか? 自分のとこだけおいしいとこ取りをしようなんて」


「それは失礼だぞ、ユウ。我田ならバンシュウに本部を置けと言うやん」

「あ、そうか。それはすまなかった。キタカゼはバンシュウだったな。ってことはマイドは漁夫の利か」

「それはそうやが、まずはキタカゼ殿の話を聞こうや」


「ここ、カンサイほど『ソロバン普及委員会』を普及させるのにふさわしいところはないの」

「それはそうかも知れないが、なにも本部でなくたって良いのではないか?」


「塾を作ったところで、イズモから派遣できる人は少ない。それにイズモブランドでは、人が集まらないの。カンサイで必要とされるスキルだからこそ、大勢の人を集めることができるの」

「うぐっ」


「だからこちらで技能のある人間を見繕って雇い、イズモで資格を取らせ、それを先生にするの」

「先生はそれでいいとして、どうやって広めるつもりだ?」

「先ほどのお主の案では、技能は5段階に分かれていたの?」

「ああ、そうだ。初心者、初級、中級、上級、最上級の5段階だ」


「それ、粗すぎると思うの」

「ぐぁっ」


 まったく良くやり込められる日だ。ミノにもイズモにもこんなやつはいなかったのに。


「最初はそのぐらいから、と思ってな」

「もう少し細かくするの。最初は10級ぐらいから始めるの。そうすることで、塾? というものへの敷居を低くするの」

「10級って、おい、お前まさか」

「そして1級になったら、次は初段」


「あっちの制度を知ってんじゃねぇか!」

「……バレたの。その通りなの。それを知ってるはずのお主はなんでそうしなかった?」


「いや、そ、それはその。面倒くさくてオオクニに一切合切をまかせて、そのな?」

「な? ではないの。お主はそういうことは苦手なの。それなら、我にまかせるの。我が食客にカミカクシがいることはさっき話したの?」


「あ、ああ。それは聞いた。そうか、そこにソロバン使いがいたのか」

「そいつは10段と言っていたの」

「うげっ。いまの俺以上だ。そのスキルを持って来たのか?!」

「ソロバンはまったく使えないの」

「あら、あら、あら。気の毒に」

「でも、制度は良く覚えているの」


 ちなみに現世でのソロバン10段とは。かけ算、割り算、見取り算、かけ暗算、わり暗算、見取り暗算の6教科のすべてで290点以上/300満点を取らないとなれない。

 もし1教科でも200点/300満点があると、200点に相当する段位――この場合は6段――にしか認定されないのである。とても厳しい試験なのだ。



「だからそいつに制度を作らせるの。どう?」

「わ、分かった。あっちでは、俺はしょせんは1級どまりの人間だ。こっちに来てユウというやつが4段程度の力があっただけだ。俺の知識では段の試験というのは分からん。それでオオクニまかせになったんだ。キタカゼのところにいるやつが、それだけの知識があるなら全面的にまかせよう」


「良かった。ユウは話の分かるやつなの」

「なんでもできるやつにやらせる、それが一番いいからな。じゃあ、いまの制度は教えるから、それを元に作り直してくれ」


「そいつがいるだけ、じゃないの。ここは人口が多いだけじゃなく、商人の街だからソロバンを必要とする人間はもっと多いの。おそらくニホン1多いであろう。それに海運が発達しているということは、ここの情報はすぐニホン中に広まるの。ここで認定制度を発足させれば、瞬く間にニホンの一大ブームとなるであろうの」


「な、なるほど。俺にはできない仕事だというのは良く分かった。全部任せるよ」

「賛同に感謝。すぐにかからせるの」


 そんな話がまとまったところで、オウミが帰って来た。


「ぷんぷんノだ!!」


 なぜか怒っているのだが、あえて聞くまい。


「あえて聞くノだ!!」

「オウミは、こんな主(あるじ)でほんとにいいやん?」

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