第368話 イオウとリン
「イオウとリンを集めてきたけど、それからどうするの?」
「それらから作るものは臭いがかなりきついはずなので、外で作業をやってくれ。また苦情が出るといけない」
ユウさんのためにやることに、苦情なんか入れさせないけどね。
「うん、森の入り口にある小屋に置いてあるよ」
「アチラ、それらに識の魔法をかけてくれ。その結果、どうなったかを教えてくれ、ふにゃぁ、くてっ」
「はい……ああっ!? ユウさん?!」
「大丈夫なノだ。ちょっと寝ただけなノだ」
「ユウさん、だ、大丈夫なのですか、ほんとうに」
「いまのところは大丈夫みたい。だけど時間はなさそうよ。アチラさんの魔法にかかっているの、急ぎましょう」
「で、でも、どうやればいいのか。識の魔法って言われても、僕は理解して使っているわけじゃ」
「いいから、ともかくなんでもやってみるの」
「は、はいっ」
タケウチ工房の裏側にある物置である。もともと還元済みのクロム在庫を置くために作られた小屋であったが、いまは使用量が増えてほぼ半分が空いている。
そこにスクナ(とミノウ)が採取してきたイオウ(自然イオウと呼ばれる)とリン(リン肥料)が置いてある。
イオウは火山性ガスが冷えて固まったものであり、無味無臭の固体である。玉子の腐った臭いと形容されることがあるが、それは硫化水素の臭いであり、誤解である。
イオウは箱根温泉にふんだんにあったので、10Kgほど勝手に採取できたのだが、問題はリンであった。
スクナは、前の世界で『リンは日本では採れないと』学校で習った。だから海外に行く必要があるのか、とさえ思っていた。その場合、パスポートをどこで申請するのかと真剣に悩んでいた。
しかし幸いにもその知識は正確ではなかった。単に輸入が100%というだけだったのである。
ニホンで採れないわけではないのだ。ただ、品質があまり良くなくて量も少ないので、商業採掘をしていないだけであった。
それを知っていたのはイズナであった。リンは肥料として有益なものであり、エチ国ではそれを使って米の生産を増やしていたのである。
ふたりはイズナに教えられたその産地(能登半島の能登島)に飛び、生産工場からリン酸肥料として購入した。
それらがここに集められている。
「アチラさん。まずはイオウからやってみて。どうなるのかは、私が観察するから」
「でもこれ、いきなり全部やったらまずいですよね? ちょっと小分けしませんか」
「あ、そうね。1回で結果がはっきりするとは限らないものね」
ダメだ。私もテンパっている。しっかりしなくちゃ。小分け小分けっと。そうだ、ちょうどこれを持っていたんだ。
「じゃ。この茶碗にイオウを山盛り入れてと。よし、この分だけやってみて」
「その茶碗、社長のお気に入りだったような気がするのですけど。やってみます」
あれっ? そういえばどうして私は茶碗なんか持ってきたんだろ? 台所に置いてあったものよね。
「どういうわけか、箸とショウユも持ってきてるのだヨ」
「わぁぁぁぁお。なんか無意識のうちに手でつかんだものを持ってきちゃったぁぁぁ」
切羽詰まった人間がやることあるあるである。火事のとき、とっさに持って逃げたのがまくらであったというお笑い事例は、枚挙にいとまがない。それでも茶碗を持つ人間は少ないかも知れない。
「いいのよ! 茶碗は役に立つんだから!」
「社長はあとで泣くと思うヨ」
そしてアチラが識の魔法をかけると。
「なくなった?」
「消えてなくなったヨ?」
「なにがあったんです?」
「ミノウ、すぐユウさんに報告するから転送」
「ひょいっ」
「ユウさん、起きて。ユウさん」
「あ、ああ。スクナがほにょにょぉぉん」
もう話す気力もないのかしら。
「ユウさん。イオウにアチラさんが識の魔法をかけたら、消えちゃったんだけど?」
「識の魔法? あ、それで目が覚めた。そのときどんな臭いがした?」
「臭い? ううん、臭いなんかしなかった。臭う予定だったの?」
「臭わなかったということは、アルゴンの可能性が高いな。やはり、ひとつ跳ぶのか」
「なにを言っているのか分からない。あれは失敗ってこと?」
「いや、その結果で確信を持った。次はリンで同じことをやれ。おそらくかなりの臭いがするはずだ。スクナも良く知っている消毒液の臭いだよ」
「消毒液ってオキシドールのこと?」
「ああ、そういうのもあったな。だけど違う。そうだな。病院に行ったときの臭いだ」
「ああ、あの臭いね」
「あはは。やっと白状したな。俺と同じカミカクシさん」
「えっ、あ。いや、私は。。。。気づいてたの?」
「疑ってはいたよ。だから何度か探りを入れてたんだ。だけど、たったいま確証を持った」
「前に言ってたわね。ウソを信じさせるのは簡単だけど、信じさせ続けるのは難しいって」
「その通り。でも、そんなこと隠す必要があったのか?」
「だって、私のほうがずっと年寄りになっちゃうんだもん」
「そうか。俺にはいまの7才のスクナしか見えないけどな。おっと、それよりもだ。その臭いがしたらその気体を回収してくれ。やや黄色い気体になると思うんだが、その辺はやってみなふにゃぁぁぁ、くてっ」
「あぁん。また落ちた。オウミ?」
「だ、大丈夫なノだ。まだ、なんとか大丈夫なノだ」
「ねぇ、そろそろ危ないの? オウミ、それが分かるの?」
「いや、我にはそこまでは分からん。だけど、だんだん心音が弱っていると感じるノだ。スクナ、急ぐノだ」
オウミの言葉を最後まで聞くこともなく、私は小屋に戻った。
「アチラさん。次はリンでやって。試験はうまく行っているみたいよ」
「そうですか。消えちゃったからダメかと思いました。次は、これですね」
「ええ、もうひとつの茶碗にこれを入れてと、はい、やって」
「それはソウのお気に入りの」
「それはもういいから!」
「ヨ」
そしてアチラが魔法をかけた瞬間に漂う消毒液の臭い。
「臭っ! なんですかこれ。さっきのは無臭だったのに、今度のはえらく臭いますよ。でもこれ、どこかでかいだことのある臭いだ、くんくん」
「気体になったのが見えたわ。ちょっと黄色い色がついていた。間違いない、ユウさんが求めていたのは、これだ」
「これなのですか?! でも、これをどうしようと?」
「それが分からないわね。ちょっと戻って聞いてくる、ミノウ」
「ひょいっ」
「ユウさん! 黄色い気体になったよ。ねぇ、次はどうするの?」
「くかー」
「ユウさん! ユウさん! ユウさん!! ユウさんってば」
「ダメだ。起きないノだ。誰かおっぱいを出すノだ」
「だ、誰かって、ここには私とオウミとミノウしか」
「我ではダメだったノだ?」
「じゃあ、我がヨ」
「ダメに決まってるでしょ! えぇいもう。ちょっとあんたたち、壁のほうを向いてなさい」
「「え?」」
「え? じゃないの! 見る気まんまだったのかよ!」
「魔王に隠し事は良くないノだ」
「やかましい!! いいからさっさと後ろ向けぇぇぇぇ」
「「はいっノだヨ」」
ユウさん。こんなこと一生に1度しかやらないからね。ハルミさんと違って私には羞恥心ってものがあるんだから。べ、別に貧乳を気にしているとかそんなことじゃないんだからね? 7才にしては膨らんでいるほうなのよ? それなりにつかめるんだからね。
「こら、ミノウ!! こっそりこっち向かない!」
「バレたヨ。サーセン。だけど早くするヨ」
「分かってるっての!!!」
あぁ、もう恥ずかしい。どうして私がこんな……そうだ、ユウさんを起こすためだ。
……なんで起こすのにおっぱいを出さないといけないの?
「迷っている場合じゃないノだーー」
「いいからそっち向いてろ!!」
「もう。ユウさん、起きて。起きてってば、はい、おっぱいぺろーん」
「むにゅむにゅ。にゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅ」
「あっ起き……あぁん、ちょっと痛い。起きたのなら返事して」
「むにゅにゅにゅ? なんだこの大胸筋とその周辺……ごち~ん。痛いっ!」
「誰が大胸筋よ!!」
「スクナ。そんなことしている場合じゃ」
「いいから、お前らはそっち向いてろ!!」
「「ほい一ノだヨ」」
「あ、スクナか。頭が痛い。どうしてだろう」
「ね、熱がまた上がったのよ。それよりユウさん」
「今日は熱が下がる日なのだが。もう俺も終わりなのかな」
「そ、そんなことないの! でね。できたのよ、黄色い気体が」
「消毒液の臭いがしたか?」
「したした。懐かしてく涙目になっちゃった」
「それは刺激でそうなったんだと思うが。じゃ、それを水に通して水溶液にしてくれ。そしたにゃほにゃにゃくてっ」
「ユウさん!! 水に溶かせばいいのね?! 溶かすって気体をどうやって? あぁ、もっと化学の勉強しておくんだった。ミノウ。気体を水に溶かすってどうやるの?」
「あの茶碗から出た気体を水に通せばいいと思うのだヨ」
「でも気体をどうやって水に?」
「それは我にも分からないヨ」
「うぅうぅ。リンを最初から水に浸けておいたらダメかな?」
「それだと水も一緒に式の魔法がかかってしまうヨ。茶碗なら入れ物としてアチラが認識すればいいけど、水とリンを分けるのはとても無理ヨ」
「うぅう、そうか。いいや、ともかく戻ろう。アチラさんにこのこと伝えないと」
「ということなの」
「へぇ。この魔法って物質の性質を変えることができるのか。すごいのかすごくないのか良く分からないけど」
いやすごいって。とてつもなくすごいんだから。元の世界だったら、世界中の科学者たちがひっくり返るわよ。
「でも、魔法をかけた瞬間に気体になって飛んでしまいますよね。それを水に溶かすなんて……。あ、そうだ。スクナさん、この茶碗のフタを持ってますよね?」
「え? う、うん、なぜか一緒に持って来ちゃった。これをどうするの?」
「ちょっと僕が加工します。スクナさんは、そこの森でウツギの枝を採ってきてくれませんか」
「ウツギ? ミノウ分かる?」
「分かるヨ。どのくらいいるヨ?」
「ある程度の太さがあるものが必要です。それを5,6本ほど」
「分かった。ミノウ、どの木か教えて」
「どこが風雲急を告げたのヨ?」
「……次回をお楽しみに~」
「誤魔化した??!」
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