第331話 最も遠い場所

 シキミラーメン1号店から約1kmのところに、シキミラーメン2号店がある。転送ポイントを1kmごとに作らせたからである。


 最初のポイントでラーメンをしこたま味わった斥候5人組は、ダッシュで2番目の転送ポイントに着いた。


「はぁはぁ。見つけたぞ。きっとあれだ」

「あれですかい、親父。ラーメン屋は」

「あの匂いがしている。間違いはないだろう。だから隊長と言え」

「そそそんなことよりも、タダのうちに早く食べましょうよ」


「ん?」

「あの、すみません、ここはラーメン屋ですよね」

「ん」

「あれ? えっと。ラーメンをタダで」

「ああ、そこに座れ。5人だな」

「はい! そうです」


「なんか今度はえらくつっけんどんな女の子になっちまったな」

「ああ、だけど美人さんだぞ」

「俺はさっきの巨乳さんが良かったなぁ」

「いや、これはこれで貴重な貧あちちちちちちち」


「なんか言いかけたか?」

「あちちち。言ってません言ってません。だから熱々のどんぶりをほっぺたにくっつけないで!」

「ほら。ラーメンできたよ」


「あ、どうも。いただきます、ずるずるずる。あぁぁ、うまい!」

「でもこれ、量はこれだけ?」

「なんか文句あるんか」

「いえいえいえ、とんでもありませんです、はいずるずる」


 2号店では、小さめのどんぶりというか、大きめの茶碗というか。そういう入れ物で出したのである。それしかなかったからである。ちなみに、サービスはウエモンである。


「あぁ、うまいですねぇ。大将」

「ああ、やはりこれはうまいものだ。隊長な」

「あの、お代わりは?」


「なんだと!?」

「い、いえ、なんでもありませんですっ」

「この先にまだ店がある。足りなければそこで食べろ」


「よし! 次の店に行くぞどどどどどど」

「たた、隊長、自分だけずるいですよ。私だってついて行きますよ!!」

「どどどどど」

「お前は走っているだけかよ!」

「急げや急げ、なくなる前に次のラーメン食べるんだ」


 どこかで見た光景である。


「もっと味わって食えよなぁ。私がせっかく作ったラーメンなのに」


ノだ

「ユウ、2号店通過した」


ノだ

「また全員が行ったか?」


ノだ

「ああ、全員が行った」


ノだ

「いいのかなぁ。了解だ。お前は一度戻って来い」


ノだ

「分かった。イズナ、帰るぞ」


「了解ゾヨ」


 こういうことを繰り返して、斥候5人集は結局21号店まで(つまり20km分)ラーメンを食べ続けた。さすがにそこでおかしいと気づいたようだ。


 いや、もっと早く気づけよ!!!


「ふぅ。げっぷ。さすがに食べ過ぎましたね、船長」

「あ。ああ、食べ過ぎて苦しい。途中から量は少なくなったとはいえ、21杯連続はきつかったなげぷっ。あと、隊長な」

「もう、俺は満足です。今日はここに泊まりましょう」

「こんな山の中でか?!」


「俺たち野宿には慣れてます。それよりもう動けない……」

「仕方ない。野営の準備をしろ。それにしても、どうしてこんなにタダで食べさせてくれるのだろうな」

「そんなこと、いいじゃないですか。明日もまた食べましょう!」

「「「「ほぉぉい」」」」


 それでもまだ、報告に戻るやつはいないようである。


「助かった。これで丸1日の猶予ができた。いまのうちにがんがんラーメンを作るぞ」

「「「「「おーーー!!!」」」」


 そして次の日。ようやく5人のうちのふたりが(隊長は残ったようである)帰途に就いた。そしてオヅヌに報告をしている。


「なんだ、ラーメンとは?」

「いや、それがほんとに美味な食べ物でして」

「それで、昨日は1日かけてたった20kmそこそこを調べただけなのか?」


「え? ええ。というか21杯分のラーメンを」

「ラーメンの話はいい! それより、道はどうだったんだ!!」

「すすすす、すみません。道はあちこちが崩れています。3列縦隊での行進が限界かと」


「ふむ。やはりそうか。もう何年も手を入れてないそうだからなぁ。それで残りの80kmはどうなった?」

「え? あ、それは、残った連中が」

「もういい。お前らはもう下がって休め、他の者に行かせる」


「「ええっ。そんなぁぁぁ!!」」


「なにがそんなぁだ! 日に20kmしか行けないのでは、5日もかかってしまうではないか。そんなのんびりはしておれんのだ! いいから下がれ。おい、次の者を斥候に出せ」


「「しょぼーん」」


 まさか食べ物に釣られるとはな。こいつらだって俺が見込んだ優秀な戦士たちなのだが。やはり専門の諜報員が必要か。しかし俺にはそんな組織力なくも教育の仕方も分からん。こういうときはもどかしいものだ。


 オヅヌはかつて、たったひとりで仏教の侵攻を防ぎ止めた剛の者である。それだけに、細かい戦略を練るということを知らない。

 情報戦に神経をすり減らすのは苦手である。オヅヌに従う前鬼・後鬼は、潜伏や情報収集もできる猛将であるが、彼らはイセ国の調査に出している。道の確認などさせるにはもったいない人材なのである。


 相手の意図がまるで分からん。ラーメンとはなんだ? なんでそんなものを敵であるこいつらに振る舞う必要があるのだ?

 それとも、本当に宣言のためなのか? 分からん。宣伝とはもっと人の多いところでやるものではないのか。このタイミングでそんな場所に店を出して、どれほどの宣伝効果が得られるものか。


 俺には世知のことは分からん。しかしどちらにしてもこれは良くない流れだ。いっそ俺が現地に行って、イセと一気にケリをつければ簡単なのだが、それではアマテラス様を取り戻せない……。難儀なことだ。


 攻めてきた敵をたたきのめすのは得意でも、自分から攻めて行くことには不慣れなオヅヌであった。


「ほい。今度は8名様、ご案内なのだヨ」

「いらっしませー。本日はシキミラーメン店にようこそ。本日だけ特別に無料サービスとなっております。どうぞ、そこにおかけください」


「おい、ほんとにタダで食べさせてくれるようだぞ」

「ぐぅぅぅ。ここんとこ草しか食ってないから、もう俺は倒れそうだ」

「ぐぅぅぅぅ。早くなんでもいいから腹に溜まるもの食いたいじゅるる」

「俺だって同じだよぐるるるるる。あぁ、この匂いをかぐとますます空腹感がぎゅるるる」


「はい、お待たせしました。この箸を使ってください。あと、お水はお代わり自由ですからね。さぁ、召し上がれ」


「なんだ、うどんじゃないか。それでもありがたい……はぁ?! なんだこれはずるずるずる。なあ、お前らこれはいったいなんだと思う?」

「ずるずるずるずる」

「ずるずるずるずる」

「ずるずるずるずる」

「返事する気もなしかよ! ずるずるずる。まあいい食べてからにしようずるずる」


「あの、お代わりをもらえたりしませんかね?」

「申し訳ありません、本日はここまでです。でも、この先にいくつもこのような店が用意してあります。そちらで」

「「「「そりゃっ!!!」」」」


「昨日の人たちよりがっついてたわね」

「なんかだんだん、斥候の質が落ちているような」


 最初の斥候は2日目には全員が帰り、やはりオヅヌに首を言い渡された。そして次々に新しい斥候隊が組織されたのだが、やはり皆同じところで同じようにひっかかり、斥候は、5日もかかってまだ半分までしか来ていない。


 その間、ラーメンを味わったものは、隊に戻ってその旨さを吹聴した。そして我も我もと斥候に出たがるようになったのである。


 誰もが飢えていた。ようやく長い冬は終わったものの、去年の蓄えは充分とは言えない。だから、野草や木の実などが主食になっていたのである。


 クマノはスサノウがまだ大人しい神であった時代に、その息子であるイソタケルが植林を進め豊かな森林を作った。木の国なのである(それが後に紀伊国と呼ばれるようになる、まめち)。


 雨量が多く温暖なクマノで、木はよく育った。そのおかげでシイやクリ、トチノキ、オニグルミなど、食べられる実も豊富にあり、それで飢えを凌いで来たのである。


 ただし、それらだけで人間に最も必要な炭水化物を摂ることは難しい。炭水化物の含有量は、クリや銀杏でも35%、くるみは10%に過ぎない。80%を越える米や麦の代用には力不足なのである。


 しかも流通というものがほとんどないこの地域では、住民は常に飢えに怯えていた。もしそこに食べられるものがあるのなら、なにをさておいてもまずは食べる。そういう住人なのである。


 それに、これから1年で最も体力の必要な田植えが始まる。そのためにも食べておかないといけない時期とも重なっていた。そういう意味では、オヅヌが軍を起こしたこの時期は、最悪なのである。


 しかし、まさかそこまでとは、ユウも思っていなかった。


 このユウの「ラーメンという美味なるものを食べさせて戦意をくじき、その結果として戦争を収める」という作戦は、ユウの予想以上に当たってしまったのであった。


「またラーメンか!!!!」


 オヅヌの怒号が響いた。何度も書いたが、彼らはオヅヌの直接の部下ではない。オヅヌの招集に応じて集まってくれた善意の農民たちなのである。


 オヅヌは、弟子がふたりいる以外は部下を持たない。組織を作ることが苦手な一介の修験者なのである。


 だから農民に怒りをぶつけるようなことを、いままで1度もしたことがなかった。

 しかし、斥候に出した連中が、ことごとく途中でラーメンというものに気を取られ、無闇に時間ばかりが過ぎて行くことに、オヅヌは焦っていた。


 そのためつい出てしまった怒号であった。


「でも、オヅヌ様。あの芳しい匂いを前にして、通り過ぎるなど私たちにはとても」

「うぐっ」


 この未熟者どもめ! となじるわけには行かない。未熟ものであることは、最初から分かっていた。彼らを当てにした自分が悪いのだ。

 しかし、前鬼・後鬼は別の調査に赴いていて、まだ戻ってきていない。オヅヌはこの作戦の失敗を自覚した。


(ワシが焦っていたのだ。あまりに功を急ぎ過ぎた。あぁ、我が恋よ。成就する日はまだ来ないのか)


 誰にも言ったことはない。気づいているものは多いが、オヅヌは自分からそれを誰かに言ったことはない。アマテラスのあの奔放な性格や美しい容姿に惚れているということを。


 ひたすら修行ばかりに打ち込んできたオヅヌにとっては、生涯でたった1度。最初で最後の恋。それがアマテラスなのである。


 アマテラスはこの間まですぐ近くにいたのだ。いくら話かけても返事はつっけんどんであったが、いつかは打ち解けてくれる日が来る。そう信じて数百年を過ごした。


 それが数年前。新しく魔王となったイセに追っ払われてしまったのだ。表向きは平静を装っていたオヅヌであったが、それを知ったときの衝撃は忘れない。


「どうして、どうしてイズモなのだぁぁぁ!!!」


 と、人気のない山中で絶叫した。


 オヅヌは一度、政府の転覆を企てた罪でイズに流されている。もちろんそれは事実ではなく、オヅヌの力と人気を恐れた政府の圧力であった。


 その張本人がオオクニなのである。アマテラスは選りに選って、そこに帰ってしまった。オヅヌにとって、最も行くことの難しいところである。一番遠い場所なのである。ある意味、宇宙よりも遠い場所なのである。


「それ、なんてそらよりとおいばしょノだ?」

「ひさしぶりにツッコんだな」


 そのオヅヌの想いが溜まりに溜まって、イセ侵攻となったのである。本来なら止めるべき役目の前鬼・後鬼も、オヅヌの想いを知っているだけに止めることはできなかった。


「それでいまココ。ずるずるずる」

「なるほどな。ってお前が前鬼かよ!」

「ご馳走になるずるずる」


 俺はイセとクマノのほぼ中間にあるキホクという寒村に来ている。イセ街道はそこから海沿いと山沿いのふたつに分かれるからである。どちらから侵攻するつもりか、それを見極めようと来たのだ。


 村人にラーメンを気前よく振る舞っていたら、そこにオウミが見覚えのあるやつがいる、と言ってきた。それで話を聞いていたのである。


 それがオヅヌの懐刀のひとり。前鬼と称されるムシマロであった。


「ずるずるずる」

「のんきな懐刀だな、おい!」

「これも情報収集の一環だずるる」

「しかも、なんの遠慮もなく敵にご馳走になっているノだ」

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