第366話 発熱

「ぐえぇ。ごぉぉ。がぁぁ」


 寝言である。


「いまにも死にそうな寝言を言うな!」

「いや、マジで高熱で死にそうなノだよ」

「寝言に文句言ってもヨ。しかしあれから1週間も経つのに、全然熱が下がらんヨ。いったいなんの病気なのヨ」


「アイヅの医者は過労とか言ってたが、どうにもそれは信用できん」

「過労するほど、動いていないもんなぁ」

「じゃあ、いったいこれは?」

「「「さぁ?」」」


 なんて会話を熱にうなされながらぼんやりと聞いている俺である。高熱で身体のあちこちが痛くて食欲もなくたまに咳き込む。


 この症状からして、おそらくインフルエンザであろうと推測している。となると、こちらに治療薬はない。まあ、俺の前の世界でもなかったけどな。効きそうで効かない薬はたくさんあったが(個人の感想)。栄養を摂って安静にしている。そのぐらいしかないだろう。


 栄養に関しては特に不足しているとは思えない。こちらに来てから食べ物に困ったことはないし、この身体は良く食べるし。汗をかくから水分とついでに免疫強化のためにビタミンCを摂るぐらいしか対処法はないようだ。


「ユウさん。手袋できたけど、どうしよう」

「ちょっと。はめさせてくれもに」

「あぁん。揉み方がいつもより回数が少ないよ。はい、これ。はめてあげる」


「身体に力がはいらなくてな。うん、感触はずいぶん良くなった。これを10セットほど作って、試作品としてハタヤマに届けてくれ。しばらく使ってもらって感想を聞かせろって。どうしても関節部が剥がれるようなら、そこだけパッチを当てるとか、補修することも考えろ」

「うん、分かった」


 くて。


「あっ、また落ちた?!」

「ここんとこ、1日に16時間は寝ているノだ」

「そんなに……いつもとたいして変わらないね?」

「いつもより4時間長くなっただけか。それじゃ、ユウコ。それをハタヤマに渡しに行こう」


「ハタ坊、その前にトウヤの里に寄って欲しいの。私の子たちがこれを作っているから、できている分だけ全部持って行きたい」

「分かった、ひょいっ」


 しばらくして。


「ユウが寝込んでいるそうだな」

「まったく、身体ぐらい鍛えておきなさいよ!」


 と言いながらお見舞いに来たのはオヅヌとアマテラスである。


「寝ているのか?」

「オヅヌ様。起きたり寝たりを繰り返しております。今日はどうされましたか」

「高熱が出て寝ていると聞いたのでな、イズモ族に伝わる秘薬を作って持ってきたのだ。ちょっとだけ起こせるか?」


「はい、ユウさんユウさんってば、ねぇ。オヅヌ様がお見舞いにいらしてるのよ、起きて。起きてってば、ねぇ!」

「すかー」


「スクナ。そういうときはこう言えばいいと思うぞ。ほれ、ユウ。おっぱいだぞ」

「もにっ!!」


「ほらな?」

「ハルミさんのおっぱいが偉大なのは良く分かりました。ユウさん、ちょっとだけ起き上がれる?」

「起き上がるにはおっぱいの成分が足りない」


「やかましい! さっさと起きやがれ。私が後ろから支えてやるよ」

「う、後ろでは揉めない……あれ、オヅヌとアマテラスか。どうした」


「どうした、はこっちのセリフだ。なんでも高熱が出ているそうじゃないか」

「ああ、熱でぼうっとしてる。おかげでアマテラスが美人に見える」


「失礼な! 私はもともと美人よ! オヅヌ。いいからその薬、どばっと飲ませちゃって」

「なんの薬?」


「熱に効く薬を持ってきたのだ。まずは試しに1滴だけなめてみろ。ほれ、口を開けてみろ。ぽたっ」

「げぁっ、苦っ苦っ苦っ苦っ。こ、殺す気か!!」


「良薬口に苦しだ。どうやら拒否反応はないようだ。さぁ、一息に全部飲んでしまえ」

「待て待て。いま、ものすごく拒否反応があっただろうが。い、いや、いやだ。いやだ、飲めないって。そんなもの飲んだら苦くて死ぬ。苦いいやだぁぁごぇっ」


 頭を後ろからハルミに押さえられ、前からオヅヌに口を無理矢理ひらかされて、とっくり1本分くらいはあろうかという激まず液体を飲まされたぐびぐびぐび。


「おえーーーおえーーーおえーーーぐぇぇぇーー。苦っ不味っ辛っエグっ不味っ」

「どうだ、効くであろう?」

「不味っ辛っ苦っ。なんだこれ、毒薬を飲んだ気分だ……あれ?」


「どうユウさん、気分は。私、分かる?」

「スクナ。美人になったな」

「まだ熱があるようね」

「アマテラスは黙ってろ!」


「ユウさん、良かった。私、どうなるかって、心配でわぁぁぁぁん」

「安心するのはまだ早いぞ、スクナ。この薬は病を治す薬ではない。いっとき、症状を緩和するだけだ。薬が効いているうちに、栄養があって消化の良いものを摂らせて体力をつけるのだ。それが病気と闘う力になる」


「スクナ。心配かけてすまん。熱は下がったようだが、身体の節々が痛いのは変わらん。いまのうちになにか食べさせてくれ」

「う、うん。分かった。お粥とナツメを搾ったジュース持ってくる。ちょっと待っててね、ぐすっ」


 と、スクナを追い払っておいてと。


「オヅヌ。ありがとう。おかげで助かったよ」

「いま言った通り、これで治るわけではない。少しの間、症状を和らげるだけだ。あと4瓶ある。つらくなったら飲め」

「え? いや、そんなにもらっては申し訳ないからいでででで」


「素直にもらっておくの! 私が飲ませてあげるから」

「ハルミはまだいたのか。あ、いや、だからそれがいやだぁぁぁ、分かった分かった。ありがとうオヅヌ」


「その薬の作り方はアマテラスが知っていたのだ。俺はその指示通りに原料を集めて調合しただけだ」

「そうっだったのか。アマテラスにも、迷惑をかけてすまなかった」

「な、なによ。そんな殊勝なユウなんか見たくないわよ。早く元気になるのよ」


「ああ、分かった。元気になったらお礼に行くよ」

「そのときはポテチとトンコツラーメンってのを忘れないでよ」

「ちゃっかりしてるな、おい!」


「それでは私たちはこれで帰る。養生しろよ」

「オヅヌ。頼みがある」

「なんだ?」

「スクナのこと、よろしく頼む」

「なんだ、改まって。別に悪くはせんぞ?」


「スクナはまだ7才だ。俺がホッカイ国から引っこ抜いてきた逸材だ」

「うむ。優秀な女子だの」

「ああ、それは間違いがない。ただ、俺がいなくなると、スクナにはこの地に後ろ盾がいなくなる。もともとホッカイ国の子だからな」


「お主、なにを考えている?」

「だから、お前にスクナの後ろ盾になってもらいたいんだ。スクナになにかあったときに、逃げ込める場所だ」

「あんたはいまからそんなこ……なに?」


「アマテラス、ちょっとだけ黙っててくれ。ユウ、それはお主への恩返しとなる、と考えて良いな」

「ああ、そう思ってもらえるとありがたい」

「ちょ、ちょっと、ふたりでなにを?!」

「分かった。その件。全面的にワシが引き受けた。安心するがよい」

「助かるよ。恩に着る」


(オヅヌ? いったいどういうこと?)

(アマテラス、イセに帰ってゆっくり話そう。イセやマイドにも聞いてもらいたいことができた)

(まさか、ユウが?)


「ユウさん、お待たせ。ミヨシさん特製のお粥にナツメを搾ったジュースよ」

「おお、喉が渇いてたのでありがたい。じゅるじゅるずる。おかげでちょっと元気が出た。いまのうちに仕事を進めておきたい。ユスクナ、ホッカイ国の甜菜はどうなってる?」


「今年は雪が遅くまで残ったので、生育は遅れがちだけど悪くはないみたいです。秋には収穫できそうだって」


「そうか。その甜菜から獲った砂糖は、ウエモンに一任してくれ。ちょこれいとの開発に回すのも、他のものに使うのも自由だぞって」

「うん、そう伝える」

「サツマから届く砂糖については、ミヨシに一任する。これは社内で使う分と、ケーキなどのお菓子を作る分だ」

「う、うん。分かった」


「それから、サツマの紅ガラスはあれからどうなったか聞いてるか?」

「うん。透明ガラスに紅水晶の粉を1.2%混ぜて溶かしたあと、720度の温度で15分加熱してやると、あざやかな紅い色として定着するということが判明したそうよ」


「そうか。ややこしい条件を良く出したな。紅ガラスがとうとうできたか。それをどう使うか。カメには新しいサツマ切子を作ってもらわないといけない。カメの尻を叩けるのはレクサスしかいないだろう。やつに担当させてくれ。ただし、水晶の入手だけはお前とネコウサでやってくれ。値段交渉を含めてな」

「え? あ、うん。いいけど」


 レンチョンじゃなくて、レクサスって言った?


「そういえば、ふわふわはどうなった?」

「あ、あれね。小型のものなら1日に1個ぐらい作れるようになったって。イリヒメが言ってた」

「そうか。それならまず、あれを使った座布団を作れと言ってくれ」

「座布団?」

「通常の綿で作った座布団の中にあのふわふわを入れるんだ。もしかすると、いいクッション材になるかもしれない。長距離移動のとき、ケツの皮が破れなくてすむかもしれない。あれで空を飛ぶよりはずっと難易度が低いだろう」

「座布団にするのね。分かった、伝える。だけどユウさん」

「本当なら馬車に仕込みたい機能だがそこまではまだ遠いだろう。第1歩が座布団だ。そのあたりは全部、イリヒメの担当だ」

「あ、あの?!」


「それからラーメンの製法は公開してもいい。そうしないと広がらないからな。ただしベータの作ったタレだけは極秘にしろ。ラーメンはスクナ、お前が仕切りだ」

「ユ、ユウさん?」


「ユウご飯、ポテチ、爆裂コーン、イテコマシは当面ホッカイ国だけで作れ。あそこから全国に販売するんだ。これはベータに担当させる」

「ユウさん!? なにを言ってるの? なんかおかしいよ」


「もうしばらく、黙って聞いてくれ。イズモ国の太守はオオクニに返す。ソロバン、イズモのたたら製鉄もオオクニにまかせる。早くソロバン普及連盟を立ち上げろと伝えてくれ。サバエ工務店の相談役には当面ウエモンをあてておけ。オオクニがおかしなことをしないように見張り役だ」

「……」


「ダマク・ラカスやニホン刀はエースが狙っているから、絶対にタケウチ工房以外では作らせるな。どうしてもというときは、ステンレス包丁の製法だけ公開してやれ。あれはどうせそのうちみんな気づく」


「ウルシを増産する手はずは済んだ。あとはオウミが連れてきた職人が技能者を養成してくれるだろう。アイヅで作った漆器はシキ研で買い取って販売してくれ。これもスクナが担当だな」

「ユウさん、おかしいよ。そんなのおかしいよ」


「言い忘れていた。シキ研の所長は、スクナ。お前がなれ」


 くてっ。


「ユウさんっ!!! 嫌よ! 私を置いていったら嫌よ!! ユウさん!」


「薬の効果が切れただけなノだ。別に死んではおらんノだ」

「だって、だって。だって、ユウさん、まるで遺言みたいなことを、私にわぁぁぁぁ」


「な、泣くでないノだ。病気で気持ちが弱っていると良くあることなノだ」

「そうだぞ、スクナ。オヅヌの薬もまだ残っている。まだまだ死なせるものかヨ。我が呼び寄せたのだ。簡単に死なせはしないヨ。だからお主も気をしっかり持つヨ」


「オウミ様ぐずっ。ミノウ様。うん、うん、だけど、ユウがいなくなったら、私……」


「これから我らは分担して、医者と薬を探しに行くヨ。魔王が総出で探して見つからないものなどありはしないヨ」

「え? ミノウ様が探してくれるんですか?!」


「我だけではないヨ。オウミやカンキチ、イズナはもちろん。ヤマトもイセもマイドも協力してくれることになっているヨ」

「ええっ?! そう、なのですか」


「ホッカイ国はカンキチ、トウホグからアズマまでは我が行くヨ」

「キュウシュウ、シコクは我が行くノだ」

「ニホン海側はイズナが、残りはマイドとイセ、ヤマトがやってくれるヨ」


「ま、魔王様たちが、全員で?!」

「それだけではない。他にもさっき来たオヅヌやアメノミナカヌシノミコト。シマズ公やアイヅ公、トヨタ家もハクサン家も協力してくれるヨ。だから心配いらないヨ。きっと治るヨ」


「私も、私も行く!!」

「それはダメなノだ。お主はユウについているべき人間なノだ」

「スクナを連れて行くと、少々面倒なことになりかねんのだヨ。ここは我らにまかせるヨ」


「そう、そうね。私が行っても役には立たないし。ありがとう、オウミ、ミノウ」

「泣くとこではないノだ。では、行ってくるノだ」

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