第316話 オヅヌという男

「そういうことか。話は分かった。俺にまかせろ」


「「「「「ふぁぁぁぁぁ!???!!?!」」」」」


「一番驚いてるのは読者なノだ」

「慣れている我らでも、さすがにこの出だしには驚いたヨ」


「頭が悪いんじゃないのか? 大丈夫か、こいつ。話はちゃんと通じているんだろな」

「イセは失礼なやつだな。お前から頼んで来たんだろうが」

「そ、そ、それはそうなんだが。それにしたっていきなり過ぎるだろ」


 別にいきなりではない。イセの言うことと、この国の状況。相手国の状況を聞いた上での判断である。そしてその話を聞いた瞬間に俺の脳裏に浮かんだ腹案がある。


 いつの間に話を聞いたのだ、というツッコみは危険なのでしないように。良い子はそこで遊ばない。


「あのオヅヌが率いてくる軍だぞ?!」

「オズさんって誰?」


「オヅヌだヨ。お主の世界では役行者って言われてたヨ」

「あぁ、ああ。あれか。あの人か。前鬼と後鬼っていう鬼を従えていて、修験者の開祖とかいう?」


「それだヨ。本人にも小さな角があるのだが、その従えた鬼がまた強いのだヨ。しかも民衆に絶大な人気があって、オヅヌのためなら命もいらないという者がたくさんいるヨ」


「鬼が怖い魔王って、情けなくないか?」

「やややかましいヨ! 魔王だって怖いものは怖いのだヨ。がくがくぶるぶるヨ」

「少しは強がりやがれ!」


「その民衆も問題なのだよ、ユウ」

「どういうことだ、イセ? ろくな武器も持たない農民なんか、たいした戦力じゃないだろ?」


「確かにたいした戦力じゃない。しかし我はこれでも1国の統治をまかされた魔王だ。民間人にうかつに手は出せんのだ」


「俺には別にそんな縛りはないぞ?」

「それは止めてくれ!」


「じゃ、手を出さなきゃいいじゃん ハナホジ」

「出せないから苦戦してるんだろうが!」


「もっと頭を使ったらどうだ」

「頭突きをするゾヨ?」


「その頭じゃねぇよ。中身だ、中身。イセの頭は空っぽか?」

「なんだと、この野郎!」


「やんのかこら! うちのハルミをけしかけたろか」

「自分でやらない割には偉そうなノだ定期」


「自分でやれないから偉そうにできるんだよ! イセから見れば俺なんか吹けば飛ぶような存在だろ」

「歩の飛ばない将棋は負け将棋なノだ」


「いや、歩は飛ばないから。吹けば飛ぶような駒だけど、歩のない将棋は負け将棋と混ざってるから」


「お主らはなにを言っているのだ?」

「いや、負け将棋の話だったノだが?」


 オウミのボケで話の腰が折れた。ともかく。


「そのオズさんが出てくる前に決着をつければいい。ってかそこにしか勝算はないと思うべきだ」


「そ、それはそうだが、どうやったらそんなことができるのだ? オヅヌは伊豆大島から富士山山頂まで日帰りで行って帰ってこられるほどの者だぞ」


「そのぐらい、聖徳太子でもやってたぞ? あれは名馬に乗ってだったっけ?」

「そんな伝説の人と一緒にするでない」

「オヅヌも伝説の人じゃねぇか!」


「いや、実際にいるのだヨ」

「そう、我らの天敵なノだ」

「オヅヌを見たらステテコ逃げろとは、魔王界の格言のひとつゾヨ」


 スタコラだろ! そんな情けないこと、格言にすんなよ。


「それだけ早い移動をされたら、防ぎようがあるまい、という意味だったのだが」

「でもそれだって、転送ほどは早くないだろ?」


「ここには転送ポイントはほとんどないのだが」

「それは先に作っておくべきだな。クマノの進軍はどこを通ってくるのか予測はつくか?」


「それはおそらく伊勢自動車道……いや、イセ街道を通ってくると思われる。それが安全で一番の近道だ」


「なんかいま、えらく近代的な単語が聞こえたような?」

「気のせいだ。イセ街道はもう1,000年以上前に整備された道だ。その先にクマノ古道がある」


「そ、そうか。距離にして100kmちょっとか。オズさんならあっという来られてしまうと」

「そうだろうな。軍隊にしても3日で着くだろう」


「そのぐらいだろう。だとすると、敵が軍を起こしてから3日が勝負ということだ」

「その勝負はいいのだが、どうやって戦うつもりだ?」


「それは俺にまかせろ。だが、その前にしておくことがある。こら、3バカ。ここからイセ街道に、1kmごとに転送ポイントを作ってこい。ざっくり100箇所できることになるが、数はだいたいでいい」


「ほいノだ」

「1kmごとか。3人で割り振るヨ」

「ワシは、どこに行けばいいゾヨ?」

「ああだこうだノだ」

「ああでもない、こうでもないヨ」

「ふむふむ、それならこうするゾヨ」


「お主ら。3バカって言われてるのにそれはスルーでいいのか?」


「「「じゃ、行ってくるノだヨゾヨ!」」」


「スルーでいいようだな……」

「転送ポイントができたら、あとは俺のほうでいろいろ準備をする。敵の侵攻は6月中旬くらいで間違いないな?」


「もう少し遅いかも知れないが、そのぐらいだろう。田植えが終わって軍を起こす準備をしてからだ」


「それまで準備を終わらせないといけないか。これは急がしくなるな。ところで、熊野には軍事の専門といのはいないのか? 農民兵ばかりか?」

「イセもそうだが、この辺りの国には軍人はいない。軍事専門職を食わせて行くだけの金も食糧もないのだ。だから農業をしながら、農閑期に戦を起こすのが常道だ」


「屯田兵だな。でも田植えが終わっても、田んぼっていろいろ手間がかかるんだろ?」

「その通りだ。だからやつらは短期決戦を目指しているはずだ。この時期に攻めてくるのならそれしかない。長引かせて梅雨に入り、洪水でも起きたら死に絶える村が続出するだろうからな」


「そんな思いまでして戦争をするなよなぁ。しかし、それだけのモチベーションがあるってことだが、それについては?」

「モチべぇのしょんべん? ってなんだ?」


「どこの痴呆老人だよ。動機のことだ。やつらがイセに攻めてくる理由だ」

「それはおそらく、アマテラスにある」


「アマテラスってイズモにいた頭のおかしいねーちゃんか?」

「そうだ、その頭のおかしい……こら!! 仮にもこの国の最初のひとりだぞ。ある意味ニホン人のミトコンドリア・イブだ」


「あの、ちょいちょい、俺になじみのある単語が出てくるようなのだが」

「気にするなというに!」


「それならもっと気をつけてしゃべりやがれ! モチベーションは知らなかったくせに」


「俺の知識には偏りがあるんだよ! ともかく俺がアマテラスを追い出したらイズモに引っ越した、というか帰って行った。オヅヌはアマテラスにぞっこんなんだ」


「知識に偏りがあるって威張ってどうするよ。しかし、ぞっこんなら追いかけて行けばいいだろ? イズモにいるのなら、オズさんの足ならすぐじゃねぇか」


「オヅヌだと言っておるだろうが。変な呼び方をするとやつはめっちゃ怒るぞ」

「あれ、そういうのが通じないやつなのか?」


「冗談が嫌いなんだ。真面目で頑固でこうと決めたら絶対に引かない。信念の高まりのようなやつだよ」

「魔王どもが面倒くさがる理由が分かる気がするな」


「いや、怖がっていたのだが?」

「あいつらが素直に怖がるようなタマかよ。面倒なことに関わりたくないだけだ」


「そうなのか? あいつらはあれでなかなか食えないやつらだな」

「長く生きてるとそうなるんだろ。それで、オズちんがイズモごときに行けない理由は?」


「呼び名が悪化する一方なのだが。もう俺は知らんぞ、ちゃんと助言はしたからな。かつて神仏戦争のときに、イズモの応援要請をオヅヌは拒否したんだ。そして神はボロ負けして仏教の下につくことになった。そうならなかったのは、日本中でもイセとウサ。それにハクサンぐらいのものだ」


「それのどこに問題が?」

「お主、頭が良くないのか悪いのかどっちだ?」

「それ、どっちも悪口だからな。オズちんとしても、親戚でもないのに応援してやる義理はないだろ」


「イズモからしてみれば、同盟国で強いくせに、困っている他国を救おうとしない裏切り者、ってことになるんだよ。だからオズちんは……って俺まで言ってしまったじゃないか! オヅヌはイズモには行きづらいんだ」


「もう統一呼称・オズちんで良くね? そんなのイズモの我が儘だと思うんだが。それはオオクニが狭量だ。そもそも負けた自分が悪いくせに、他人のせいにしやがって」

「人とはそういうものだ」


「って魔王が言うな! そもそもそいつらは神だろうが。それともうひとつ気になることがあるんだが」

「なんだ?」


「アマテラスはオヅちんのこと、どう思ってんだ?」

「毛嫌いしている」

「はぁ?!」


「見るのも嫌だと言っている。だからここから追い出されたら、イズモぐらいしか行くところがなかったのだ」

「そ、そ、それはご愁傷様。それでもオズちんは」

「懸想しておるのだ。な? 頑固なやつだろう?」


 頑固、で済ましていいのかそれ。それでつけ回したらストーカーだ。


 もしかすると、俺は結構面倒なことに頭を突っ込んでしまったのかも知れない。


「突っ込んだのは、頭じゃなくて手なノだ?」

「いや、足だろうヨ」

「ネタだと思うゾヨ?」

「首だよ!!」


 あれ、イズナまで面白いこと言った?!

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