第330話 ラーメン試食会

「どうして敵に塩を送る必要があるんだよ!」

「送るのは塩ラーメンな」

「どっちでもいい! そういうことなら俺は反対だぞ!!」


「そうか、じゃあエースの応援はいらん。ハルミだけ連れて行く」

「ユウ、正気か?!」

「もちろん。正直言うともうちょっと時間を稼ぎたかったが、そういうことなら仕方ない。俺の正攻法で行く」


「敵に食糧を渡すのが正攻法か? そんな程度のことで相手が引いてくれるとでも思ってるのか。戦争をなめてるんじゃないか」

「なめてるよ?」


「はぁ?!」

「あんなもん、たいしたことじゃない。やるべきときにやるべきことをやらないでぐずぐずしているから、大事になるんだよ。その前に止めてしまえばいいんだ。関ヶ原のときは遅かったんだよ」


「なんだ、そのやるべきことって?」

「だからラーメンだと言ってるだろうが!」

「いや、それが分からんのだが……」


「時間がもったいない。応援する気がないのなら黙っててくれ、邪魔だ。オウミ、転送ポイントは確保してあるな?」


「ぐっっ」

「ユ、ユウ。公爵様を、上司を、トヨタ家の近衛大将を、邪魔者扱いするなんて……」

「いいのですよ、ハルミさん。ユウにはなにが考えがあるのでしょう」


(エースさんは大人ね)


「してあるノだ。いつでも行けるノだ」

「じゃあ、ミノウ。まずは偵察だ。敵軍の先頭に一番近いポイントがどこか見てきてくれ」

「えっと。我はその?」

「ミノウ、行ってきて」

「了解ヨ ひょいっ」


 スクナの命令じゃないと聞けないのか。ちょっと面倒くさくなったな。


「ウエモン、すぐに運べるスープはどのくらいある?」

「8時間以上経っているものなら、寸胴2つ分ある」

「モナカ。麺はどうだ?」

「はい、ミヨシさんが切ってくれた縮れ麺で200食ぐらいあります」

「ベータは大丈夫だな?」

「はい、500食分は確保済みです」


「よし、それを普通の茶碗で提供しよう。それなら200食が3倍くらいになるだろう」

「大きめの茶碗はいいのか」


「買ってくる時間が惜しい。柄なんかでたらめでいい、ありったけの茶碗を用意してくれ。イズナ。それがそろったら、ミノウの見つけたポイントに転送してくれ」


「えっと。ワシはその?」

「イズナ、行け」

「了解ゾヨ!」


 イズナ、お前もか!?


「あとはかまどと燃料。それにアレだ。ミヨシ、準備してくれ」

「もう積み込んであるわよ。アレもいつでも使えるように整備もしてある」

「さすがミヨシだ、準備に怠りがないな。スクナ、具材はあるものでいい。転送する準備してくれ」

「分かりました。でも、ユウさん」


「なんだ?」

「ほんとに、それで大丈夫?」

「さぁ?」


 どどどどどどっ。


「そんだけ自信満々で指示しておいて、その応え方はひどいノだ。魔王までコケさせるでないノだ」

「ユウ、そこは例えウソでも大丈夫だ、って言うとこだぞ」


「オウミもエースもうるさいよ! 俺がそんなはったりをかませるタイプかよ! 俺だってビビっりまくりでやってんだ。余計なこと聞くんじゃねぇよ。ただ、勝算はあるつもりだ」


「ただいまヨ。敵の斥候がいたヨ。どうする?」

「それはどこにいた? 人数は?」

「最初の転送ポイント近くヨ。人数は5名だ」


「え? ってことは斥候のくせにあの街道を通っているのか」

「そうだよヨ。他にはいないようだヨ」


「また、堂々と出してきたものだな。普通なら脇道か獣道でも通るものだと思うんだが。よほど自信があるのか、こちらは斥候を出さないと思い込んでいるのか」


「あの街道はミノやオワリのように、整備されているわけじゃないんだ。落石や土砂崩れで通れなくなることも多い。だから、本体を通すための調査をしながら斥候もしているのだろう」


「山沿いの道ってのはやっかりだな。エースならそうするということか。獣道なんかを通られるとやっかいだと思ってたんだが、それなら話は早い。ミノウ、そいつらの目の前に転送できるか?」


「まず転送ポイントまで行って、そこから再転送すればできるヨ」

「よし。それならそいつらの鼻先で、ラーメン屋を開業するぞ。シキミラーメンの1号店だ。本来なら板バネの試験のために使うはずだった馬車が、こういうときに役に立つ」


「「「「えぇぇぇっ!?」」」」



「隊長、やはりかなり傷んでいますね、この道は」

「ああ、これでは3列が精一杯ってところだな。落石が思ったより多い。行軍には予定より時間がかかると、報告しなければならないな」

「そんなこと許してくれますかね?」


「オヅヌ様は兵士は大事にされる方だ。それは大丈夫であろう。それより正しい情報を届けることだ」

「そういう人なら安心です。ワシらまだ遠目でしか見たことがないですからねぇ」

「弟子には厳しいが、一般の人間にはとても優しいと聞いてますぜ、兄貴」

「隊長と言え。俺たちは一応軍人だぞ」

「へい、そうでした。ところで兄……隊長。なんか匂いませんか?」


「おや? なんだこの匂いは。くんくん」

「くんくんくん。ぐぅぅぅ。あぁ、なんか急にお腹が空いてきました」


「ぐぅぅぅぅぅ。だめだ、昨日の夜に草餅を食べたのを最後に、水しか飲んでいないものだからぐぅぅぅぅぅ。ああ、いい匂い」

「あ、あそこに……なんだあれ? 店なのか? 馬車が止まっているようですぜ、お頭」

「だから隊長と言えと! あ、ほんとだ。この匂いはどうやらあそこから出ているようだな」


「俺がちょっくら行って見てきまぐぇっ」

「待て! どう見たってあれは怪しいだろ! なにかの罠かも知れん。慎重に行動しろ」

「では、曹長。どうしますか?」

「だから隊長と言えと。俺がちょっと行って見てくぐぇっ」


「隊長、ずるいです。お腹空いてるのはみんな同じです。自分だけご相伴にあずかるつもりですか!」

「誰が食べに行くと言った! 見てくるだけだ」

「こんな良い匂いがしているのに、見るだけで済むはずはないでしょうが!」


「私も行きますよ! 我らを毒殺するつもりかも知れません。そんなことを隊長にさせられません」

「その通りです。隊長はここで待機していてください。私が行って毒味をしてぐわぁぁぁ」


「お主ら、そこでなにをしているヨ?」

「わぁぁぁぁ。なんか出たぁぁぁぁ!?」

「なんかとは失礼なやつだヨ。我はミノウだ。ミノ国の魔王をしておる。お主ら、空腹なのであろう? ちょっとそこでラーメンを食べて行けヨ」


「ミ、ミ、ミノウ様? あのミノ国の?! どうしてこんなところに?」

「新作ラーメンを作ったので試食会を開こうと思ってヨ。そしたらちょうどいいとこにお主らがやってきたヨ。すぐそこだから来るがよい。毒など入っておらん。それは我が魔王の名において保証する。しかも、いまだけは期間限定で無料だヨ」


「え? 無料!?」

「お前はそっちにひっかかっかるなよ!」

「だって会長。私たち無料奉仕部隊なのですよ。手持ちの金なんてほとんどなくて」

「だから隊長と言え! あの、ミノウ様。ラーメンってなんですか?」


「それはもう、ほっぺが落ちるほどうまい料理なのヨ。まずは食べて見ろ。話はそれからヨ」


「そういうことなら、なぁ」

「魔王様がしてくださることだよな」

「それならオヅヌ様だって怒ったりはされないであろう」

「そうですよね、隊長!」

「だから金鳥と呼べと!」

「「「「え?」」」」

「あれ?」

「蚊取り線香になってるヨ?」



「ほい。5名様、ご案内ヨ」

「いらっしませー。本日はシキミラーメン店にようこそ。本日だけ特別に無料サービスとなっております。どうぞ、そこにおかけください」


 斥候たちを出迎えたのはミヨシである。


「あ、はい、どうも。すみません」

「なんかキレイなおねーちゃんが出てきた」

「ああ、すごく良い匂い。このおねーちゃんの匂いかな、くんかくんか」


「隊長、やはりここですね、この匂いですね」

「ああ、ミノウ様のおっしゃったラーメンとかいう食べ物があるのだろうな、じゅるじゅる」

「隊長、よだれよだれじゅる」

「お前もなー」


「はい、お待たせしました。この箸を使ってください。あと、お水はお代わり自由ですからね。さぁ、召し上がれ」


 サービスはスクナである。


「なんだ、このぐにゃぐにゃの麺は?」

「それは縮れ麺といいまして、おいしいスープが良く絡むようにと開発されました」


「そ、そうか。お前ら、俺たちが全員倒れては勤めが果たせん。念のために、毒味役をひとり選定してまずはそいつが」

「「「「ずるずるずるずるずる」」」」

「選んでる場合じゃなかったな!! もう、俺も食べるずるずるずる」


 …………


「「「「「うまい!! うまい!! うますぎる!!!」」」」」


「それは良かった。はい、お水のお代わり」

「ずるずるずる、ぐびぐびぐび。あぁ、水もうまい。しかし、なんだこの食べ物は? うどんの用に見えるが麺が細いし、このスープのうまさはいったいなんだ? 上に乗っている柔らかい肉のようなものはなんだ?」


「スープについては企業秘密です。上に乗っているのは叉焼といいまして、牛肉を焼いてから特殊なタレで煮詰めたものです」

「おおっ、牛肉とな! ものすごい高級品ではないか。それをタダで食べさせてもらって良いのか?」


「近いうちに、イセにこの店を出します。その宣言を兼ねた試食会をしているのです。イセに来たときにはぜひ寄ってくださいね」


「なに? イセにだと?」

「はい。これはイセの名物なのですよ」

「イセにはこんなものがあるのか……」


(まだ、ないけどね)


「ちなみに、これはいくらになる?」

「いまは無料サービスですけど、店では200円ぐらいになりそうだ、とのことです」

「ぐっ。200円もするのか。我らの収入では軽々しく食べに行くなんてできないなぁ」

「月に1度の贅沢レベルですねずるずる」


「そういう人のために、こういうサイズも用意してありますよ。これなら20円です」


 そう言ってスクナは茶碗に入れたラーメンを見せた。


「これは小さいラーメンだ。3口くらいで食べ終わってしまうな」

「満腹にはとても足りないが、この味でその値段なら割安と言えるかも知れない」


「これは、立ち食い用です」

「立ち食い用?」


「ええ。イセにお参りに来た人とか、商談に来た人、あるいはただ通りがかった人。空腹だけど先を急ぐ人たちが、ちょっとだけ足を止めて、軽く一杯だけ腹ごしらえをする。そんなサービスを考えてまして」


「なるほど。ずるずるずる。あぁうまい。立ち食いなら店舗を構える必要もないから固定費が少なくて済む。安上がりなわけだ。ずるずるうまい。しかし細いのにコシがあってそれでいて縮れている麺は、このスープにぴったりだ」


「俺は感動していますよ。いままでこんなうまいものを食べたことがありません。なんですか、このスープ。これだけでもご飯5杯はいけますよ」

「俺もだ。これは一生に一度の贅沢だずるずる。この叉焼なんか絶品だ。ああ。息子にも食べさせてやりたい」


「お前、かみさんにはいいのか、ずるずる」

「出がけにちょっとケンカしてなずるずる。あんなやつに、食べさせるぐらいならお、代わりしてやる」

「自分が食べたいだけじゃねぇか。しかし、これはうまい。俺が一生のうちで食べたものの中でも一番だ!」


「そんな大げさな。確かに安くはないですが、お金を貯めてぜひイセまで食べに来てくださいな」


「うぅう。そうだな。しかし、こんなものを食べられるイセと、俺たちは」

「ええ、戦争をしようとしているのですよね……」

「あの、お代わりはないか?」


「申し訳ありません、本日はこれだけで精一杯でした。でも、この先にいくつもこのような店が用意してあります。そちらで召し上がってください。しばらくの間は無料です」


「むむむむ無料なのか。しばらくとはどのくらいだ?」

「それは売れ行き次第でして。このスープがなくなり次第終了ということ……あれ?」


「次の店に行くぞどどどどどど」

「たた、隊長、自分だけずるいですよ。私だってついて行きますよ!!」

「どどどどど」

「お前は走っているだけかよ!」

「急げや急げ、なくなる前に次のラーメン食べるんだ」


ノだ

「うまくいったか?」


ノだ

「はい。大変満足されたようです。全員が次のポイントに走って行きました」


ノだ

「全員が?」


ノだ

「え、ええ。5名が全員で走って行きました」


ノだ

「そうか。そいつら報告しなくていいのかな? まあいいや。了解した。そちらでも準備する」


「ミヨシさん。そういえば斥候ってことは、なにか異常事態を見つけたらすぐ報告しなきゃいけない立場の人たちよね?」

「そうねスクナ。この馬車屋台はそうとう異常なものだと思うのだけど、全員で次に行っちゃったね」


「そのために5人いるわけだし。ひとりぐらいは報告に戻らないといけないでしょうに」

「ここで返されるひとりには、誰もなりたくなかったのでしょうね」

「きっと、あとで全員がこっぴどく怒られることになるでしょう」


「でも、間に合って良かったわ。どんぶりサイズで5人分を用意するのは、ちょっと大変だった。でも、5人ともスープまで1滴も残さず食べてくれてよかった。それでも食べ足りないのだから、よほどお腹が空いていたのね」


「ミヨシさん、そこはユウの計算通りね。まだこなれていないとはいえ、この味ですもの。残せるはずはないわ。贅沢に慣れていないこちらの人にとって、これは食べたことのないご馳走なのでしょう。私たちもあとでいただきましょう」


 でも、本当にこんなことで戦争が止まるのかしら?

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