第351話 開発品あれこれ
かくしてイセの名物として、イセラーは人気を博すことになった。
地域の特徴を考えて、いろいろなカイゼン――スープを濃くして量を少なくする、具は叉焼とネギだけにするなど――早く食べるための工夫も行ったしコストも下げた。
ゆっくりしていられない旅人には、それが大いに受けたようである。
そして50円という値段は、庶民でもたまになら食べに行けるレベルである。家族のちょっとしたお祝いに。初めてのデートに。祝日に。記念日に。そしてお祭りの屋台に。
「一生懸命探したのだが、今回はボケが見当たらないノだ?」
「いいのが浮かばなかったんだよ、いらんツッコみをするな!」
そしてイセラーは、旅の思いで作りにちょっと高めぐらいの値段で食べられる名産品、というポジションに定着したのである。
うまいのはもちろん、カロリーも高く栄養価も高いので、旅人にとって体力回復の役割も果たしたのである。
この人気を博した最大の要因が、あの剣舞であったことは皮肉である。
オヅヌとアマテラスの真剣勝負の末の恋物語も、ウズメとハルミのエロケンカ? の前には霞んでしまった。
人々の話題の比率でいうなら、オヅアマ2に対してウズハル8ぐらいである。宣伝効果も、ほぼその比率である。
「「「「俺私たちを漫才コンビみたいに混ぜて言うなでない!!」」」」
地元に戻った旅人は、おおいにそのうまさを吹聴してくれるであろう。そしてますます、イセラーの人気は上がって行くのである。
いまではこれを目当てにやってくる旅人までおり、イセ神宮の門前にあるお参り横町は、かつて経験したことのないほどの活況を呈していた。
「すごいことになったやん、イセ」
「ああ、イセラーはもうこの近辺では知らない者はいないほどの名物になったようだ」
「あれだけうまければそうなるやん」
「いや、うまいだけではここまではならない。宣伝効果というやつだとユウが言っていた」
「宣伝がここまで大切なものだとは知らなかったやん。我もなんか考えなきゃなぁ」
「がんばってくれ。俺はしばらくここの管理強化で手が一杯だ。来客が増えるとトラブルも多くなるし、店もどんどん増えるから地割りも考えないといかん」
「嬉しい悲鳴だな。税収も上がるやん」
「来年が楽しみだ。マイドのとこはどうなんだ?」
「カンサイにも店を出すように依頼はしてあるが、まだ始まってないやん。絶対売れるのになぁ」
「順番があるんだろ。イセにはもう5店舗が稼働している。年内にあと3つは増やす予定だ」
「げげ。そんな卑怯やん」
「卑怯なことあるか! ユウの意向でな、イセラーはここの名物として定着させるとのことだ」
「じゃあ、カンサイには来てくれやんのか?」
「そんなことはないだろう」
「だといいんだけどな。ここを見ているとうらやましくて仕方ないやん」
「ずるずるずる、まったくだわ。早くヤマトにも作ってもらわないとずるずる」
「イセラーを食べながらしゃべるな、ヤマト」
「ずるずる。うまいけど悔しい。食の街であるヤマトにない食べ物が、イセにだけあるなんてずるずるずるい」
「イセラーをすするついでにずるい言うな」
「でも次はうちだからな。ヤマトはその次やん」
「冗談ではないわ。どこよりも先にヤマトにすべきなのに、イセなんかに持って行かれたのよ。次はうちに決まってるでしょ」
「いや、なにも持って行ったつもりはないが」
「いやいや、これ以上待てやん。すぐにもカンサイで広めるやん。ヤマトなんかその次でいいやん」
「どこどこどこどこどこどこ」
「なんでタケウノウチスクネが、こんなややこしいところに出てくるんだよ!」
「忘れたころに出てくるキャラやん?」
「ユウからお前らに伝言がある」
「「「あ、オオクニ様?」」」
「これからイセラーの改良を行うので、それが済むまで待てとのことだ」
「どこどこどこどこ」
「どこどこはいいから。なんだ改良って。我はこれで充分気に入っているやん?」
「ユウが言うには、地域にはそれぞれにあったイセラーが必要だとのことだ」
「どうしてよ。うまけりゃいいでしょずる?」
「イセラーをそのままヤマトで売ったとしても売れはするだろうが、それではヤマトの名産にはならんと」
「ずるずる?」
「イセの名物をヤマトで売っているだけになるだろう?」
「ずる」
「返事をイセラーすする音でするのやめーや、ヤマト」
「ということは、ヤマトには専用のイセラー……じゃなくて、ヤマラー? とかいうのができるということね?」
「ネーミングはともかく、そういうことだ」
「じゃ、うちにはカンサイラーか。いかすやん。それで頼むと言っておいてくれ」
「伝えよう。ただし、次はイズモだからな。お前らはその後だ」
「「「ふぁぁぁぁ!?」」」
「どこどこどこどこどこ」
俺が目指すのは地域密着型ラーメンである。
「それ、ついさっき思い付いたんだろ?」
「もちろんだ……って今回のツッコみやくはハタ坊か。3バカはどうした?」
「あのふわふわ作りのために、ネコウサ水晶に一生懸命魔力を込めているようだ」
「魔力の余裕のあるときに少しずつって言ったのに、なにやってんだろな、あのアホどもは。魔ネコの小さいやつでふわふわができるとしても、1個50万はするのに」
「ミノウがそそのかしたようだぞ。ふわふわ作りがうまくいけば、スクナの自転車を壊さなくても済むからな」
ふわふわというのは、空飛ぶのこと雲である。バッテリーのいらない自力浮揚型ドローンである。
どこかの教祖様がやるインチキ人体浮揚などとはわけが違う。これは本当に浮くのである。ただし現状では、人を乗せられるほどの浮上力があるわけではないし、動かすには魔力も必要だ。
しかし魅惑的な商品であることは間違いがない。だから予算をとってイリヒメにその開発をまかせている。その試験のために魔王の力が必要と言われて貸し出したのであった。
ミノウにとっては渡りに船であった。試験のどさくさで自分のふわふわを作ることができれば、スクナの自転車をふわふわに変える必要がなくなるからだ。
スクナの眷属になってまで欲しがった自転車であるが、スクナは喜んで使っているので、残せるのならそれに越したことはない。
それを知った俺は、魔力の余裕のあるときにやれよ、という指示をして、気前よくミノウを貸し出したのだ。
それを面白がって、オウミとイズナもくっついて行ったらしい。オウミなんかふわふわがふたつになってどうするつもりなのか分からないが、その作業に相当のめり込んでるようである。
まあ、それで開発が進むなら俺としては良しである。これが完成すれば、この世界にまた新たな文明が起こることになる。
そしたら丸儲けである。もははははは。安眠枕を作ってやる!
「ユウ。トンコツスープを作ってたら、会社中の人に怒られた」
「ウエモンか、なにをしたんだ?」
この世界に豚はいない。イノシシはいるが数が少ない。だから叉焼とはいっても原料は牛であるし、トンコツといっても原料は牛である。
……ちっともトンじゃねぇだろ! というツッコみはこっちの世界に来てから言ってもらいたいものである。
強いうまみと強烈な風味。それが動物系スープの特徴である。これができると、ラーメンのラインナップが一気に増えるのだ。だからウエモンに開発を命じたのである。
牛骨を強火でごとごとと煮ると、骨が砕けてそこからコラーゲンがしみ出す。そのためにスープは白濁する。この強烈な味わいには、太くてまっすぐな麺にとてもよく会う。
麺はモナカが担当である。このスープならかん水を多めにに使ってもスープがその臭いを消してくれる。そうすると生地は柔らかくなり、極細麺を作ることができるのだ。
このスープなら縮れは必要ない、というよりむしろ邪魔だ。加水率も少なめでまっすぐのストレート麺。それを固めに茹でろと指示してある。
「煮込んでいたらえらく臭った」
「血抜きはしたのか?」
「言われた通りした。それを鍋にいれて下ゆでしていたら、それはもうすざまじい生ゴミの臭いで」
「それでどうした?」
「そのまま3日ほど放置した」
「だぁぁぁ、それをどこでやった? まさか」
「どこでってシキ研の屋上に決まっておる」
「それ、俺の寝室じゃねぇか!! そこでそんな臭いがするものを3日も煮たのか!!」
「シキ研中にその臭いが染みこんだ」
「怒られて当然だ!! ってか俺の住み処を返せ!!」
「タケウチに3畳1間が」
「やかましいわ! どうしても俺はそこかよ!」
俺、所長なんだけど定期。
「で、どうすればいい?」
「血抜き・あく取りをしている最中には、どうしても臭いは出るからな。ああ、スクナが作ってくれた俺のペントハウスが……。もういい、そこをラーメン開発の専用室にしよう。臭いに関しては室内に入らないように、換気ダクトをつけろ。ソウかコウセイさんが知ってるから聞いてみろ。屋上なのは幸いだ。上空に臭いを逃がしてしまえばいい。ダクトで室内を負圧にしてやれば、もう下の階には臭いは行かない」
「分かった。コウセイさんに聞いてみる」
「ユウさん、これでどうでしょう?」
「ベータか。タレの改良か?」
「そうです。こちらが、醤油ダレ、こちらが味噌ダレ。それと、これが僕が考案したタレです」
「ベータが考案したタレ?」
「ええ、スクナさんにあごだしの作り方を聞いたときに思ったんですけど、あれ、トビウオを焼いてから干して粉末にするそうですね。だからタレも焼いてやろうかと思って」
「タレを焼いたのか?!」
「あ、いえ。焼いたのは素材の段階です。ネギ、煮干し、イワシの骨、牛脂、ニンニク、椎茸、玉ねぎ、キャベツなどを油でみっちり炒めてから漬け込んでみました。そしたら一風変わった味わいのものになったのです」
「ほぉ。いろいろ考えたんだな。ニンニクを油で炒めるというのは中華料理にある、まー油というやつだったと思ったが、どれ、ふむふむ」
俺は箸の先に少しだけベータのタレをつけてなめてみた。確かに一風変わった味がする。かなり強烈な味わいだが悪くはない。ただ、問題はこれをラーメンスープで割ったときの味だ。この状態では濃すぎて判別がつかない。そもそも俺の味覚があまりあてにならない。
「良く分からんが、この香ばしさは使えるかも知れないな。一度試してみよう。ただ個性がありすぎてラーメンのバランスが悪くなりそうな……まてよ? タレの個性が強すぎるなら、個性の強すぎるスープに使えばいいじゃないか!?」
「え? 個性の強いスープですか?」
「あっ!! これはいけるぞ! ベータ。これはお前の最初の開発品になったかも知れない。ウエモンに、トンコツスープを持って来させろ! すぐだ」
「了解です! 行ってきます!!」
「ついでに、手の空いているものは全員呼んでこい。試食させよう」
そして試食会となった。
「ユウ、なんかまだ部屋中が臭いんだけど」
「ミヨシ、トンコツとは本来そういうものなんだ。しかし、これでは好き嫌いがはっきりしてしまうので、臭いについては対策をする予定だ。だが今回はまだ途中だから我慢してくれ」
「うえぇ。食べ物の匂いじゃないぞ、それになんだその真っ白の液体は」
「なんじゃこりゃ。こんな臭いところへワシらをわざわざ呼んだのか」
「ヤッサンもじじいも文句言うな。慣れてないからだよ。しかし、この白く濁ったラーメンの味だけは俺が保証する。まあ、黙って食べて見ろ」
用意されたラーメンどんぶり(特注で作らせた)に、ベータが特性のタレを入れる。そこにウエモンがトンコツスープを注ぐ。そしてモナカ作のストレート麺固ゆでを入れると、トンコツラーメン(試作品)の完成である。
「じゃあ、ベータ。記念すべきお前の作品第1号だ。食べて見ろ」
「はい。では失礼して。まずはスープから……!!??」
上品か! 音を立てずにスープを飲みやがった。
「うん! 思った通りです。これは異世界の味です」
いや、こっちが異世界……こっちから見ればあっちが異世界なのか?
「うんうん。これは良いものになりましたよ、では麺もいただきますずるずるずるずる」
さすがに麺は音を立てずには食べられないようだ。
「うぉぉぉおおお!!!!!」
なんだその野生の雄叫びは。
「お、おいしい!! なんですかこの深い味わいは。いろんな味がまぜこぜになってどんな味なのか、僕には説明することができません、だけどああ、手が止まらない、ずるずるずるずるおいしいおいしい」
「あ、あんなにおいしそうに食べてるじゅる」
「ベータが口を付けたから、みんなもう遠慮はいらない。食べてくれ。俺もいただくとしよう」
そしてそのトンコツラーメン@ベータレ(ベータの作ったタレ)品は、シキ研最大のヒット商品へと、成長して行くのである。
「あの、私のニホン刀の話がまだ出てこないのだが」
「お前はもうミノオウハル1本な」
「うぐぇぇぇぇぉぉぉぇぇぁぃぃぃ」
「どんなうめき声だよ。やっさんには聞いてみたか?」
「ヤッサンも、さすがにアレは直せないって。性質の異なる鉄を4層に重ねた上で叩いているので、中で混ざりに混ざっている。それを元に戻すなど不可能だと。作り直しすかないと」
「そうか、なら諦めろ」
「うぐぇぇぇぉぉぉ」
「だからそれは止めろ!」
「買うから出世払いにしてくれぇ」
「お前の給料っていくらだ?」
「今はまだ見習いだから、月に5,000円」
「ニホン刀は、安いものでも120万はするしろものだぞ? それをどうやって返済するつもりだ? その上に新しいのを買うってのか」
「うぐぇぇぇぇぇ」
「だからそれはよせっての」
「ユウさん、私がそれを負担しましょう」
「えええっ!! エース?」
「公爵様、良いのですか?!」
「こら! ハルミ。そんなものタダってわけに行くわけないだろ。エース、その申し出にはなにか条件が付くんだよな?」
「さすがユウさん、話が早いですね」
「そそ、そのその、その条件とはなんですか。私のできることならなん、なん、なんでもします!!」
「そこからは私からお話しましょう。ハルミさん、ユウさん」
そしてレンチョンが厳かに言った。
「公爵様は、ハルミさんを正式に奥様にと、所望されております」
ふぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?
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