第360話 アイヅの名産

「雨が止まないのだ」

「ふむ。梅雨だからな」

「それが5月に入ってからずっと雨が続いて、6月も晴れた日は数えるほどしかなかった。7月に入るとますます雨が多くなって」


「それでこの湿気か。前に来たときと比べて、やけにじとじとするなとは思ってたんだ」

「これだけ続くと湿気もひどくなる。屋敷の傷みも早くなるが、それよりも問題は」

「低気温と日照量不足ですの」


「タダミいたのか。ユウコが世話になったそうだな、ありがとう」

「どういたしまして。あのぐらいのことはエルフの心意気で」

「久しぶりに聞いたぞ、それ! 全国エルフの共通なのか」


「私が教えたからだと思うよ?」

「お前が流行らせたんかい!」


「そういうわけで、田植えは済んだものの苗の生育はとても悪いのだ。この分では秋の収穫は悲惨なことになる。それでいまのうちにと思って、支援を要請したのだが」

「どこに?」

「オオクニ様に」


「あいつんとこだって、そんな金ないだろ?」

「うむ。そう言われた。そのときに、お主に相談してみろと言われたのだ」

「オオクニめ。また俺に無茶振りかよ。あいつの仕事じゃないのか」


「助言してくれたのはスセリ姫だけどな」

「スセリかよ!」


「それでなノか?」

「どうした、オウミ?」

「さっき食べた薄皮まんじゅう。皮しかなかったノだ」


「根に持ってんのか……あ、そういうことか。え? なに、もうすでにそんな危機的状況なのか?」

「あ、あれはお主らが突然やってきたのでな、準備が間に合わなかったのだ。分かっていれば家宝を質屋に入れて買ってくるのだが」


「せんでいい!! どうしてそんな建前を守るために無茶するんだよ! 分かったからなにが必要か言ってくれ。食糧支援ならかなりできるぞ」

「おおっ。それは済まぬことだ。今年も不作になりそうなのだが、去年もあまり良くなかったのだ。もうすでに飢饉の様相を呈しておる。まずは領民を飢餓から救いたいのだ」


「分かった。どのぐらい必要だ?」

「米が300トンぐらいは必要なのだが」

「たった300トン? 遠慮して言ってないか?」


「えっ」

「それはもう止めろ! カードはお餅ですかネタはもう使ったあとだ」


「あ、いや。ワシはそんなつもりはないのだが。カードとはなんの話だ? アイヅ国の人口は7,000人あるかないかぐらいだから、年にひとり1俵(60Kg)必要だとして420トン。とはいっても、1/3くらいはまかなえるから300トンぐらい援助をもらえれば乗り切れる、という計算なのだよ」


「たた、たった7,000人しかいないのか」

「ああ、そうだが」

「それはアイヅ市だけで?」

「いや、周辺市や村を全部足したアイヅ国全体でだ」


 ミノ国はその100倍くらいいたと思うが。


「ふうむ。思っていたより少ないな」

「全盛期には1万を越えていたのだが、ここ10年ぐらいは天候不良が続いていて、減る一方でな……」

「エルフは5万人ぐらいいるけどね」

「エルフの国かよ、ここは?!」


 人よりエルフのほうが多い国。しかし、ユウコを見ると分かる通り、エルフって種族は、生産にはあまり役に立たない。


 だからまたこういう話になるのだ。しかし、それもこれも流通があれば済む話なのだ。

 ニホン中が不作であっても、それなりに獲れるところはある。ニホンは細長いのだ。すべての国で不作になることはない。しかし、不作で困っているところに支援するための流通がないのだ。


 死に絶えた村のすぐ隣村では普通に生活している。なんてことがあり得るのである。物資も情報も流れないために、天候不良をまともに喰らった地域は全滅してしまう。


 そうさせないために領主がいるのだが、そこだって無限に備蓄があるわけじゃない。ハニツのように、恥を忍んで支援要請できる領主がいるところは、まだ幸いである。これがヒダだったらどれだけ死人がでることか。


「米の他はなにを作っている?」

「食糧は米だけだ」

「小麦とかトウモロコシとか」

「小麦はこんな湿潤な気候には適さないであろう。トウモロコシには日照量が足りない。そもそもトウモロコシなど家畜の飼料にしかならん」


 そうでもないんだけどな。しかし、考えてみればここは山あいの街である。日照量はそもそも期待できない。そのくせ湿潤で気温も低い。農業にあまり適さない場所なのである。


 それなのに米の生産に頼っているのが現状か。そこに原因があるな。

 アイヅか。アイヅ、アイヅ。アイヅってなにがあったっけ? なにかここの名産になってバカスカ売れるものを作らないと、この貧困からは抜け出せない。


 今年支援するのはいい。だが来年はどうする? 毎年支援要請するのか。それじゃものもらいだ。国の足手まといだ。


 アイヅを飢餓から救うためには、第1に産業だ。そして第2に流通である。流通は俺の眷属を使えば、当面はなんとかなるだろう。ここ出身のハタ坊もいる。問題は産業だ。流通ができたとしても、それを買う金を稼がないと結局支援に頼ることになる。


「なんか資源とかはないか?」

「たくさん採れるものはないなぁ」

「民芸品とか?」

「赤べこぐらいかな」


 あの頭がふかふか動くやつか。子供もおもちゃだ。それほどニーズがあるとは思えん……ん? 


「あの紅い色はなんで塗ってるんだ?」

「ベンガラと呼んでいる。酸化鉄だよ」

「それだとオレンジに近い赤だよな。もっと深紅の色にしたら受けるかな?」


「深紅か。子供のおもちゃにそれをやって、どうなるかっていうと」

「だよなぁ」


 せっかく紅の原料(魔水晶)があるのだから使えないかと思ったのだが、あれは作るのが大変で(特に魔物たちが)、希少価値が高いものだ。ガラスの場合は使用量が少なくて済むのだが、赤べこ全体にべっとり塗ったらどんだけ高いコストになることか。


 とてもおもちゃの値段ではなくなるな。


「まあ、ともかく直近で必要なのは食糧だ。幸い、エチ国では小麦が豊作だったし、ホッカイ国にはトウモロコシがたくさんあるし。それでしばらくは凌いでもらおう」

「すまぬ。恩に着る。が、小麦粉を優先してくれぬか。トウモロコシを食べる習慣はこちらにないのだ」


 そうか。まだ知らないんだったな。


「オウミ、ちょっとタケウチに戻ってミヨシにポレンタを作ってもらってくれ。少しでいい」

「分かったノだ。ついでにご飯もらってくるノだ」


「いや、ポレンタがご飯……まあいいけど」

「ぽれなんとかってのは、なんのことだ?」

「トウモロコシを使った料理だ。まあ、騙されたと思って食べてみてくれ。小麦はあとで届けさせる」


「すまないな」

「金はあとで払ってもらうからな」

「うっ。それは、その通りだ。払うとも」


「それはここが稼げるようになったあとの話でいい。すぐに取り立てたりはしないから安心してくれ。それよりも、この地方で米だけに頼るのは無理がある。なにか産業を興すべきだ。ホッカイ国は気候は厳しいが、その分広大な土地があるし日照量も確保できる。だから小麦やトウモロコシの栽培はできるのだが、こちらではそれは無理だ」


「それは分かっている。分かっているからいろいろ試してはいるのだが、他国に自慢できるようなものはなかなか……」

「木材は豊富にあるんじゃないか?」


「それはすでにアイヅのメイン商品だ」

「卸しているのはアズマか?」

「ああ、あそこが一番高値で買ってくれるからな」


「ということは、アズマに販路があるということか」

「米も売ってる」

「ふぁ!?」

「どうしても現金がいるから仕方ないのだ」

「そりゃそうだな」


 米だけで人は生きていけない。衣服や住むところも必要だ。日用雑貨だってバカにはできない出費だろう。しかし、そのためになけなしの米を売っていたのでは。


「ねぇ、私、この近くの呑み屋で聞いたんだけど」

「ユウコはどんだけ呑み屋に顔が利くんだよ」

「この街の呑み屋はコンプしたわよ」


「自慢かよ!」

「全部といっても4件しかないだろ」


「そうだけど。そこでね、漆塗り職人さんに会ったことがあるの。その店に茶碗が何点か置いてあったけど、すっごいキレイだった。あれって名産にならない?」


 漆器(しっき)か。漆器なら名産になりうるな。


「漆ってこの辺で採れるのか?」

「ああ、漆の木なら山に勝手に生えている。実は蝋を取るのに使われておるが、なにしろあれに触るとかぶれるので、あまり近づく者はおらん。その漆職人ぐらいであろう」


「漆は商売になるだろ?」

「えっ」

「だからそれはやめろっての。ならんのか?」


「大きな木からほんの少ししか採れないし、かぶれるし、そもそも漆なんか誰が買ってくれるのだ?」

「漆だけ作ってもたいした商売にはならんだろう。付加価値は低いからな。だがそれを使った漆器ならば、かなりの需要が見込めるぞ。それには職人が必要だ。ユウコ、その呑み屋で会ったという職人に連絡はつくか?」


「住所もスマホの番号も知らないよ?」

「なんでお前がスマホを知ってんだ。連絡は取れないなら、そいつと会った店は覚えているか?」

「うん、それなら覚えてるよ。惣菜のおいしいフジワラさん家だった」


「よし、今日からそのフジワラさん家には毎日通え。費用は俺が出す。そしてその職人を捕まえて連れて来い」

「うん。分かった。亀甲縛りでいいかな」

「職人を犯罪者にすんな! 普通にお願いしてここに来てもらえ」


「それとハニツ。漆器を作るなら漆師だけじゃだめだ。木の器を彫る人がいる。心当たりはないか?」

「ああ、それならキタカタが良いであろう。ここらでは名の知れた木地師(きじし)だ」


「よし、漆師が見つかったらそいつを呼び出してくれ。それから打ち合わせだ」

「分かった。漆器なんかが商売になるかどうか分からんが、お主がそう言うのなら間違いはあるまい。できる限りの協力はする」


 ということで、俺によるアイヅ漆器の制作プロジェクトがスタートするのである。


「だれんだをもらってきたノだ」

「ポレンタだ! ハニツ、これがトウモロコシを水で溶いて、バターや塩胡椒で味付けした料理だ。充分、ご飯の代わりになるものだ。このスプーンで食べて見ろ」

「ほぉ。いい匂いだ。どれ一口ぱく。……。なるほど、これはうまい。これがトウモロコシから作れるのか?!」


「トウモロコシならホッカイ国から安く買える。慣れない食べ物だろうけど、この飢饉を乗り切る間だけでもいい、これを領民に食べさせてくれ。牛乳とかチーズなどを入れてもうまい。付け合わせには野菜でも肉でも合う。そこは工夫してくれ」

「分かった。これなら喜んで食べてくれるだろう。ありがとう、ユウ!!」

「お礼なら、この危機を乗り切ってからにしてくれ」


「オウミ、これはなんという料理だと言ったかな?」

「だれんだ、というノだ」

「これを運んでくれたのは」

「我なノだ?」

「そこはだれんだ、というべきところであろう!」

「わ、わ、我にアドリブを期待してはダメなノだ」


 ということで、だれんだという料理名がアイヅで定着するのである。まったくもう。

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