第345話 ハルミの剣

 このあと、最後のエキシビションイベントが控えている。ハルミとウズメによる剣舞会である。


 これは武芸の型を見せるだけのもので、戦いではない。だから、本来ならエロシーンなどになるはずはないのだが、しかし何故か、ならないはずはないのである。


「良く分からないけど、分かったノだ」

「お前も最近は、俺に染まってきたな」



 そんなことはともかくとして。


 かなりの勢いで転がった1トン超の鉄の塊は、戦闘場を横断だか縦断だかしてエッジにたどり着き、そこから遮るもののない観客席に飛び込もうとしていた。


 今日は戦闘の予定はないので、アマテラスの結界を張っていなかったのが第1の不幸であった。

 オヅヌが、蹴り落とせばその場に落ちて終わりだと思っていたことが第2の不幸。

 俺が(というよりゼンシンが)見事なまでに正確な円柱を作っていた(ために良く転がった)ことが第3の不幸であった。


 観客席にいた幼少組の集団にとって、ではない。ハルミにとってである。


 エロエロ度7,250という数字に隠れて目立たないが、おちゃらけ度も1,060というとんでもない数値の持ち主なのである。


 かつて、丸太をレイピアで5mもすっ飛ばしたというお笑い伝説の持ち主である。

 その特性値が、ともすれば深刻な事態になりかねないこの場面で、遺憾なく発揮されるのである。


 そのハルミも年齢を重ねて、技能もスキルも向上し、筋力体力は増強され、いまでは初級聖騎士にまでなっている。


 しかし、おちゃらけ度だけはなんともならないのであった。


 転がり落ちる鉄棒の先に、子供たちがいると察したハルミは、鉄棒に向けて戦闘場の外周を猛ダッシュした。大丈夫、私なら間に合う。そう思いながら腰のニホン刀を握っていた。


 たったいま、オヅヌの見事な剣技を見たばかりである。その興奮冷めやらぬ気持ちに、自分もあれをやってみたいというアホな欲望が重なっていた。そこに現れたのが、転がる鉄棒である。


 さらに子供たちを救うため、という立派な大義名分までも用意されたのだ。このシチュエーションでこの女が動かないはずはない。


 ハルミは猛ダッシュで子供たちと鉄棒との間に入り、腰を落としニホン刀の柄に手をかけた。


「待て、ハルミ!! それは無理だ!」


 俺は叫んだ。止まっている鉄ならともかく、ころころと転がって来る1トンもの鉄を、刀ごときで止められるはずはないのだ。


 当たった瞬間にぽっきり折れてそれでおしまいだ。1トンだぞ、1トン。ヴィッツRSとほとんど同じだ。ハルミの身にだって危険がある。

 そんなに大きくは見ないだろうけど、比重7.85の鉄塊だぞ。直径21cmで長さ50cmもの鉄棒だぞ。


 この女は慣性の法則も知らないのか……知るはずはないか? あぁ、もうそれどころじゃない。そんなものを斬ろうとすんな! 斬るならせめてミノウオウハルを使え……いや、こんな大勢の前それはそれでダメだが。


 いっそ逃げろ! その子たちを抱えて逃げあぁぁぁぁ、もう構えに入っちゃったよ! 後ろの子たちはニコニコしながら見てんじゃねぇよ! お前らが逃げろっての!! あぁあ、もう知ーらない。


 俺の葛藤などどこ吹く風のハルミは、目の前に転がって来た鉄棒に向かって、ミノウに教わった抜刀術の構えをとる。そしてその間合いに入った瞬間!!


 ずざんっ!! という良く分からない音が会場に響いた。ハルミの刀が鉄1トンを受け止めたのだ。いや、斬りにいったんじゃないのか?


「ぐぐぐぐっ、こ、この、このぉぉ」


 なんでハルミは、鉄棒とがっぷり四つに組んでるんですかね?


「ぐぐぐぐ、がっあは、くぅぅぅぅ」


 刀を折らずに受け止めたというだけでいい加減奇跡なのだが、この上になにをやらかすつもりだ?


「ぐっぐっ、ぐぅぅぉぉぉおおぉぉおおお」


 なんか気合いの入れ方が変わって来た?


「ぐおぉぉおおおっ、えいやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 あ、投げ飛ばした!?


 あいつは鉄棒を斬りに行ったはずなのに、なんで鉄棒はふっとんで行くんですかね?


 ハルミが渾身の力を振り絞ってニホン刀を振り抜くと、鉄棒はニホン刀から離れ、円弧を描いて戦闘場中央に向かって飛んで行った。その飛距離たるや14mはあったという(後日測定した結果)。


 その瞬間。会場は爆笑に包まれた。


 必死で子供たちを救ったつもりなのはハルミだけで、当の子供たちは笑って見ていただけである。またハルミのニホン刀が、真ん中からぐねっとほぼ直角に曲がってしまったことも笑いを誘った。


 な、なんだ、あれ。直角に曲がってんぞあははは。おかしー、そんな必死で止めなくても、あの前には溝が掘ってあって当たる気遣いはないのに、あんな必死でだははははは。こ、こら、笑ってやるな、あの子なりに必死で止めてくれようとだははははは。あんな重そうな鉄棒をあんなに飛ばせるのかわははははは。あかん、腹が痛てぇ、だ、だれか止めてくれわはははは。すごい馬鹿力あははははは。


 なるほど、あの(幼少組だったときにやった剣技)ときのハルミもこうだったわけか。


 戦闘場と会場との間には、万が一に備えて溝が掘ってある。幅1m程度であるが、転がっている鉄棒ならそれを乗り越える心配はない。


 戦闘場の中央からは近づかないと見えないので、オヅヌが慌てたのは仕方がない。しかし、ハルミは戦闘場の外側をぐるりと回り込んだのだ。溝の存在に気づいていないはずはない。


「いや、あの、私は、あぁぁぁぁ、大切なニホン刀がぁぁぁぁぁ」


 ハルミのニホン刀は初期に作ったやつで、現在のもの(オヅヌにプレゼントしたもの)に比べれば強度も価格も低い。時価でいうなら120万というところである。しかし、それでもこの世界ではダントツの強度と値段を誇る。


 それを、ハルミは見事におれは直角にしてしまった。直角斬りではない、刀のほうが直角になったのである。それが急を要する場面であるなら、子供たちを救った英雄であるなら、そのぐらいの被害はチャラにもなるのだが。


 やる必要のないことを、勝手にやって曲げたのである。この損失は大きい。身体で払ってもらうしかあるまい。


 それと、もうこいつに刀を持たせるのは止めようと思う。2度あることは3度あるという。また曲げてしまうだけだ。ミノウオウハル1本で充分である。


 あれは人前では使えないけどボソッ。


「お、おぬ、お主は。その、ぷっ。たっ、たいした、もの、だったぷっぞ」


 笑いを必死で堪えるオヅヌの褒め言葉であるが、いまのハルミにはそれは泣きっ面に蜂でしかない。それによって、せっかく治まりかけた会場の笑いが、本格化してしまったのである。


 わははははは。いやぁ、いいものを見せてもらいましたなあはははは。あの落ち込んでるハルミという子可愛いなははははは。身体は大人なのにやることはまだ子供だははははは。仕事があるのに無理して来てよかったあはははは。イセラーが霞んだなあはははは。ぐおぉぉおおおっ、えいやぁだってわはははは。止めて止めて、思い出させないだははははは。鉄を投げ飛ばすっていったいどういうあはははは。


 イセラーってもう定着してるのか? ひとり気になることを言ったが、それはまあいつものこととして。会場にいる約3,500人から笑いをとったハルミ。


 こんな芸当はクプクドゥブフでもなかなかできないことである。たいした女である。


「新作なノか?」

「知る人ぞ知るだよ」


「褒めたことになっとらんわ!!! 私は、私は、私は剣士わぁぁぁぁぁぁん」

「あと、そのニホン刀、お前の責任で弁償だからな。働いて返せよ」

「えぇぇぇ!?」


「こ、こんなときに、そんなこと言ってやるなヨ」

「落ち込んでいるハルミに、その言葉はないノだ。お主は鬼か」


 俺が鬼ならお前らは鬼火か。火の玉か。

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