第332話 前鬼・ムシマロ

「おい、イセ。まだクマノは攻めてこないやん?」

「マイドか。どうやらクマノはユウの策略にはまっているようだ。まだ来ていない」

「策略?」

「ラーメンというらしい」


「なんだ、それ?」

「うどんによく似た食べ物だそうだ。もっと細い麺らしいが」

「それ、そうめんのことやん」

「スープの中に、麺がどぼちょんっと浸かっているというが」


「それならにゅうめんやん」

「そうでもないらしい。なんでもいくらお湯で煮ても、麺が伸びることはないものだそうだ」

「ほぉ。それは珍しい。だけど、それがどうしたやん?」


「その辺はユウが工夫したという話だが、俺もまだ見ていないのだ」

「いろいろやってるやつだな。だけど、しょせんはたかが麺類だろ? それがどうして策略やん。毒でも盛ったか?」

「それならすぐにばれて終わりだろう。そんなちゃちなことするやつではないようだぞ」


「あら、なんかステキそうなお話ね。ラーメンのことについて、もっとくわしく」

「ヤマトも来たのか。いいのか、お前は中立が建前だろ」

「なんか面白そうなんだもの。あのユウって子」


「面白がられても困るんだが。だが、俺が助かっているのは確かだ。時間を稼いでくれたおかげでこちらの準備は整った。しかしまだ戦いは始まってもいない。これからが正念場だ」


「相手の動きを遅らせてくれたということやん?」

「ああ、そのようだ。あのラーメンでな」

「だからラーメンがどうして??」

「その辺は俺にも分からんのだ」


「ちょっと行って食べてこようっと」

「あっ! おい! ヤマト……行っちゃった」


「ヤマトは食べ物のことになると見境がなくなるやん」

「クマノ側に見つかったら大変なことになるぞ」



「あー、うまかった。ご馳走さま。じゃあ、俺はこれでぐぇっ」

「待て待てコラ。タダでラーメン食べておいてじゃあさようなら、ってわけに行くかよ!」


「ぐぇ。だけどみんなタダで食べてるじゃないか」

「お前は敵側だろうが! 本来ならここで打ち首だぞ」

「この話は人は死なないんだろ?」

「お前が言うな!!」


 ムシマロはオヅヌの命を受け、クマノ軍の侵攻進路を探っていた。そして海沿いの道を通ってイセまで行き、その帰りに山道をたどってこのキホクに着いた。


 ここで斥候部隊と落ち合う手はずであったのだ。だが一向にやってくる気配がない。


 どうしたものかと思案していたところに、見つけたのがこの摩訶不思議なラーメン屋であった。


 どうして馬車で食べ物を売るのだ? そもそもラーメンってなんだ? それに、なんだこの芳しい香りは。この匂いだけでご飯が3杯は食えそうだ。客引き効率なら、ウナギにもひけはとらないだろう。


 さらにそれが無料であることを知り、どうせ待ち時間でヒマだ。おいしくいただいておこうと。そこをオウミに見つかったのである。


「ずるずるずる」

「おかわりしてんじゃねぇよ!」

「いや、話があるっていうから、それならもう1杯いいかなって」


「まあ、いいだろ。オヅヌについて話を聞かせてもらおう」

「ずるずるずる」

「嫌だという意思表示を、ラーメンすする音で表現するな」


「俺は前鬼と称されるオヅヌ様の一番弟子だぞ。めったなことで秘密を明かしたりするあぁぁぁん、食べてる途中のどんぶりを下げないでぇぇ」

「ミヨシ、GJだ! これでも話す気にはなれないか?」


「せ、拙者とて、武士の端くれ。話すわけにはいかん」

「そうか。ミヨシ、替え玉」

「はい。ぽよん」

「え?」


「うちには替え玉というシステムがあってな、麺を追加できるんだ。スープを少しずつ飲めば、おかわりがいくらでもできるという」

「ずるずるずるずるずる」


「もう食ってんじゃねぇぇ!!」

「分かった。なんでもしゃべずるずるから、これを食わせてくれずるずる」


「最初から素直にそう言いやがれ。それで、オヅヌはいまどこにいる?」

「オヅヌ様はまだクマノにいるはずだ。斥候の情報が集まってから出発すると言っておられたずる」


「斥候といえば、まだここには着いていないようだな」

「昨日は、すぐそこまで来たのにね。そこから帰って行っちゃった」

「ずる? 帰っただと? ここで俺と打ち合わせをする予定はとうに過ぎているのに、どうしてだずる?」


「なんかお前のキャラがずるになってるが。おそらくそこでお腹がいっぱいになったんだろう。このラーメンで」

「なんと! 他にもこの店はあるのか?!」


「イセ街道には1kmおきに設置してあるよ」

「なんだとずる! それじゃ、斥候隊は」

「お察しの通り。そこでいちいち引っかかってはラーメン漬けになり、満腹になったら帰るということを繰り返している」


「けしからん!」

「まったくだ。なんのための斥候なのか分から」

「こんなうまいものをたらふく食べてやがるのか!」


「怒るのはそっちかよ!! 仕事をしろ、という方向で怒れよ!」

「それはまあ、仕方がないのだずる」

「仕方がない?」

「斥候隊といっても、やつらはただの農民で、オヅヌ様を慕っているだけの連中だずる。そういう仕事に忠実なわけでも慣れているわけでもないずる」


 もうずるは付けなくていいと思うの。


「やはりそうか。あまりにチョロすぎると思った。それで、お前はこれからどうするつもりだ?」

「まだ迷っている。もうひとり、イセに……あっ、しまった!」


「ほほぉ。もうひとりとは後鬼のことであろう。確かヤマメといったノだ。そやつはすでにイセに入っているノだな」

「ほにほにほんにお前は屁のような」


「お前も誤魔化し方ヘタか。いまさら隠すな。おおかたイセの所在調査だろう」

「ほにほにほにほに」


「キャラが崩壊してんぞ」

「ユウ、ヤマメも捕まえないとまずいノだ?」


「それはイセがやるだろう。それよりデンデンムシ、オヅヌの目的はなんだ? どうしてこの時期に兵を起こした? イセのなにが目的だ? アマテラスならすでにおらんぞ?」


「人を甲殻類にするでない。俺はムシマロだ。アマテラス様がいないことなどとうに分かっている。だが、取り返すのはイセにしかできないではないか」

「デンデンムシは陸棲の巻き貝だが。取り返す?」


「アマテラス様を追放したのはイセの野郎だ。だから、イセが頭を下げて頼めば帰ってくるかも知れないだろ?」

「……それが目的なのか?」

「その通り!」


「そんな偉そうに言えた話かよ! 良くある痴情のもつれではないか」

「痴情言うな! オヅヌ様に失礼だぞ」


「イセを滅ぼそうとか、そんな理由ではないノか?」

「クマノが出せる軍勢はわずか400。それっぽっちでイセ国を取れるはずがないだろ」


「400だと?!」

「ああ、それが精一杯だ」


「たった400なのか?」

「何回言わせるんだよ。そう、だからイセの手前のタキを占領し……なんて思ってないんだからね?」


「お前もそうとう諜報には向かない男だな」

「タキなら我も知っているノだ。農村ではあるが、交通の要所なノだ。あそこを押さえられたらイセ国は孤立するノだ」

「え? それほどのとこ?」


「海路でオワリ国方面には行けるが、一番取り引きの多いヤマト国に行けなくなるノだ。イセ国にとっては致命的なノだ」

「そんな場所があるのか。それ、イセは知ってるのかな?」


「「さぁ?」」

「ムシメガネまで一緒にさぁとか言ってる場合か」


「俺は夏休みの宿題グッズか。ムシマロだと言ってるだろうが。俺はややこしいことは聞かされてない。オヅヌ様の指示に従っているだけだ」

「400か……」


「ユウ、どうしたノだ?」

「もう延べで100人以上にラーメンを食べさせたことになるはずなんだ」

「ふむ。そんなものなノだ」


「あれはイセの名物だという情報も流した」

「ノだ」

「タキとイセの間はわずか10kmほどだ」

「ノだ」


「ラーメンの味を知った兵士……農民が、たった10km我慢できるだろうか?」

「我ならしないノだ」

「俺もしない」


「ムシコロシは黙ってろ! ということは」

「俺の扱いだんだん酷くなってね?」

「たとえタキを占領できたとして、それを維持できるだろうか? タキは農村だと言ったな」


「ノだ。商店などはほとんどないノだ。旅館はあるけど、農家を改造した素泊まり専用ばかりなノだ」

「そこで飯が食えないとなれば、なおさらだな」


「遊ぶところもなかったな。でも、ダイコンをタダでくれたぞ?」

「人情は温かいってそういう情報はいらねぇよ! 攻めるのは容易いが守るには難しい、そういう場所だということだろ?」

「それは、その通りなノだ」


「だから、イセ側もそれほど重きを置いていないのではないか? 取られてもすぐに取り返せばいい」

「なるほど。だとすると、オヅヌ様の目的は別にあると?」

「そういうこと……なんでお前が一緒になって分析してんだよ!」


「俺だって諜報に向いているわけじゃないんだよ!」

「威張るな!」


「ムシマロもこの戦争には疑問を持っているノではないか?」

「まあ、その通りだ。あれはオヅヌ様の妄執のようなものだからな」


「オヅヌの妄執か。やっぱり痴情のも」

「だからそれは違うっての!」


「しかし、イセたちの話を聞く限りでは、オヅヌってやつがそんなタイプには思えんのだが」

「ああ、修験者としては立派なお方だ。ただ、アマテラス様にだけはちょっと……」


「みーつけた。ユウ、ラーメンとやら私にもちょうだい」

「おや、ヤマトじゃないか。どうしたんだ、こんなところまで。お前んとこは無関係だろ?」


「ヤマト? ってあのヤマト……様ぁぁぁぁぁ!?」

「おや、私を知ってる人がいたの?」

「こいつは、オヅヌの弟子で前鬼なノだ」


「あらあらあら。これはまずいことになったわね。オウミ、この人殺しちゃって」

「やかましい!! お前はそればっかりか! そんな単純思考でよく魔王になれたものだな!」


「やは、やはり、やはり魔王のヤマト様なのなのなのですね。そんな高貴なお方に、ユウ……さんと言った ましたか? お主あなたはそんなぞんざいなお口をおききになって」

「言い慣れない敬語が反復横跳びしてんぞ」


「あの、我だってニオノウミの魔王なノだが?」

「ニオノウミってあの大きな湖……オウミ様ぁぁぁぁぁ!?」


 よくあるパターンで続くのであります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る