第347話 ウズメ対ハルミ

 剣舞。ただ、剣を持って踊るだけの簡単なお仕事です?


「そんなわけあるかぁ!」


 と怒っているのはウズメである。


 元の世界でなら詩吟をBGMにして舞うのであるが、こちらにはそういう文化はないそうだ。そもそも音楽というものを聞いたことがない。あるんだろうか? なければJ-POPを流行らせようかな? 儲かるかな?


 ともかく、剣舞の正装(紋付き・袴)に身をくるんだふたりは、少しもエロくない。これがどうやって脱げて行くのか、非常に楽しみである。


「そういう楽しみ方は違うと思うヨ。剣の型に沿った動き、足の運び、構え方、斬り方。実戦ではあり得ないが、その磨き抜かれた無駄のない動きは、見ていて惚れ惚れするのだヨ」

「ミノウは、そういうの好きなのか?」

「我は剣舞には目がないのだヨ」


 おかしな魔王もいたものである。そういえば、ハルミに抜刀術を教えたのもミノウだったな。ひてんみつるぎりゅう……も知ってたし。ちゃんばらごっこごが好きな魔王か。


「いや、好きなのは武術全般であって、ちゃんばらなどではないヨ」

「毎日オウミとちゃんばらごっこやってるくせに?」


 ふたりが会場に向かって礼をすると、剣舞は始まった。ウズメが剣を横一直線に構え、ハルミはいつもの抜刀ではなく正眼の構え……。


 ここで、会場には小さな笑いが起こった。不似合いな構え――というよりは刀――が目に入ってしまい、一所懸命笑いを堪えているのだ。


 短いのである。ミノオウハルは最初よりは少し長くなったとは言え、まだ脇差しのレベルにも達していない。長めの短刀といったところである。


 悪いことに、それを見たウズメまでが笑ってしまった。ハルミの顔は真っ赤である。


「れ、練習のときより、ずいぶん短くなりましたわね、その刀」

「さっき、曲がってしまったので、代用品です。気にしないで行きましょう」


 曲がったのではない。ハルミが曲げたのだが。しかし、俺は知らなかった。ふたりでやる剣舞には、刀同士を合わせて音を立てる、というシーンもあったのだ。


 振り付けはウズメのオリジナルだそうだが、それでも剣舞の基本から大きく離れているわけではない。


 しかし片方の刀が短いと、ふたりの間合いはずいぶんと近いものになる。


 どうにもこうにも、それが不自然なのである。ハルミも戸惑っているが、ウズメも戸惑っている。ウズメにとってもこんなケースは始めてなのである。2日ほどの集中練習のほとんど徒労になっていた。


「ミノウ、これはこれで良いものか?」

「ちょっと、我が期待していたものとは、違うヨ」


 会場からはちょこちょこ笑いが起こる。もしかするとウズメにも、おちゃらけ度という特性値があるのかも知れない。それともハルミの病気が移ったか。


 そのうち、間合いを間違えたウズメの刀が、ハルミに当たってしまった。


 あっ、と思ったときには、ハルミの袴の右足(太もも)部分を切り裂いていた。ハルミに切りかかるタイミングが、早すぎて前につんのめったのである。


「ああ。ごめんなさい、ハルミさん。大丈夫ですか?」

「あ、ああ。大丈夫だ。袴の上っ面を切れただけです」


「間合いがとれないのよ。またやったらごめんなさいね」

「えっ」


 ウズメもちょっとむかついているのである。笑われたのは、直接的にはハルミのほうであろう。しかし、自分も巻き添えを食ったと感じている。


 ウズメもハルミの行動を観客席から見ていた。子供たちを助けようとしての行動だったことも知っている。そして無駄なことをしたことにも気づいている。そのときは、ウズメも一緒になって大笑いしたのだ。


 だがその結果、ハルミの愛刀が失われて、こんなちんちくりん――ウズメのはそう見えた――を持ち出してくるなんて。他に刀なんかいくらでもあるでしょうが。


 ハルミに責任があるとまでは言い切れないが、それでもどこか不愉快なのである。なければ買えよ、と言いたいぐらいである。


 ウズメは自分の剣舞までもが笑われている。どうしてもその思いから抜けきれずにいた。


 それがこのイジワルな行動となって現れた。


「あの、ウズメさん。いまのは明らかに……」

「えいやぁぁぁ! さくっ」

「ああっ」


 ふたたびウズメが剣を振ると、その打突(だとつ)がハルミの肩をかすめて何枚かの布を切り裂いた。

 顔の真横を通る極めて危険な技である。剣舞ですることではない。


 ハルミもカチンと来た。剣技大会でもやって良いことといけないことがある。ハルミが幼少組の指南役のときは、そのこと――特に危険行為――に関しては厳しく指導したのだ。


 これはやってはいけない行為である。しかも、これは本来ただの舞であったはずだ。それなのに。


 ウズメはそれでも止まらない。さらに横に払い縦に振り下ろし、そして突きを繰り出す。


 刀身の短いミノウオウハルでは避けることも困難である。それでも必死に避けるハルミであるが、1撃のたびに着ているものが少しずつ剥がれて行く。


「なるほど。こうなるわけか」

「なにをやっておるのだ、あのふたりは。これは舞ではないヨ。せっかくに剣舞がだいなしだヨ」

「まあ、それはそれとして、これはこれだ」

「どれがどれヨ!?」

「恐るべしはエロエロ度なりけり、ノだ」


 相手の意識が剣舞から離れたことを確信したハルミであったが、いかんせんこの短いミノオウハルでは反撃のしようがない。俊敏性だけならオヅヌにもひけをとらないハルミだが、倍以上もある刀身の長さの差を埋めるほどにはならない。


 そのために、ちらっちらっとユウのほうを見ることになる。


「し、しら、知らないんだからね」


 と気づかないフリをするユウであるが、こういうときに諦めないのはハルミの良いところ? である。


「びゅん!」

「すっ、ちらっ」


 ウズメが攻撃して、それを避けながらユウを見た音である。


「でやぁぁぁぁぁぁっ!」

「さささっ、ちらっ」


 ウズメが切りかかったのを横に避けて、ユウを見た音である。少しだけ袴の破片が飛び散っているけれど。


「もう、分かったよ! 使うことを許す。その代わり、絶対に負けるな!!!」


 根負けしてしまった。俺はハルミに、飛ぶ斬撃の使用を許可したのだ。ミノウオウハルの機能を勝手に使うなと、きつく言っておいたのだが、結局はこうなってしまった。そうでもしないと、このまま一方的にハルミが脱がされることになる。


 それはそれで良いかも知れないな?


「酷いノだ!」


 そうだ、良くない。ウズメも一緒に脱がしてなんぼであろう。この話的に。


 問題は、これだけの観衆の中でミノオウハルを使った場合、あの不思議な剣に注目するやつがでてくるかも知れない。会場にはイセもマイドもいるのだ。あ、オヅヌもいたな。そいつらを、どうやって誤魔化すか、どうやって俺にも作れという依頼を断るか。それは重大な問題となるはずである。


 エロくなる分にはいくらなってもいいけどなぁ。さて、いかに?!

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