第380話 外伝・カンサイ

「なんか後編とかもう、諦めたようなノだ」

「もうここまで伸びたら、いまさらやん」




「ぷんぷんノだ!!」

「まあまあ、そんな怒るなオウミ。ほら、お前用のコーヒーだ。砂糖は4杯入れておいてやったぞ」

「ぷんぷ……そうなノか、それならいいノだ、ずびずびずん。うまいノだ」


「それ、ワイの金やけどな。しかし怒ったオウミがすぐ機嫌を直したやん」

「泣いたカラスみたいに言うな。オウミはそういうやつなんだよ」

「ワイには理解不能や……」


「それで、必要なものを持って来たか」

「ずびずび、ほいノだ」


 オウミがアイテムボックスから出したのは、古びたソロバン1挺、それに薬品壺と筆、そしてユウコである。


「ちょ、ちょっと!! なんで私はアイテム扱いなのよ、もう!!」

「いつものユウコ、出落ち乙」


「出落ちなんかしてません! あぁもう、髪型がくしゃくしゃになっちゃったじゃな……あれ、あな、あなた……あなたってもしや?」

「あっ。あんたこそ、もしや?」


「「私たちの天敵!!」」


 はい?


「マイド。ここでは仲間と書いて、てんてきと読ませる文化でもあるんか?」

「ないない。ワイにも分からん。そのアイテムの子とミチルって、どこか似ているやん。さっきユウが言ってたミノ国にいるエルフの人か?」


「ああ、そうだ。俺のおっぱい係のユウコだ」

「あ、あまり聞かない職種やな」


「けっ。こんな巨乳だけが取り柄の古(いにしえ)エルフなんか、その程度のことしか役にたたないでしょうよ、けっ。」


 古エルフ?


「むかっ。なによ、あんたたちこそ、全村死に絶えた村を放り出して、自分たちだけすたこら逃げた卑怯者な斬新エルフのくせに。エルフの心意気をなくしたやつなんか、こうしてくれるわ、えいえいほふはふほふはふっ」


 斬新エルフ?


「痛いな、もう。やられたらやり返すのが斬新エルフの無駄遣いよ! ぴこぽこぴこ」


 無駄遣いでやり返すなよ。もうどっからどこまでツッコんだらいいのやら。


 顔を合わせるなり始まったユウコとミチルとオウミの三つ巴。それがこの店の歯車をぐるぐると。


「我は参加していないノだ?」


 そうでした。


 ユウコの得物はエロネコグサである。くれぐれもエノコログサと間違えないよにしていただきたい。


 ネコジャラシという俗称は同じだが、穂先にちょっとエロい猫の形をした穂がついているのが特徴である。こんなものが元の世界にあったら、雑草界に革命が起こってしまうであろう。


「ずいぶんとやさしい革命やな」


 そんな柔らかいもので叩いても、叩いてるほうが疲れるだけじゃないのかと思うだが、体力に自信のあるユウコは意に介していない。


「いや、意に介せよ。それ、無駄だろ!? コストパフォーマンス悪すぎだろ」


 どこにコストとパフォーマンスがあるのかはさておき。


「またさておくノか?」


 対抗しているミチルの得物はカンサイ名物・* ピコピコハンマーである。


「いやそれ、カンサイに関係ないやん。どんなイメージやねん」


 *サーカスのピエロが使ったのが最初と言われているそうです。


 こちらもピコピコ音はするものの、ユウコにダメージを与えるようなものではない。まあ、どっちもどっちである。


「争いごとは嫌いなエルフの性質が、こんなとこにも現れているの。ふたりとも、おやめなさいな」


「「ふぅぅ、ふぅぅぅ、ぜぇぜぇひぃひぃ。は、はい」」


 争いごとが嫌いな割には、ふたりとも形相は必死である。やってることは意味不明だが。


「ユウコの知り合いなら話がうまく進むと思って呼んだのだが、逆効果だったか。ところで、古と斬新の違いってなんだ?」


「古いエルフと斬新なエルフです」

「いや、そういうことやなくて、ワイらは説明を」


「なるほど、そうか」

「なんでユウがそっち側に行くんや?!」

「マイドがツッコみ役やってくれて助かるよ。それで仲が悪いのは分かったが、なんか理由があるんか?」


「「だってこいつら生意気!」」

「その意見だけは合ってるようだな」


「エルフのくせにすぐ死ぬし」 ミチルである。

「エルフのくせにすぐ逃げるし」 ユウコである。


「そ、そこは合ってないようだな」


「なんで逃げちゃダメなのよ!」

「卑怯じゃないの!」

「じゃあ、あのまま餓死して死に絶えてしまえば良かったとでも言うの?」

「わぁぁぁあぁぁぁん」


「なんでそこで泣くのよ!?」

「あ、しまった。エルフが死に絶えた絵が浮かんじゃったからつい」


「と、ともかく。私たちは生き延びるために故郷を捨てたのよ。それがどれだけ辛かったか、むほむほと生きてるあんたたちには分からないでしょう!」

「むほむほとは生きてないと思うやん」

「それ、どんな生き方なノだ?」


「俺にはミチルの言っていることのほうが正しいと思えるんだが」

「なっ!? そんな、ユウさん。どうしてあっちの味方するのよ、いったい私はユウさんのなんなの!?」

「おっぱい係」


「いや、だから、そんな、ことじゃなくて」

「なんであんたはちょっと嬉しそうなのよ! 変態なの? バカなの?」


「もういい加減にするの!」

「「ふぉぁぁい」」


 キタカゼの言うことは良く聞くんだな。


「古はなんとなく分かるとして、斬新ってなんだ?」

「考え方が斬新なんですよ。今回みたいに、自分の生まれ育った村を捨てるなんて、エルフにはあり得ないことです」


「だって、ずっとそこにいたら餓死しちゃうでしょうが」

「そこはエルフの心意気でしょ!?」


「待った待った。そういえば、マイド。最初にこのミチルって子はカミカクシって言ってなかったか?」

「そうやん?」


 だからか?


「ミチルは前の世の記憶があるんだよな?」

「そりゃ、あるわよ」

「その違いじゃないのか?」


 ミチルが前世の記憶を引きずったエルフだとしたら、旧エルフであるユウコと考えが違ってもおかしくはない。


「うむ、それなら納得できやんこともない。ミチルはこちらに来る前の記憶があって旧エルフと違う……旧エルフと違う……? それならなんで性質がエルフそのままやん?」


「こんなやつ、エルフそのままじゃありませんよ」

「いやユウコ。ミチルの大らかさというか、騙されやすさというか、おっぱい係というか、お前と同じものを俺は感じるぞ?」


「おっぱい係を混ぜるでないやん。ミチルがこちらに転生したのはいつ頃や?」

「もうかれこれ100年ぐらいになりますね。ちょうどそのときにイズモが飢饉に見舞われて、みんなを説得してこちらに越してきたんです」


「100年か。エルフの心意気? に馴染むのに充分な時間だな」

「そういうことやんな。異世界の記憶を持つ人間をベースにエルフの思考が混ざり、少し毛色の変わった斬新エルフってのが誕生したということやん」


「なんとか、つじつまが合ったな。そういうことにしておけば」

「これから先も良い感じノだ?」

「乗り、乙である」


「ところで、なんで斬新なんや?」

「俺は新エルフでいいと思うんだが」


「「それじゃダメです!」」


「お前らいつのまにか仲良くなったな。それで、ダメってどうしてだ?」

「「それだと、ゴジラになっちゃうでしょ?」」


「やかましいわ!!」

「東宝から苦情が来そうやな」


「ところで。オウミ様に連れて来られましたけど、私を呼んでここでなにをさせようと?」

「あ、そうだ、やっと話が本筋に戻った。オウミ、例のソロバンだが」


「ほい、これなノだ」

「そうそう。これこれ。ハルミはソロバン検定で初級だったな?」

「もう中級も合格しましたよ」

「おおっ。進歩が早いな。がんばったな」

「えへへへ。ご褒美に私専用のソロバンをもらえるって聞いたから、がんばっちゃった」

「あとでちょっとやってもらうから、これを持っててくれ」


 シキ研の人間は、全員がソロバンが使えるように教育中である。ソロバンの支給はモチベーションを上げるための餌である。


「それでミチル、これに見覚えがあるだろ?」

「見覚え? ソロバンなんかどこにでも……ああ、あれかぁ。私がこっちに来てすぐのときに作った発明品ね」

「やっぱりそうだったか。あの砂糖入れを見て気づいたんだ。お前のソロバン、イズモの名家が大事に持ってたぞ」


「そのソロバンはなにか特殊なの?」

「キタカゼ。もうちょっと待ってくれ。こちらの話を進めてからだ。これがバンシュウを救う逸品となる」

「「???」」


「私はもう見たくもないのに、まだ持ってる人がいたのね」

「もう見たくないのか?」

「うん。だってこれ全然売れなくて、里をますます貧乏にしただけだったもの。そのためにどれだけ怒られたことか」


「それは売り方が悪かったな。どうだ、これの権利、俺に売らないか?」

「え? 買ってくれるの!?」

「シキ研の商品にしようと思ってな。いくらで売る?」


「じゃ、思い切って100円で!!」

「「「ええっ?」」」


「あ、あれ。高すぎたか。ご、ご、ごめんなさいっ! じゃ、じゃあ、せめて50円でお願いします」


「ミ、ミチルって言ったわね。あなた、たった50円をもらってどうするつもりなの?」

「お風呂に入るときの、このきなんの木がそろそろ寿命なのよ。腐っちゃって。あと何回使えることか。だからそれを買い換えたいの。50円じゃちょっと足りないけど、あとはなんとかする」


「ちょ、ちょっと。それがなかったらお風呂に入れないじゃないの!」

「うん、そうなの」


「そうなのじゃないわよ。エルフにとってなにより大切なお風呂に入れなかったら死んじゃうよ?」

「うん、そうなの」


「そうなの、じゃねぇよ! おい、ユウコ。このきなんの木の在庫はシキ研にあっただろ。あれ、渡してやってくれ」

「え? このきなんの木をもらえるの? いいの?」


「う、うん。シキ研で不要になった端材から作れるから、いくらでもあるよ」

「わぁぁい、ありがとう!! ユウコ、大好きよ!」

「でもミチルはお店を経営しているくせに、どうしてこのきなんの木ぐらいが買えないのよ?」


 それはこうこうこいうわけで。と、この店の財務状況をマイドがユウコに説明した。


「「わぁぁぁぁぁぁん」」


「なんでミチルが一緒になって泣いてんだよ!」

「あ、そうか。これ、私のことだった、てへっ」


 分からん。同情心が異様に強いのがエルフの特徴だが、それが自分のことになるとなぜか他人ごとみたいになる。他人の痛みは何倍にも感じて、自分の痛みには無関心だ。普通は逆だよな。


「「それがエルフの心意気!」」


 さっきまでケンカしてたくせに、がっちり握手しとる。ますますもって分からん生き物だ。


「ワイも長く魔王やってるが、エルフがこういうものだとは初めて知ったやん。ちょっと考えを改めないといかんやん」

「もう、おっぱい係で良くね?」

「ここではあかん言うたやろ!」


 怒られちゃった。


「じゃ、そのソロバンの権利は俺が100円で買うぐへっ」

「安すぎますって! あれ? 強すぎたかしら?」

「このきなんの木で叩くな! 今はセクハラ発言してないだろうが! ってかどこから出したんだよ、それ」


「いや、つい、勢いで」

「勢いで叩くなよ、いててて。あぁ、こぶたんができちゃった。ナオール……はスクナがいないからダメか。帰ったら塗ろうっと」


「では、その権利。我が100円で買うことにするの」

「「「「「はぁ?!」」」」

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