第317話 クマノ軍撃退プロジェクト

 転送ポイントの設置を完了させて、3バカ魔王が帰って来た。とりあえず、こちらでいまできることはこれだけだ。そこへ。


「遅れてゴメンね」


 なんか気の弱そうなのが入って来た? 身長は160cmぐらいで長くてまっすぐな黒髪のクールビューティさんだ。


 俺と視線を合わせようとはせず、下ばかり見てもじもじしている。なんか好感を持っちゃうじゃないか。


「ヤマト、遅かったノだ。なにしてたノだ?」

「うん、でかけようとしたところで、またゴキブリが出たの」


 この子がヤマトか。魔王には到底見えんが、それは3バカも同じか。しかし湿度の高い日本に住んでいるのだから、ゴキブリぐらいそらいるやろ。


「それでまたやったのか」

「う、うん」


 ゴキブリ相手になにをやったんだ? 俺、口を挟んでいいのかな。一応この場は魔王会議だよな。

 なりゆきでここに座っているけど、俺は完全な部外者だ。発言して良いものかどうか。それとも席を外したほうがいのか。


「お主、もういい加減に慣れたらどうだ!?」

「あんなもんに慣れるはずないでしょう!」


「スリッパで叩けば良いのだヨ」

「ひぃぃ」


「紙でつまんで込み箱にポイっなノだ」

「そのゴミ箱から、増えて出てきたことがあるのよ!!」


「処置なし、だゾヨ」

「そうなの。だからあれしか方法はないの」


 あれとは?


「だからといって、お主のやり方はいくらなんでも」

「なぁ、この子。いったいなにをしたんだ?」


 あ、つい口を出しちゃった。


「だだだだ、誰、この子って言ったこの子。私の知らない子がいる。怖い!」

「なんでだよ!!」

「オウミさん、スリッパで叩いて!」


「俺をゴキブリ扱いをすん……オウミ? スリッパを持ってどうするつもりだよ、ごらぁ! あぁ?!」

「あ、つい持ってしまったノだ」


「つい、じぇねぇよ! その雲、取り上げるぞ!」

「あ、すまんノだ」


「ヤマト。こちらはユウという人間やん。事情があってこちらに来てもらったやん」

「ええっ。人間なの?! 怖い」


「だからなんでだよ!! お前も魔王なんだろ? 人間ごときを怖がるなよ」


「ヤマトは極端な人見知りで、恥ずかしがりやで怖がりなんだヨ。初対面の者にはだいたいいつもこんなもんヨ」

「人見知りで怖がりなら魔王なんか止めちまえ!」

「イセ。この子、殺して」


「だぁぁぁぁ!!」

「そ、それは困るんだ、ヤマト。俺はユウに重大な仕事を依頼したところだ」

「怖がりなくせに、いきなり物騒なこと言ったぞ、いま!?」


「ちょっとテンパっただけなのだヨ。ヤマト落ち着け。こやつは我のご主人様だヨ」

「くっしゃみひとつで呼ばれの?」

「誰がハクション大魔王だよ! 俺はご主人様だ。こいつは眷属」


「うっそぉ?!」

「ウソちゃいまんねん。オウミもカンキチもユウの眷属らしいやん」

「うっそ……まじで?」


「その通りなノだ」

「じー」

「な、なんだよ?」

「良く見たら、ちょっといい男」


「態度豹変したぞ、この女!?」

「やっと慣れたんだゾヨ。ヤマト、それでゴキブリはどうしたゾヨ?」

「いなくなるまで膝を抱えてしゃがんでた」


 それ、対策としては下の下だ。最低だ。対策になってさえいない。ただ喉元過ぎれば熱さ忘れるあれだ。


「やっと見えなくなったので、ここに来られたの。遅れてゴメンね」

「あ、いや、まあ、そういう理由があれば仕方ない……かな」


 仕方なくないだろ?! たかがゴキブリだぞ?! 退治しろよ!!


「ヤマトの生まれたところは山岳部で、1年中乾燥した地域だったのだ。そういうところにはゴキブリはいないからな」

「山岳部ってどこの大学?」


「部活動の話じゃないヨ。ヤマトはヒラマダ山脈の出身ヨ」

「ミノウは言えてないノだ。ヒマラヒ山脈なノだ」

「お主らぼろぼろだぞ。ヒラマラさんにゃくだゾヨ」


「イズナに至っては山脈さえ言えてないぞ。ヒマラヤ山脈だ。だが正確にはその麓だ。そこは年に93%が晴れという気候でな、湿度の低い国なのだ」


「ヤマトはこの国生まれじゃなかったのか」

「そうなの。この魔王の中で私だけが異端なの。仏教時代にはアスカと呼ばれる釈迦如来だったのよ」


「釈迦如来だと?! それってシッダルタのことか?」

「良くそっちの名前を知ってるわね。でもそれは私のご先祖様のこと。私はシッダルタから7世代くらい後に生まれたけど、物心つく前に釈迦族の国はなくなっていたわ」


「ああ、そういう歴史もあったっけな」

「ほんとに、役立たずなシッダルタだこと」

「おいおい、歴史の偉人にそんなことを言うなよ」

「だって、自分だけは世界の山ちゃんになっているくせに」


「なってない、なってない。それ手羽先屋の店名だから」

「世界の大宗教家になっているくせに、釈迦族ひとつ救えないのかって話よ?」

「それを俺に言われても」


「世界とか救ってないで、せめて私ぐらい救いなさいよ!」

「それが言いたかったんかい」

「ヤマトもだんだん調子が出てきたではないか。だがそのぐらいにして、お主の領地の報告をしてくれ」


「あの、ちょっと待った」

「どうしたユウ?」

「その報告、俺が聞いても大丈夫なものか?」


 あとからダメだったと言われるほうが怖い。だから先に了承を得ておくのだ。こいつらは魔王とはいえ、そうとうなうっかり屋さんたちだからな。知った以上は生きては帰さんとか、あとから言われるのはゴメンだ。うっかりは、うちの魔王だけが例外じゃなかったようだ。


「特に隠す理由もないが」

「しかし、これは魔王会議やん。部外者の参加なんて例はいままでなかったやん」


「俺も参加したいってわけじゃないから、ミノ国に帰るとするよ。依頼されたことの準備も早くしたいしな」


「それはすまん。よろしく頼む。なんか動きがあったらまた連絡する」

「ああ、こちらも進捗を順次伝えよう。準備完了は6月初旬くらいが目処と思っていてくれ」

「じゃあ、我が送って行くノだ」



 俺はまだ会議(宴会)の続きがあるという魔王どもを残して、タケウチに帰って来た。


 さて、タイムリミットは6月中旬。だが10日までには準備を終わらせないといけないだろう。あと2週間である。


 これは忙しくなるぞ。俺が仕事を指示した人たちはな。


「そう言うと思ったよ」

「ハタ坊、ツッコみ役乙である」

「やりたくてやってんじゃねぇよ!」


 さて、誰になにをやらせるかだが。まずは、簡単なものから行くか。

 食堂に行くと、ゼンシンとカネマルがいた。


「おや、今日のカネマル講習会は終わりか?」

「あ、ユウさん。今日はいろいろ教わりました。ほんとに僕は知らないことだらけで、大いに反省しています。それをこれから自分のものにするために、彫って彫って彫りまくる所存です!」


 彫りまくられると、こっちの仕事を押しつけられないのだけど、通常業務から外せと言ってしまった手前、反対するわけにも行かないなぁ。


「いきなり詰め込んでも混乱するばかりだ。1歩1歩進んで行けばいいい。まだ若いんだ、焦りは禁物だぞ」

「ああ、そうでした。でも、習ったことを早く実践してみたくて」

「それが焦りだと言うんだよ。まずは自分の中で熟成させてみるといい。そのうち自然に手が動くようになる」


 おっ、カネマル。そのアイデアいただき!


「熟成か。そのためには仏像作りとは違った作業をやってみるのも、アリだよな?」

「いや、そんなことはない」


 こんちくしおっ!!


「ゼンシンには1日1体。満足行かなくてもいいから、必ず彫るように言ってある。別のことをするにしても、それが終わってからだ」

「その1体彫るのに、どのくらいかかる?」


「習ったことを復習しながらですから、半日ぐらいですね」

「それは良かった!!」


「「うわぁ、びっくりした!」」

「あ、脅かしてすまん。ゼンシンにぜひ頼みたい仕事があったんだ」

「なんですか、頼みって。ユウさんの指示なら断りませんよ?」


「それはありがとう。じつは、寸胴を作ってもらいたい」

「「じぃぃっ」」

「な、なんですか? なんで急に私を見るの?」


「誰がぽんきゅっぽん(ミヨシ)を作れと言った。作るのは寸胴だ。むしろウエモンだ」

「がしがしがしがし」

「いたんかい!!」


「イズナがいないから、サバエさんとこ行けない。なにか仕事あるんか?」

「ウエモンにはちょこれいと……。いや、こっちを優先してもらうか。ウエモンってうどんは好きか?」


「おう、大好きだぞ? うどんなら自分で作ったこともあるぞ」

「自分で作った?」

「うどん粉を自分でこねて麺を作って、茹でて醤油をぶっかけて食べた」

「ぶっかけうどんか。うどん粉ということは、中力粉を使ったな。でもかん水は使ってないよな」


「なんだそれ?」

「まあいい。それでは、これから熊野軍撃退プロジェクトチームを立ち上げる。そのリーダーがウエモン、お前だ」


「リーダーは君だ?」

「車掌は僕だ、じゃないっての。これから2週間ほどは、そのプロジェクトチームとして働いてくれ。じじいにはレンチョンから話をつけてもらう。それとゼンシン」


「はい。僕もそのパリジェンヌのメンバーなのですよね?」

「誰がフランスの首都に住む女性だよ。プロジェクトだ。ぜんぜん合ってねぇぞ」


「真ん中の、ジェが合ってるよ?」

「ウエモンはツッコまなくていいから」

「文字数も合ってますよね?」

「ゼンシンはなんで自慢気だよ!! そんなことはいいから、さっき言った寸胴を作れ」


「ウエモンを作るのですか?」

「そう……違う! つい言ってしまったじゃないか。必要なのは寸胴鍋だ。なるべくでっかいのを5つぐらい作ってくれ」


「寸法はどうしますか?」

「そうだな、ウエモンがすっぱり入るぐらいにしてもらおう」

「なんでいつも私が基準だよがしがしがし」

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