第344話 ころころころがって?
くそ、こんなことになるなら、鉄棒にヒビを入れる技術でも開発しておけばよかった。
「ヒビがあったら斬ったあとにバレちゃうでしょうが」
「スクナ、それはそうなんだけどさ、こんちくしお」
「あら、ユウさんのそれ、久しぶり」
オヅヌがあんなことを言うものだから、昨夜は、徹夜で鉄棒(軟鉄)作りを行うはめになった。なるべく柔らかい鉄を用意する、それが至上命令だったのである。
鉄は炭素が入るほど硬くなる。だから、鉄からいかに炭素を抜くか――つまり脱炭するか――ということである。
それは炭素を入れるときと逆のことをすればいい、単純に酸素雰囲気の中で加熱するだけである。
しかし20cmもの太さになると、どのぐらいの温度でどのくらいの時間加熱すれば、どのくらい炭素が抜けるのか。そんなデータはタケウチ工房にはなかったのである。もちろんそんなノウハウを持っているものもひとりもいなかった。
炭素を入れて硬くするのならいつもやっていることなので、かなりのノウハウが蓄積されているが、炭素を抜くなんていうニーズはいままでなかったのだ。そのためにずいぶん苦労をした。
らしいぞ、ゼンシンが。
「自分がやったように書いていたではないかヨ?!」
「俺が徹夜とかやれるわけないだろ。9時には寝ちゃうんだから」
「そうだったノだ。なんか不合理なものを感じるノだ」
「それもいつものことだろ」
そして明け方になってできあがったのが、直径21cmで長さ1mの鉄棒である。
総重量2.8トンというとんでもないしろものである。当然、ひとりで持てるはずもなく……魔王が転送したんだけどね。
「便利だな、お前らの能力!」
「なん、なんだヨ、なんで怒られないといけないヨ」
「怒ってない。呆れてるんだ」
「どこに呆れる要素があるノだ?」
そして、昨日と同じ戦闘場に鉄棒は運び込まれた。あとの問題は、どうやってこれを固定するのかということになる。
穴を掘って埋めるには長さ1mは短すぎる。直径が20cmもあるのだから、確実に固定するためには半分くらい(50cm)は埋めないといけないだろう。しかし、それではとても斬りにくいものになる。
やはりトヨタ総会でエースがやったように、ふたつの台の上に乗せて……。
「それはワシの弟子にやらせる。ムシマロ、ヤマメ。それを立たせろ。そしてそのまま持っておれ」
「はぁ? たったふたりでそれをやるのか?」
「ワシが鍛えている弟子だ。わけはないよ」
まじかよ? と驚く俺たちを尻目に、オヅヌに指示されたふたりは会場の真ん中に置かれた鉄棒の片方に手をかけた。
片方が地面についているから半分の力でいいとはいえ、それでも1.5トンはある。それに持ちにくい円形の棒である。それをたったふたりで持ち上げ、そのまま垂直の位置に立てたのである。
「へぇぇいやぁぁぁぁ!!」
というかけ声と共に。
うむ、さすがニホン1の修験者の弟子である。鍛えれば全身バネになるありなみんAである。
会場から拍手が沸き起こる。これだけでも結構な見世物になったようである。
立たせたあとはムシマロだけが残り、倒れないように鉄棒に手をかけて立っている。その状態で斬るということらしい。
「オヅヌ。あれ、全然固定できてないけどいいのか?」
「大丈夫だろう」
「あの、失敗は許されないのだけど」
「当たり前だ! おなごが20cmを斬っているのに、ワシが21cmを斬れなかったらニホン中の笑い者だ。斬れないはずはなかろう」
怒られちゃった。いや、そういうことじゃないんだけど。オヅヌにとってはそういうことなんだろうなぁ。こんな面倒くさい剣士なんかと関わるのはもうよそう、とそう固く心に誓う俺であった。
「ハルミも剣士なノだ?」
「アレはエロだからOK」
「その分類はなんかおかしいノだ?!」
会場の中央でムシマロが鉄棒を支えている。そこから10mほど離れた場所でオヅヌはニホン刀を抜いた。
そして刀を片手に持ったまますごい勢いでダッシュをし、鉄棒の横をただ駆け抜けた。かに見えた。
そのとき、オヅヌは一閃を放っていたのであった。片手に刀を持ったまま走り、そのまま斬る。こんな流派は存在しない。オヅヌが厳しい修行の果てに行き着いた攻撃方法なのであろう。
斬った瞬間は俺には見えなかった。ほとんどの者にも見えていないはずである。
だが、横で見ていたヤマメはすでに喜びを表しており、手で持っていたムシマロもニヤついていてとても気持ちが悪い。
「気持ち悪くて悪かったな!! いま、手を離してやるから見届けろ。これがオヅヌ様の剣技だ!」
そして手をそっと離すと、それはそのままの形で立っていた。なにが起こったのかといぶかる観衆。それに俺。まさか失敗したのを誤魔化してんじゃな……。
そのときだった。斬り去ったオヅヌが戻ってきて、その鉄棒の上から1/4あたりに後ろ回し蹴りを喰らわした。
そしたら、上半分ほどが切れ目から滑ってすっとんだ。観客からはおおっという驚きの声と共に、拍手が沸き起こった。
すごい。あんな太い鉄を刀で斬ったぞ。地面に立てままでなんて、持っている人が死ぬかと思った。斬られた鉄のほうが気づかないうちに斬れていたな。普通、鉄は気づかんと思うが。いつ斬ったのかさえ俺には分からんかった。俺には分かったぞ? それはすごいな。オヅヌ様が足で蹴ったときだ。気づくの遅いわっ!!
半分になった鉄は、着地した場所からうまくぐあいに横向きになり、かなりの勢いでころころと転がった。それは止まる様子を見せることなく転がり続け、とうとう戦闘場をまたいで観客席のほうにまで転がっていった。
悪いことに、その先にはすでに剣舞を終えた幼少組の集団がいたのだ。半分になったとはいえ、鉄棒の重さは1トンを超える。このまま観客席に飛び込めば、アクセルとブレーキを踏み間違えた自動車がやったアレと同じことが起きる。
「いかん、まずい!」
とオヅヌが叫んで動き出すより一瞬だけ早く、それを察知して動いた者がいた。
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