第365話 スクナ母、登場

 ぱりぱりぱりぱり。


 うん、思った通り。和紙じゃダメだ。


「そうよね。じゃあ、これならどう?」

「すこっ。おっ、簡単に手が入った。これならいけるかな。もにもに」

「あぁん」


「これでおっぱいを揉めることも確認できた」

「手袋の機能確認のために、私の胸を揉まないで!!」


「ただ、ちょっと感触が固いな。ゴワゴワする。でも、ウルシの採取仕事ならこのぐらいで充分じゃないかな」

「使えるかな。でもやっぱり固いよね。あとは、それがどのくらい保つかだけど」


「まげまげ、のばしのばし。まげま……あっ」

「どうしたの?」

「ゴワゴワは我慢できるが、曲げ伸ばしを繰り返すとヒビが入ってそこからポロポロと蝋が剥がれるようだ」


「うーん、強度がダメかぁ。これだとほぼ使い捨てになっちゃいそうね」

「使い捨てでも仕方ないが、これだと1日も保たない気がする」


「それじゃ、コストがかかり過ぎよね」

「そうだなぁ。せっかく撥水効果のある蝋を使ってるのだから、せめて1週間ぐらいは保って欲しいものだが」


「うぅん。ネコマタ木は繊維が丈夫な分だけ太いのよ。それに蝋を染みこませると、どうしても感触が固くてしかももろいのよね」

「繊維が丈夫なのは良いのだが、これもっと細くはならないか?」


「普通のネコマタ木では無理……。そうだ、ネコマタ木の若木だけを選んで作ってみようかな。若木ならまだ柔らかいし繊維も細いかも知れない」

「なるほど。それで試してみてくれ」


 ユウコが開発しようとしているのは、手袋である。もちろん、通常の糸で編まれた手袋ならこの世界にも存在している。それは俺のいた世界で、軍手と呼ばれていたものに近い。


 だが、それではウルシかぶれは防げない。むしろ、ウルシ液が手袋に付いてしまうと、そこから染みこんだウルシが常に皮膚に当たっていることになり、かえってかぶれを悪化させてしまうのだ。


 だから、目指すのは撥水力のあるゴム手袋である。しかし何度も書いているが、この世界には石油がない。だからプラスチックもゴムも存在しないのだ(天然ゴムの木もニホンには自生していない)。


 だから代わりになるものとして、蝋引きの布で手袋を作ろうと考えたのだ。


 蝋はウルシの実からふんだんに採れる。それを使えば一石二鳥である。


 最初は和紙を素材として使った。しかし和紙に蝋引きするとゴワゴワであり、手袋の形に加工することさえできなかった。曲線を作るのが難しく、また曲げ伸ばしに大変弱かったのだ。


 そこで、最初にユウコが提案したネコマタ木を使うことにしたのである。これは感触は固いながらも、なんとか使い物にはなりそうであった。


 ただ、やはりもろいのである。指を何度も曲げ伸ばしすると、関節の部分から蝋がポロポロ落ちてしまう。これではウルシから指を守れなくなる。1日経たずに交換していては、作業性も悪いしコストも高くつく。


 そこでユウコが提案したのは、ネコマタ木の若木だけを使って繊維を採るという方法であった。そのために、ユウコ(と転送役のハタ坊)は、アイヅとホッカイ国のトウヤの里とを何度も行き来することになった。


 そして3日が経ち、ホッカイ国から朗報が舞い込んだのだ。


シャイン「ユウさん! ジャガイモが獲れましたよ!」

ハタ坊 「そっちかよ!!」

ユウ  「よし! すぐにポテチ生産開始だ。じゃかすか作れ!!」


「もう作ってます。これが見本です。10袋置いてくから皆さんで食べてくださいな」

「おおっ、シャイン。すまんな、ぽりぽり、うん、うまい! さすが新ジャガだ」


「今年は天候に恵まれて、できがとても良いです。この分なら予定の150トンを大幅に越えるでしょう」

「そうか、それは良かった。それをポテチに加工する工場はすでに稼働しているよな?」


「ええ。これはそこで作られた最初のロットです。すでに10Kgほどの在庫ができてます」

「そうか、じゃあ、できたものは順次エチ国に運んでくれ。倉庫はすでにモナカが手配している。そこから半分はカンサイに、半分はヤマトに送る手はずになっている」


「あれ。ミノ国では売らないのですか?」

「それはもっと生産が増えてからだ。まずは人口の多いカンサイで販売を開始する。それから食の国・ヤマトだ。販売はグースが担当する。俺から連絡しておくよ」

「分かりました。すぐにエチ国行きの船を手配しましょう。ところで、ユウさん」


「ん? どうした」

「スクナとの婚約の件ですが」

「ひゃひょ?」


 変な声が出ちゃったじゃねぇか。いきなりだな、おい。


「もうそろそろ良いのでは、と思うんですが」

「そそそそ、そんなことまだ早いっての。スクナはまだ6才……7才になったのか。どっちにしても早すぎるやろ」


「ええ、結婚はさすがに早いですが、婚約はしておいて損はないかなって」

「誰の損だよ! 親馬鹿を子供に押しつけると嫌われるぞ」

「いえ、この件で嫌われるはずはないと、確信していおります」


 そんな確信すんじゃねぇよ。


「いまはまだ早いよ」

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。この婚約同意書にサインしてもらうだけでいいのですから、ね?」

「そうそう、サインさえすれば、もうこっちのも……いえ、婚約成立ですからね、あ、初めまして、ユウさん」


「だ、誰? 怖いこと言いかけたの、誰?」

「あ、こちらが私の嫁、シャイニーです。スクナの実母ですよ」


「あ、あらあらら、そうでしたか。これはこれは、初めまして、てれっ」

「照れなくてもいいですよ、お話はシャインやスクナから伺っております。ホッカイ国のために尽力してくださり、大変感謝をしております」


「あ、いや、その。はい、そうですね、なんともはや、どうしてーこーなった?」

「まぁ、おほほほ。はい、ここにちょろっとサインするだけだから。ちょっとだけチクッとしますけどすぐ済みますからねー」

「子供の予防注射じゃねぇよ! 危ない人だな、まったくもう」


 この親にしてあの子ありかよ。


「ちょ、ちょっと!! なにやってんのよ、ふたりとも!!!」

「あら、スクナ。早かったわね」

「なにが早いのよ!」

「もうちょっとで婚約が整うとこだったのに」


「だから勝手なことしないで、って言ってるでしょ!」

「だけど、スクナ。ママも私も、お前のことを思ってだな」

「いらんことすんな!!」


 スクナ、強い子(小並感)。しかしこの様子なら、スクナは不同意ということだな。おい、オウミ。


「分かったノだ。シャインにシャイニー。お主らは違法行為を働こうとしているノだ」

「あら、オウミ様ではありませんか。ここはアイヅ国の地ですよ? それにスクナはホッカイ国生まれでミノ国に就職した身。ニオノウミの魔王様であるオウミ様といったいなんの関係があるのです?」


「ぐっ。ぐぬぬぬぬぬ」

「役に立たねぇな、お前はもう!」


「だけどママ。ユウさんにはホッカイ国の魔王・カンキチ様とミノ国の魔王・ミノウ様がついてるのよ?」

「いまここにはいないようだわね?」

「ぐぬぬぬぬぬ」


 スクナ、お前もか。


「権限はなくても、無理矢理にってのはおかしいんじゃないのか?」

「あら? あの、あなた様は?」

「私はこの国に古くから住む魔人のハタ坊だ」

「あら、関係のない人は引っ込んでいなさいな」

「ぐぬぬぬぬ」


 どんだけ強いんだよ、このおかーさんは。あ、ダメだ。熱が出てきた。おい、オウミ。


「どうしたノだ?」

「ちょっと、俺は高熱で気を失うから、あとのことを頼むとスクナに伝えてくれ、くてっ」


「「「「ああああっ!!」」」」

「ど、どう、どうしたんですか? ちょっとユウさん?!」

「あとのことはスクナに頼む、と言って落ちたノだ」

「私はここにいるのに、なんで伝言なのよ!?」


 そして俺はこの日からしばらく、生死の境目をさまようのである。

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