第315話 久しぶりのタケウチ工房
あれがこうだから、こうなってああなって、あぁ面倒くさい。かりかりこり、あっ、これは違うけしけしけし、あぁ面倒くさい。でもってこれがこうなってと。よし1個できた。
ヒマなのである。魔王もスクナもいないと、俺はとてもヒマなのだということに気がついた。
「あたしがいるけどね」
「ハタ坊はネタが少ない」
「僕は友達が少ない、みたいに言わないで」
オウミがいないから、サツマガラスの信頼性試験ができない。ミノウがいないから、ネコウサ水晶の成分分析ができない。不純物の有無を確認したかったのに。よって、俺が必要とする試験は止まっている。
試験ができなきゃ、基本、俺のすることはなにもないのだ。
ないのだが。それよりも問題なのは、ヒマであることをタケウチの連中に気がつかれてしまったことである。そしてこんなハメになった。
「あの、ユウさん。こういう試験をやったのですけど、いつもの解析を」
「いつもの、じゃねぇよ! お前らの試験は禁止って言っておいただろ」
「それはずいぶん前の話ですよね。でもって、これとこれもお願いしたいのですけど」
「いや、俺は忙しいんだ。計算なんかしているヒマは」
「さっきから、ずっとぼーっとしているだけのようですけど?」
「ユウ。食事が終わったのなら、ここ片付けるからどいてちょうだい。計算ならあっちの事務室でやってね」
あ、はい。とミヨシに残飯を見るような目で食堂追い出された。しぶしぶ事務所に移動する。アチラはデータを書いた紙だけを置いていった。俺にやれということかよ!
……他にできる人はいないけどな。それにしたって、いまさらめっきなんか試験すること……たくさんあるようだ。あぁ仕事熱心なやつって嫌いだ。
……誰かツッコめ!?
ダメだ。いつもの調子が出ない。魔王がいないと、これほど不自由なものなのか。
移動するにも自分で歩かないといけないし(ハタ坊にはまだタケウチでの転送ポイントができていない)、ボケてもツッコんでくれる相手がいない(ハタ坊にはお笑いの才能がない)。ましてや、率先してボケてくれるやつらもいない(ハタ坊には以下略)。
「なんか、すごくどうでもいいことでディスられてる気がするんだが」
タケウチの連中もハタ坊も、基本真面目なのだ。
ということで、俺の知らないうちにできていた事務室とやらの空き机を借りて、そこで嫌々時間つぶしという名の計算をしているのである。
なんで所長である俺専用の机ぐらいがないのかと。そんなことは思っても口に出してはいけないのである。
ここは俺の会社じゃないのだから。食堂で俺のために飯が出てくるのはなんとなくであり、俺がここにいていい理由もなんとなくである。
俺はシキ研の所長なのだ。だからそっちに行けば、なにかしらの場所が用意されているはずである。一度も行ったことがないので知らんけど。
しかし、シキ研の知り合いはエースとレンチョン、それにベータぐらいである。
彼らはいずれも俺の部下ではない。むしろ上役である。あとの有象無象はぜんぜん知らないやつらである。
そんなところに、ひとりで行けるものか! コミュ障なめるな!
ということでタケウチに引きこもって、ひたすら計算ずくめの日々を送っているのであるこんちくしお。
シキ研の所長とはいったい……?
イズモ太守とはいったい……?
もう俺、ここに必要なくね?
そんな思いがふつふつとわいてくるこの頃である。ああ、久しぶりのこの感覚。実際のところ、タケウチではもう俺がすることはほとんどない。
計算の話ではない。カイゼンの話である。金めっきもニホン刀も包丁各種も、高い生産性を示している。作れば作るだけ儲かるという商品なのだ。
ここでイズモの銑鉄も使うようにしたことで、材料の供給にも余裕ができた。
当面はこのままで、人員や設備の増強によって生産拡大をしてゆけばいい。
一方、シキ研ではまだ難問がいくつも残っている。イテコマシやソロバンなどはなんとか軌道に乗ったが、これからできてくる小麦や甜菜、それらを使ったパンやケーキを作らないといけない。
シマズの紅ガラスやネコウサ水晶の使い道も考える必要がある。ヤサカまでの道路建設は、エース(やレンチョン)にまかせておけば良いが、イリヒメの研究には目を光らせ置かないといけない。
あの女、金だけやって放置すると、なにをしでかすか分かったものじゃない。ハルミとは違う意味で。
シマズから砂糖がふんだんに手に入ったから、ちょこれいとの開発も進めたい。そこはウエモンの手が空き次第ということになる。ウエモンはタケウチの社員だけどな。
それともうひとつ。ニホンのグルメの代名詞でもある、あれもぜひ作って食べたい!!
……俺がいなきゃ、これらのこと全部なかったことになるなぁ。
仕方ない。もう少し頑張るか。いまは計算しかすることないけど、かりかりかり、あぁ面倒くさい。
ところで、識の魔法を授かったアチラであるが、傍目にはいままで通りの仕事をしているようである。めっき液をなめて金濃度や不純物の有り無しを判断している。
なんでそんなことができるのか、やれと指示した俺でさえも疑問に思うほどの、ものすごいスキルである。クロムの還元は俺が禁止したので、当面はお休みである。
まあ、あれは初級魔法だから、アチラでなくても誰か適任者がそのうちできるであろう。一月分の在庫もあることだし、代行者を急ぐ必要はなさそうだ。
問題はアチラが魔法をかけると、原子番号が動いてしまうという疑惑のことだが、これもアチラのレベルが上がって、もっとn数が増えないことには判断がつかない。
そのときは、アチラをいまの作業から外す必要があるだろう。それまで待機(現状維持)である。
もし工程で問題があれば相談があれば乗ってやるぞと言っておいたら、この計算がやってきたのである。
試験は止めろという指示が、それによって上書きされたのであろう。口は災いの元である。
鉄作りに至っては、作業者が知らないやつばかりになっててワロタ。
ゼンシンはしばらく仏像作りに注力させることになっているし、ヤッサンは忙しすぎて話しかけるいとまもない。銑鉄やステンレス作りのノウハウはすでに完成しており、これも改良の必要はなさそうである。ただし接着鉄だけはいまだにゼンシン以外にはできないらしい。
現場はみな生産に追われている。
急用があれば無理にでも話しかけることもできるだろうが、最近どう? なんて世間話をしてよさそうな雰囲気ではなかった。あそこはすごく暑いし人が多いし俺は入りたくない場所である。
そんなこんなで3枚目の計算が終わったところで、なんか来た。
「ユウ。すぐに来て欲しいノだ」
「ええっ。俺はいま忙しいんだけど」
「計算をしているようにしか見えないノだ?」
「いや、計算しているから忙しいと」
「お主が計算しているときは、他にやることがないときヨ。すぐ来るヨ」
こいつら、俺のことすっかり把握してやがる。
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