第352話 ちょっとしたことが

「カメ、サツマ切子というか、紅いガラスはできそうか?」

「それがなかなか……」

「これまでにどんなことをやったか、経緯を報告してくれ」


「え? やったのはいろいろで、結果はまだできてませ痛いっ」

「それは経緯とはいわん! どんな試験をやってどんな結果だったのか、それを報告しろと言ってるんだ!!」


「あ、はい。ユウさん、な、なん、なんだか厳しくなった? ましたね。いま、いまのところ、これが一番近い色です、はい」


「これか。とても紅いとは言えないな。やや濃いめのピンクってとこか」

「ええ、あの紅水晶を砕いてガラスに混ぜると、赤系統の色にはなるんだけど、あ、なるのですが、これが限界なのです」


「いちいち、敬語使わなくていい。俺は事実が知りたいだけだ。ガラスと水晶の粉末は良く混ざるようだな」

「いや、だってなんか怖いんだもの。そう良く混ざるんだ。まるで同じガラスのように、同じ温度で溶けるから混ぜるのはすごく楽。だけど、色は水晶をどれだけたくさん入れてもこのぐらいにしかならない、どきどき」


「ふぅむ。ダメか。紅水晶を見たときはいけそうな気がしたんだが……いっそ、あの水晶を直接削ってグラスにするってのはできないか?」

「それもやってみた。それがこれなんだ」


「ダメか」

「ダメだな。削った部分が曇ってしまうんだ。どれだけ磨いてもこれはとれない。それに、単独ではどれだけ加熱しても溶けないから形を変えることもできない。ものすごく扱いにくい材料だ」


「魔力が入ってるから、現状保持能力が高いんだろうな。ということは粉末にする以外にこれをガラスに使う方法はないか」

「いまのところないな。な? いろいろやったけど結果はまだできてな痛いっ!」


「それは分かった。何度も言うな!」

「なんか、当たりがきついなもう」


「カメジロウさん、あの、これ捨ててもいいやつですよね?」


 と坊主がひとり一輪車(ネコ車)を押してやってきた。ガラスの破片などを運んでいるようだ。


「ああ、見習いのタカモリか。いいぞ、あと、こっちにあるのもそろそろ全部廃棄処分にしてくれ」

「はい、分かりました。これから順番に運びます」


「それって、全部失敗したやつか?」

「そう。ここにあるだけでも1トン近くはあるな」

「それだけやってもダメだったと……あれ? なんだ、あれは?」

「あれって? ゴミだが?」


「ちょっとタカモリ。待ってくれ。その破片を見せてくれ」

「え? はい。どうぞ」

「カメ、なんでこれはこんなに紅いんだ?」


「あれ? おかしいな、そんなもの見たことないぞ? タカモリ、これはどこから持ってきた?」

「え? あの、隣の廃棄物置き場ですけど」

「ちょっと見に行こう。案内してくれ」


「暑っ、暑っ、暑っ」

「このぐらいで暑がるなよ。こっちの部屋は高い温度で加工する窯があるから、暑いんだよ。たまたまここが廃棄物置き場になってるんだ」


「俺には灼熱地獄だ。タカモリ、さっきのはどこにあったものか分かるか?」

「えっと。その窯に一番近いところですけど。ほら、あそこにも同じようなものが」


「あ、ほんとだ。ユウさん。1cmほどしかない欠片だけど、かなり紅い。それにあちこちにあるな。どうしてこんなものができたんだ……おい、どした?」

「もうダメだ、暑い。こんなとこ無理」


「頑張れよ。これは確かに紅い……あれ? タカモリ、あの窯って稼働してたっけ?」

「ああ、あれは最新の高温窯です。1,800度まで上げられるとか」

「ああ、あの窯はもう稼働してるのか。通常は1,400度くらいにしかならないが、あれがあったら作業がもっと早くなるのにな……ユウ?」


「なあ、カメ。この紅いガラス、その窯の近くに行くほど増えてないか?」


 窯と窯の間を縫うように廃棄物が放置してある。それを置き場と呼んでいるが、置き場として決めてあるわけではない。ただ、ダメになったものを置く場所が他にないので、一時的に貯めてあるだけだ。


 安全衛生などという概念のない世界。廃材置き場も適当である。これもいつかはカイゼンしないとな。


 そして、廃棄物を定期的に処理するのは見習いの仕事のようである。


「そういえば、こういう色のガラスを見るようになったのは、あの窯が稼働を始めてからのような」


 高温の窯が稼働を始めてから? そして高温窯の近くにこの破片が多い……。


「ああっ!!」

「どうしたユウさん?!」

「カメ。紅水晶を入れたガラスはどのくらいある?」


「えっと。配合違いで4種類。それぞれ数キロぐらいはまだ残っているが?」

「それでまずコップを作れ。そのあと、溶けない程度の温度で加熱してみろ」


「どういうことだ? アニールでもするのか?」

「それに近い。そうするとひょにゃらにゃらにょん、くてっ」


「「あああっ、落ちた?!」」


「おい、おい!! ユウ! どうしたんだ?」

「ああ、これはいつものことだ。早くこの部屋から出そう。どこか休ませられる部屋はないか? 私が運ぶ」


「えっと、あんたは眷属のハタ坊さんだったな。案内するが、いったいどうしたんだ?」

「まあ、いうなれば」

「なれば?」

「暑気当たり、かな?」


「まだここに来て5分も経ってないぞ。当たるほどの時間かよ」

「身体が弱いんだよ、この子は」

「どんだけ弱いんだよ……」


「ちなみに、寒くても倒れるし、疲れても落ちるし、夜9時過ぎても寝るし、酒をほんのちょっぴり呑んでも前後不覚になるという」

「良くそれで生きていられるな」


「まったくだ。それより、さっきユウが言ったこと」

「あ? ああ、そうだった。アニールしろって言ったな。寝ている間にやっておくよ」


「なにか気づいたみたいだったから、ちゃんと報告できるようにしておけよ」

「分かったよ。だけどユウさん、なんか機嫌が悪くなかったか? 前のときはもっとフランクな人だったのに」

「ミノ国でちょっとしたことがあってな」




「アマテラス」

「なんだ、オヅヌ」

「お主はもう少し、体力をつけたほうがいい」


「小言ならもういらないよ!」

「そんなに怒るな。あの試合だって、すぐに息切れしていたではないか。来年戦うとき、あれではまたワシの圧勝だぞ」

「うぐっ」


「最近、怠けておるであろう?」

「うぐっ」


「ワシがお主専用のトレーニングメニューを作ってやったが、見たいか?」

「そんなもの、見たいわけがないでしょ! ほっといてよ、トレーニングぐらい勝手にやるわよ」


「そう、そうか。あの試合を思い出しながら、一晩寝ずに作ったのだが……」

「ちょっとぐらいなら見てあげてもいいかな」

「相変わらず素直じゃないやつだ。ほら。見る分には誰も損はしない」


「私が素直だったら天岩戸伝説なんてできてないわよ。ほら、さっさと寄こしなさいよ、なになに」

「最初はストレッチからだ」

「読めば分かるわよ。黙ってて!」


「しーん」

「ふむふむ。ああして、こうして、こうなって、ふむふ……む?」

「しーん」

「む?」


「しーん」

「読めない字があるのよ! 教えなさいよ!!」

「たったいま黙ってろって言ったばかりではないか」

「読めない字があるときは察するのが男でしょうが! これ、なんて字?」


「男と関係ないぞ……それは肩だ。かたと読む」

「あ、そう。それじゃこれは?」

「……それはひじだ」

「じゃあ、これ」


「お前、もしかして漢字が読めないのかっ!?」

「よ、読めない、ことはないわよ。これはじょうげ、とさゆうでしょ?」

「それはさゆうとじょうげ、だけどな。まるで読めてないではないか!?」


「うぐっ」

「じゃあ、ワシがいままで送った手紙は、誰かに読んでもらってたのか?」

「そんな失礼なことできるわけないでしょ! ちゃんと、保管してあるわよ」


「いや、読めよ!?」

「えーえー、そーよ。どうせ私は漢字も読めないアホよ。ひらがなだってちょっと怪しいんだからぐにょほほほほほへ。ひょっとなにするほ……むむ」


 これが出会ってから1,385年も経ってようやく成し遂げられた、世界で一番時間のかかったファーストキスであった。


「ギネスに申請するヨ」

「やめとけ。殺されるぞ」

「ぶるぶるぶるヨ」


「ところでハルミの件はどうなっぐわぁぁぁぁぁ」

「八つ当たりはやめヨげぇぇぇぉぉぉぉ」

「ワシはなにも言ってなぎゃぁぁぁぁ」


オヅヌ「ミノ国でちょっとしたことがあったようだな?」

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