第349話 勝負の行方は

 その瞬間、会場にいる誰もが目を剥いた。


 ハルミの斬撃は、まったくの無音で空気を引き裂き、目の前にいるウズメを襲った。


 427の斬撃の正体は、風と光によるコンビネーションである。直進する光の斬撃を、風が見えないレンズを作って分散させるという技なのである。


 そのために、427の斬撃を目で見ることはとても難しい。少しでも見えるのは、厳しい修行をした者か、もともとそれの見える資質のある者だけである。


 この会場でそれができたのは、ミノウとオヅヌぐらいであろう。それ以外――魔王も例外ではない――の者はただ、その結果でなにかが飛んだようだと知るだけである。


 ウズメはその猛烈な圧力に耐えきれず、5mほど後方に吹っ飛ばされた。飛び散ったすべての衣類と共に。


 どぉんという音を立ててウズメが地に落ちると、そこで気を失って大の字に寝転んだ。

 しかしハルミの衣類もまた、自分の発した衝撃によってすべてはがれて落ちていた。


 ただ、ハルミは息を切らしながらもまだ立っている。勝負はどうなったのだろう。


「いやいやいや。もともと勝負なんかないヨ。剣舞はどうなったのヨ、剣舞は!!」


 珍しくミノウが怒っている。でもお前、会場中の人から姿が丸見えだけど、隠れてなくていいのか? そんなにはしゃいじゃって、ある意味ハルミより恥ずかしい魔王になってるぞ。


「ハルミは勝ったノか? 負けたノか? どっちなノだ? 誰か審判をするノだ」


 お前も会場の人に囲まれてそうとう恥ずかしいことになってんな、オウミ。


 そのとき、会場からひとりの人間が拍手を始めた。オヅヌである。


「見事であったぞ! ふたりとも」


 その言葉を聞いて、釣られるように、ひとり、またひとりと拍手をする者が増えていった。

 そしてとうとう、それが会場中を埋め尽くした。その次は称賛の嵐である。


 良く分からんが、なんだかすごかったな。最後のアレはいったいなんだった? 俺には良く聞こえなかったが、なんとかさらし? とか言ってたようだったが。俺の耳が間違ってなければおちんちんと言ってた。アホか、そんなわけがあるかぁ! ハルミって人は仮にも聖騎士様だぞ。いや、俺にもそう聞こえたが? 俺もだ。俺もよ。我もそう聞こえたノだ。オウミ様、そうですよね。俺の耳は確かだった。そうなのか。オウミ様がそうおっしゃるのなら。


 オウミ、お前が広めてどうするよ。ハルミに惨殺されるぞ。


「あれ。ということはだ、おまいら」

「なんだ、どうした、改まって?」

「あの聖騎士様は『おちんちん晒し』って言ったことになるぞ?」


「「「「「えっ?」」」」」


 そ、そんなことが? あるのか? 実際にあったよな。なんて素晴らしいこと? おう、そうだな。それなら俺のを出してもいいぞ? いらねぇよ。じゃあ、俺のを。待て、それなら俺も。


 なんでそうなるんだ!? スラッシュという発音が聞き取りにくいことは理解できるが、どうしてそっちに行くんだよ。


「あれ。ということはだ、おまいら」

「なんだ、またコピペか?」

「あの聖騎士様が放ったのは、セイシってことになるのか?」


「「「「「はああっ?」」」」」


 な、なんという、男らしい聖騎士様だ。あれだけの巨乳なのに? 巨乳は関係ないだろ。でも、あれでパフパフされたら1分と持たない自信があるぞ。それ、自信じゃないから。男らしいは違うと思うヨ? でもミノウ様、あんな恥ずかしいセリフをこんな大衆の面前で。しかも放ったのですよ? そのこと自体が恥ずかしいノだ。だからあんなにたくさん出るんだ。むしろ出ちゃったというべきか。


 お前ら、すっかり会場の人たちに馴染んじゃったなおい!


 会場では、いろいろと誤解が積み重なっているようである。一方、戦闘場のほうでは、しばらく伸びていたウズメが目を覚まし、自分の姿を見てぎゃぁぁぁぁと叫んで股を抑えた。


「な、な、なんで、なんで私が裸にされているのよ! おいこら、ハルミ、お前はなにしてくれとんじゃ!」


 膝を抱えて縮こまり、必死になって両手で隠すウズメであるが、しばらく大の字に寝ていたのだから、いまさらである。


「師匠、キャラが微妙に壊れてます。それで負けを認めますね」

「そ、それは……、お前も素っ裸ではないか?」


「え? いえ、私はまだ股間にちょっとだけ切れ端が残ってきゃぁぁぁぁ」


 改めて言われて、自分の姿を確認すると、急に羞恥心に襲われたハルミもまた、その場でしゃがみ込んだ。


「そそその切れ端というのは、そのほのかに生えたヘアのことか!」

「ち、ちが、違います!! これは、その、あの」


 そこにずかずかと乱入してきた男がいた。オヅヌである。


「ふたりとも、良く戦った。この勝負、引き分けとする!!」


 お前はなにを勝手に審判役を買って出てるんだよ!?


「いやいやいやいや。そもそもこれは勝負などではなかったと言っておるヨ。我は剣舞を」


「ふたりとも立て」

「「はいっ?」」


「立って会場に挨拶をしろ。見事な戦い振りにみな驚愕しておるではないか」


 一糸まとわぬ姿に驚愕しているんですが、それは。


「あ、いや、だけど、私はその」

「ええっ、ちょっと待ってくださ」


 オヅヌは片手でハルミの手を、もう片手でウズメの手をとって、ぐいっと引き寄せた。


 贅肉のない身体は、かるがるとふたりを持ち上げ手を挙げさせた。そのために、ふたりが身体を隠せるのは片手だけとなってしまった。片手で必死で股間を押さえるふたり。


 なんども書いているが、オヅヌは裸を苦にしない。それを見て勃起したとしても、それも自然現象と考えている。


 だから、ふたりとも素っ裸であることを意に介していないのである。羞恥という概念を、遙か昔に修行によって克服してしまった男なのである。


 しかしまだ克服していないふたりにとって、これは悪意のない悪魔の所業に匹敵する。しかし会場の――それも男性陣――は沸いていた。オヅヌの意向とはまったく違った意味で。


 すげー。ナイス尻! いや、褒めるとこはそこじゃない。ナイスオヅヌ様! そこだ! そこなノか? そこですよオウミ様。しかしあれだな、これは画竜点睛を欠くっていうか。それもそうだな。そこまでやったのなら全部見せてもらいたいものだが。うむ、手で隠すなんて邪道だよな。むしろ王道だと思うのだヨ? 確かにあれはあれでエロいですね。でもやっぱりなぁ。さっきは寝ていたから良く見えなかったんだ。立ち姿でぜひあれを。しかしあの無骨でなるオヅヌ様がそんなサービスをしてくれるはずが。


 オヅヌのカリスマは、特にこの地域では魔王さえも凌ぐ。そのオヅヌが引き分け宣言をして、ふたりを立たせているのである。


 戸惑いながらも、観客からふたたび拍手が沸き起こった。それに応えないわけにはいかない状況ができあがった。それがふたりを羞恥のズンドコに突き落とすのである。


「どんぞこではないノか」

「いわゆる、昼のバラエティ番組の司会者の名言だ」

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