第370話 ユウの個人資産

「あら、熱は引いたようね。良かったわね、じゃ、これにサインして」

「なんでだよ!」


「死ぬ前にあなたの資産……思い残すことがないようにしておくべきでしょう?」

「死ぬことが前提になってんぞ。回復した俺に言うセリフかよ。ってか、少しは欲望を隠す努力をしろよ」

「もう、ママったら、恥ずかしいマネは止めてよ」


「ところでスクナ、お前の気持ちを俺はまだ聞いてないのだが」

「え? だ、そ、き、わ、ど」


「頭文字だけで会話すんな! いくら俺でも内容が理解できん」

「え? だって、そんなこと、急に言われても、私だって、どうしたらいいのか」


「うん、ちゃんと聞いても内容は理解できなかったね」

「ユウさんこそどうなのよ ボソッ」


「俺に振ったな!? 今回のことで思い知ったよ。俺にはお前が必要だと」

「だ、そ、え、だ、う、ほんと?」


「ほんと? しか分からんぞ。頭文字だけで返事すんなっての。だからその書類にサインしてもいいとは思っている」


「それは良かった。どういうわけはここにペンがあるのよ。さっそくサインをしましょうね」

「思ってはいるが、そうやって用紙周到に準備されるとサインしたくなくなるという」


「あらあら、ひねくれ者ね」

「悪かったな! それより、ほんとに良いのか。こんな小さなうちから嫁ぎ先を決めてしまって」


「もう働いているのだから、別に早くはないでしょ」

「こちらの世界で、結婚できるのは8才以上って第4話に書いてあるぞ?」

「誰よ、そんなこと書いたやつは!!」


 いや、誰よって言われても、他に誰がいるのかと。


「俺の常識では8才でも早すぎると思うのだが」

「だから婚約で我慢してやろうってのよ、文句あるの?」


「あり過ぎやろ! 俺だってまだ12才だ。せめて20才になるまでは」

「だから婚約で我慢してやろうってのよ。文句あるの?」


「言ってることが1文字も変わってないぞ」

「得意のコピペなノだ」

「誰の得意だよ! スクナ!」


「は、はいっ?!」

「お前が嫌でないなら、婚約するぞ!」

「は……はい?」

「いや、2回言うのは恥ずかしいから勘弁してくれ」


「じゃあ、この書類に」

「だけどこの書類はなんか嫌だ。ミノウ、この書類のチェックを頼む。婚約の条件としてなんか変なこと書いてないか?」

「し、しつ、失礼な! 私がそんなことをするはずが」


「婚約中、ふたりの資産は全部スクナのものとする、と書いてあるヨ」

「シャイニー?!」

「え、汗汗汗。そんなこと、おほほ汗汗」


「しかも、スクナが25才になるまでそれはシャイニーが管理すると」

「シャイニー!?」

「ママ!!」

「お前!!」


 シャインも知らなかったんかい!


「あら汗汗、おほほほほ。じゃ、そういうことで、私は失礼しまぐえっ」

「逃げるのは許さないわよ、ママ」


「ぐえぇぇ。親に向かって手を上げるとはなにごとよ!」

「上げてないから。首根っこをつまんでるだけだから」


「「それはもっと悪い気がするのだが」」


「ちょっと、私はあんたのことを思って」

「自分が全部持っていく気だったんじゃないの!」

「じゃ、半分はあんたに上げるから」

「俺の資産を勝手に半分こすんな!……勝手に……勝手に? 資産? なんてあるのか、俺?」


「「自分で知らないのかよ!!!」」

「そんな夫婦で息を合わせて言われても」


 えっと。俺はまだ12才。もうじき13才になるのか? そういえばユウの誕生日っていつだったんだろ? まあ、それはいいや。まだ12才なのだから、丁稚奉公期間のはずだ。


 その間は仕事を覚えるのに費やされるという名目で、わずかなお小遣いが支給される以外は収入はない。


 と4話に書いてあるのだが、誰だよそんなこと書いたやつ!


 いや、誰だよって言われても、他に誰がいるのかと。


「だから俺の資産なんて現金が100円あるかないかだが」

「はぁ?! あんたアホなの?」


「やかましいわ!! 仮にもイズモ太守に向かって言う言葉か!」

「あら、権力を盾にするやつは嫌いでしたわよね。それなのに、そういうこと言うの?」

「うっ。げっ。ごご。ごろごろごろごろ」


「ネコか! それにイズモ公はオオクニ様に譲ったって聞いたわよ?」

「うげっ、そうだった」


「オウミ様との眷属契約も破棄したそうね?」

「うげっ、そうだった」

「そんなあなたが、なんの権限があって私に楯突くわけ?」

「あ、いや、それは、その、なんて言うか」


 くっそ、なんかこの女は苦手だ。


「煮え切らない男ね、まったく。そんなことでウチのスクナの婿になれるとでも思ってんの!?」

「婿になる気はねぇよ!」


「これにサインすると、いずれ婿入りすることになるヨ」

「はぁ!?」

「あら、それもバレました? 小さい字で書いておいたのに」

「油断も隙もありゃしねぇな!」


 ダメだ、とても勝てる気がしない。このままじゃ、シャイニーのいいように契約させられそうだ。こういうとき執事がいればなぁ……あ、いた?!


「スクナ。この契約になにが一番問題か言ってくれ」

「えっとね。別に問題はないと思うけど」


 お前もあっち側だったな!!!


 どうしよう、なんとか拒否しなきゃ、サインしたら負けだと思ってる。


「ねぇママ。どうしてユウさんの資産にそんなにこだわるの?」

「え?」

「私をエサにして、お金をせしめようという魂胆が見え見えなんだけど?」


「だから俺にはそんな金はないっての」

「「はぁ?!」」


 夫婦でどうしてその反応?


「スクナは、はぁ?って言わないんだな」

「え? そ、そりゃ。私はユウさんの執事だもん」


 どういう根拠? もういい。こんなことを続けていても、読者は退屈するばかりだ。ややこしいことは抜きだ。


「ということで、俺はスクナと婚約する。スクナ、それでいいか?」

「あ。うん。うんうんうんうん。うん。嬉しい」

「うんが多いな」


「いつもより余計にうんを言ってます。だけどユウさんはそれでいいの?」

「ああ、いいとも。だが、契約書にサインはしない」


「はぁ!?」

「今度はシャイニーだけだったな。契約書など不要だろ。ここに魔王がいるんだから」

「うむ、それでいいヨ。我が見ている前でなら、口約束も契約のうちなのヨ。ふたりの婚約を我が認めるヨ」


「ぐぬぬぬぬぬぬ」


 してやったり!! 俺、GJ!


「じゃ、その件はこれで終わり……なんだその恨めしそうな目は」

「それじゃ困るのよ! 私が!!」

「知らんがな」


「ねぇママ。どうしてユウさんの資産にそんなにこだわるの?」

「うぐっ」


 資産などないってのに。それとも、シャイニーはなにか問題を抱えているのか? それなら俺の出番だが。


「シャイニー。なにか問題を抱えているのなら、ここで話せ。相談になら乗ってやらんでもないぞ」

「え? そうなの! それを早く言ってよ」


「ママこそ早く言ってよ! いったいどうしたの?」

「えっとね、1億円ぐらいちょうだい」


「「やれるかぁぁ!!!」」


 こっちの経済規模を考えろ。そんなもの小さな国の予算なみだぞ。ヒダだってそんな規模の国じゃないぞ。シキ研にだってあるかどうか。トヨタ家にならあるだろうけど。


「俺は問題を聞いたんだ。金額じゃない」

「だから、そのお金が問題なんだって」

「だから、そのお金が必要となった原因を話せって言ってんだよ」


「イヂメル?」

「どこのぼのぼのだ」

「シマリスじゃないかと思うヨ」

「どっちでもいいよ! 原因があるなら早く話せ。俺にはまだマラリア蚊を退治するという課題が残ってんだ」


「ああ、そういえばそういうの、あったわね!?」

「前話のヒキはどうなった? っていう読者の声が聞こえるようだ」

「第367話の風雲急を告げるってヒキも放ったらかしなノだ」

「それはもう忘れて」


「仕方ない、話してやるか。極秘のうちに進める計画だったのに」

「どんだけラフな極秘だよ」

「ホッカイ国の元領主・エゾ家がごねているのよ」


「エゾ家ってなんだ?」

「もともとホッカイ国の領主だった家よ。クラーク……カンキチ様が魔王となる前まではね」


「ヒダ国のハクサン家みたいなものか」

「そうね。落ちぶれた貴族よ。だけど、イシカリ大学はそこから資金援助してもらって運営しているの。ところが、イシカリ大学が勝手に個人から資金を援助してもらっていることが気に入らないと言って、支援を打ち切ると言ってきたの」


「資金援助って、公立なんだろ? ホッカイ国のためにホッカイ国が資金を出してんじゃないのか」

「以前はそうだったのよ。だけど、カンキチ様が魔王になられてからは、エゾ家に大学を維持するようなメリットはないと、そういう話になりつつあるようなの。だから個人の援助が気に入らないって話は言い訳よね」


 そういうことか。やっと話の筋が見えてきた。だが、それだけではないだろう。


「それならイシカリ大学を潰せばいい話だ。なんでそこにスクナが入って来るんだ?」

「それを潰すなんてとんでもない!」

「スクナや俺に迷惑かけるぐらいなら、潰せよ!」

「そうはいくか!!」

「な、なんでだよ?」


 どうもこいつに強く出られると弱いな、俺。この人、未来のスクナの姿だとすると。俺は早まったのかも知れない。


「私が失業するからよ!!」

「そんなことだと思ったよ!」

「そ、そんなことじゃないわよ、私はまだ研究を続けたいのよ」

「そのための金がいると?」


「そうよ」

「どんな研究をしている? それで、年間いくら必要だ?」

「研究しているのは3つ。甜菜の使い道と強力粉の使い道とジャガイモの使い道よ!」


「「「…… ……」」」

「な、なによ? なんでみんな沈黙しているの?」

「シャイン、お前、もしかして夫婦間の会話ってまったくないのか?」


「いつもぼこぼこにされるので、なるべくしゃべらないようにしてます」

「自分たちがやってることぐらい話し合いなさいよ!!!」


「スクナが正しい。それで問題は解決だ。あー、あほ草」

「な、なによ。人が真剣に悩んでいる問題をアホ草とか。侮辱したら決闘を申し込むわよ!」

「止めろ。どうせ勝ち目はない」


「そんなことやってみなきゃ分からないでしょ?」

「ママ、分かってるのよ。ユウさんに勝ち目はないの」

「どんだけ弱いのよ?!」


「俺は低級魔物にだって普通に負けるんだぞ!」

「なんでそこでドヤ顔ができるのよ、もう。信じられない」

「信じられないのは、こっちだ。シャイン、イシカリ大学でやってることを説明してやれよ」


「あ、ああ。シャイニー。お前がなにを研究しているのか、俺は初めて聞いたぞ。なんで言ってくれなかったんだ」

「だって聞いてくれないじゃないの!」

「それは俺も悪かったが、俺も忙しかったんだ。だが、いまは聞いてくれ」


 そしてシャインがホッカイ国でやっていることを話した。俺が資金援助して作った農場である。甜菜とジャガイモと強力粉とついでにトウモロコシの生産と、その使い道についてである。


「そ。あ。だ。わ。た。じゃないの!」

「だから頭文字会話止めろ!」


「シャイニーの研究はシャインと合同でやればいい。だが、問題はそれだけじゃないよな」

「ええ、大学がなくなるという問題が」


「いまある農場は俺が買ったのだからいいとしても、大学がなくなってしまうと、居室というか資料をまとめたりする部屋が必要になるな」

「私の遊び場がなくなってしまうのね。思い出がたくさんあるのに」


「まだ分からんことがある。エゾ家は資金援助を止めると行ったのなら、なんで素直に俺に投資話を持ちかけなかったんだ?」

「じつは、もうひとつ裏話があって」

「というと?」

「スクナを嫁に寄こしたら、資金援助は続けてやるってエゾ家のアホ跡取りが」


「オウミ。イズナを呼んで来い。ミノウはイセを呼んで来い」

「なんなノだ。いきなりなにをするノだ?」

「決まってんだろ! エゾ家を滅ぼしてやるごわぁぁぁん。くてっ」


「まったく、スクナのこととなると見境がなくなるな、こいつは」

「ハタ坊、GJなノだ」

「あー、驚いた。そんなことしたら、ユウは天下の大犯罪人だヨ」

「まあ、それはそれで、面白いことになるノだ」


「こらこらヨ。お主は物事を軽く考え過ぎヨ。この世界にも秩序ってものがあってヨ」

「良いではないか。ついでに、ユウがこの世界の覇王になるノだ。おもろい世界になるノだ」


「こいつはそんなタマじゃないだろ。もう1年近くもついてて分からんのか」

「きゅぅ。反省するノだ」


「それで、エゾ家の策略からスクナを守るために、許嫁がいるという話にしたかったノか?」

「え。ええ。そうです。それもあります」

「そっちがメインなのだヨ。本人を前に言い出しにくかったのであろう?」


「え。あ、いや……スクナ?」

「ママのことは分かってるつもりだよ?」


「大学はね。私たちだけじゃないのよ。いままでに卒業した大勢の人たちや、これから入って来る人たちのために、残しておかないといけない場所なの。研究・学問ができる場所はニホンには4つしかないんだから。ホッカイ国では唯一の学び舎だから。だけど、そのためにあんたを犠牲にはできない」


「だからお金が必要だったのね」

「そういうこと。ユウとあんたが婚約して、そのお金を私が自由に使えれば大学も買えて、スクナは幸せに私も幸せになる。一石二鳥でwin-winの関係になるはずだった……の……よ。あれ?」


「ユウさんと私。婚約はしたね」

「したわね。すると、大学を買収するには。……ユウって個人資産で1億円ぐらい持ってるはずなんだけど、そんな素振りなかったわね?」


「ユウさんね。個人資産で3億7千万ほど持っているのよ」


「「「「ふぁぁぁぁぁぁ??!!」」」」


「そそそ、それ、どこの国家予算よ! ホッカイ国でさえそんなにはないわよ?」

「シキ研のレクサスって人が、ユウさんが作った商品1個につき売り上げの1%がロイヤリティが払われるようにしてくれていたの。毎月、ユウさんの口座に振り込まれているわ。ユウさんには内緒で。だから本人は知らないの」


「なんで黙っている必要が? しかし、ロイヤリティだけでそんなに貯まったということは」

「そう、シキ研はその100倍近い売り上げがあったということね」


「そ、それだけあれば、イシカリ大学ごと買えちゃうじゃないの?!」

「買えるね」


「あっさり言うな。それならあんな連中にペコペコする理由なんかなくなるわ」

「ペコペコしていたのは俺ばっかりだったけどな」


「大学を買うとして、いくら必要なノだ?」

「そうね。私たちの給与や事務などの人件費費としては500万円もあれば充分。建屋や設備なんかを入れても2,500万もあれば買収可能かな?」


「2,500万で買えるノか。安いものなノだ」

「や、安くないヨ!? ユウの個人貯金の金額を聞いたので、頭がアホになってるヨ」


「アホとはなんだ、アホとはぽかすかぽかぽか」

「痛いヨ。アホはアホだヨべしばしべしべし」

「はい、そこまで!」

「「きゅぅ??」」


「ママ、年間の維持費はどのくらい?」

「人件費を除けば200万はかからないと思うわ。だけどその分くらいは、生徒から入学金や授業料も入るからまかなえるはず」


「あ、そうか。そこは無料じゃないもんね。実質必要なお金は、購入で2500万、毎年の運営費で500万か。そのぐらいなら」


 皆がぐっすり眠りこけているユウを見る。


 大学の運営、こいつにやらせればいいじゃない。という顔で。

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