第301話 水晶は誰のもの?

「ミノ国とヒダ国の違いっていえば、えっと、岐阜の下半分がミノ国で、上半分がヒダ国でしょ?」

「岐阜ってなに?」


 あ、そうか。あの名称は信長の時代以降か。


「えーと。お金持ちがミノ国で、貧乏がヒダ国……タッキー、なんで涙目?」

「ど、どうせ貧乏だいっ」


「今度はそういうキャラできたか。そういうのはいらないから、話の続きをしろ」


「まったく。あれもダメこれもダメ、あんたは巨乳以外にひっかかるのはないのか」


「やかましいわ! 巨乳が好きなわけじゃねぇよ。それよりミノ国とヒダ国がどうしたというんだ」

「グジョウもヤサカも、ついでに言えばミナミだってミノ国であろうが」


「そりゃそうだ。それで?」

「私はヒダの太守だぞ」

「そりゃそうだ。それで?」


「返事をコピペですんな! それなのに、いまの話は全部ミノ国が儲かる話ばかりではないか!」

「そりゃそうだ。それで?」


「がしがしがしがしがしがし」

「お前はウエモンの弟子か!」


「だけどタッキー。ヒダ国が損をするわけじゃないでしょ?」

「損はしないが、ますますヒダ国とミノ国との差が広がってしまうではないか」

「そりゃそうだ。それで?」


「ダメだ。スク姉、こいつなんとかならない? 私には手に負えない」

「えっと。タッキーはヒダ国にも利益になることを考えろってこと?」


「そんなもん自分で考えることだろうが。そのぐらいできなくてなにが太守だ。そもそもイリヒメを救えと言っておいて、それに応えてやったのにその言い草はなんだよ。感謝ぐらいしやがれ!」


「イリヒメは私の命の恩人だから頼んだのよ。だけどそれによって、高値で売れる真っ白のイッコウまでイリヒメに取られてしまったら、もうヒダ国はやってゆけないではないか」


「イリヒメは取らないでしょう?」

「だって道を作るんでしょ? ヤサカから直接販売するんでしょ? そしたらハクサン家はスルーじゃないの。真っ白イッコウが高値で売れるということを、発見したのはハクサン家なのに」


 あ、そうか。


「どうせ、お前は太守じゃなくなるんだから、関係ないだろ。そういうことはこれからミノウが考えぐぇぇぇぇ」

「ちょっとユウさん。それは言い過ぎ」

「い、いや、スクナ、お前は絞め過ぎぐるじぃぃぃ」


 うまいこと文字の位置も合ったなと、自画自賛する作者。


「なにやら仔細があるようだな」

「ああ、しかしこれは仏師には関係ない話だから気にすんな」

「しかし、その子は困っているようじゃないか」

「そうなの! 困ってるの! カネマル様、私にも仏像を作ってくれな痛いぃぃ」


「仏像は俺が専属契約を結んでるんだ! 横から口出しすんな!」

「だからって殴ることはないだろ! 大事な頭が悪くなったらどうすんだ!」

「良くなるかも知れんだろ? もうちょっと殴ってやろうか、ぽかすか」


「わぁぁぁぁん。こいつがぶったぁぁぁ」


 ナガタキはそう言いながらカネマルさんに抱きついた。


「よしよし。ユウ、こんな小さな子に……お前も小さいけど、乱暴はするな」

「そんなきつく殴ってねぇよ。そいつのは嘘泣きだ、騙されるなよ」


「ぐずっ。ウソじゃないもん。もうヒダ国は破産するんだもん」

「そうか、それは気の毒だな。しかし、俺にはできることはなにも……まてよ?」

「ぐすっ。なにかあるの?」


 人の良いカネマルさん。だけどタッキー、仏師にそんな相談をしても。


「ユウ、うろん部屋にあるネコウサの卵だが」

「いや、あれは生成物な」

「卵じゃないのか?」

「ああ、あれは暖めても孵らない。早い話がネコウサのうんこだ」

「ひゃぁぁ!?」


 そうならないように、さっきナイショにした私の立場は……。


「そ、そう、そうなのか。ああいう形だったから、てっきり卵だと。げぇぇ、俺あれに何回触っただろう。排泄物だったとは、俺大丈夫だろうか。しかしそれじゃあ、あれを売るなんてことは到底無理か」


「カネマルさん。排泄物ではなくて生成物と言ってください。この子たちは代謝ってものがないので、食べることも排泄することもないのです。あれは、体内に過剰に溜まった好素を体外に放出した結果です」


「なるほど。魔物だからそういうことだな。それにしては、ずいぶん大きなものもあったけど?」

「あ、それはボクが便秘したときのものだモん」

「うんこじゃねぇか!」定期


「あ、それで思い出した。あれをなんとかしようと思ってここに来たんだった。その場所に移動したいのだが、ここから行けるか?」

「俺が転送してやろう。うろん部屋ならどこにでも行ける」


 ということで、てんてろりんと転送されてやって来た、もうお馴染みの裏庭である。カネマルさん曰くうろん部屋のひとつである。


「この岩の裏側だったな」

「そうだ、これこれ。これに魔力を……。魔王ではパワーがありすぎてダメだから、ハルミ。ちょっとこれに魔力を注いで見ろ」


「私がか? 魔力っていったいどうすればいいのか良く分からんのだが。。。あ、そうだ。すぱっ! 斬ったぞ?」


「お前はアホか! 斬ってどうする! あーあ、まっぷたつにしやがって。斬るんじゃねぇよ、魔力を注げって言ったんだよ!」

「私に魔力なんかないだろうが!」


「お前は識の魔法使いだろ? 精霊ってのを使うだけだろうが」

「精霊を使うのは斬るときだけだ!」


「ユウさん、魔力があってもその使い方は誰かに学ばないと無理ですよ」

「そ、それもそうか。じゃ、スクナ。お前がやってみろ」


「う、うん。私はミノウに習ったからちょっと分かる。手のひらに載せて少しずつ魔力を注ぐんだよね。それはそれで難しそうだけど、やってみるね。そぉっとそぉっと……」


「おっ! 色が変わった。真っ赤だ」

「そぉっとそぉっと」

「おおっ。紫から青になったと思ったら黄色になって紅くなって、透明になった。いろいっかいずつ?!」


「ちょっと疲れるね。でも、こんな感じでしょ?」

「なんか形も丸くなったような?」

「あ、ほんとだ。手で持っていたら、なんとなく丸くなれって指示を出しちゃった」


 ネコウサもこうやってあの透明水晶を作ったのね。


「スクナ、上手だモん。ボクがやると1週間ぐらいかかるモん」

「ほぉ。そのうん……生成物にはそんな性質があるのか。面白いものだな」

「そうなんです。でもこれをこのまま外に出してしまうと、時間とともに色が変わって、最後には最初の岩石に戻ってしまうそうです」


「スクナ。今度は紅い色で止めてくれないか」

「紅って最初の色よね。うん、やってみる。きゅっ」


 はい、できました。紅は簡単ね。


「ちょっと見せてくれ。ふぅむ。半透明のままでこの紅い色か。ゼンシン、さっきのノミでこれを粉々にできないか?」

「ええ、できると思います。どのくらい細かくしますか?」


「そうだな。できるなら粉末状になるといいのだが」

「粉末なら、ある程度砕いてから乳鉢ですりつぶす必要がありますね。でも、乳鉢はタケウチに戻らないと」

「そうか、じゃ、まずはある程度でいいから砕いてくれ」


「さくさくさく、さっくさく。はい」

「早いなおい!」

「お師匠様、この魔ノミではこのぐらいが普通なのです」

「そ、そうか。それはすごいな。この世にこんな技術ができているとは知らなかった。籠もってばかりいてはいけないのだな」


「ええ、でも、これ。ユウさんの発明品ですけどね。こんなもの、他にはありません」

「そうなのか。ユウ?」


「ああ、それは偶然のたまものだ。俺というよりオウミの発明と言ったほうがいいかも知れない。ただ、それを作る権利は俺が持っている」


「なに、お主がか」

「そんな狙い澄ました目で俺を見るな。魔ノミは作ってやるから心配すんな」

「そうか、そうだったな。ぜひ頼む」


 ユウさんはゼンシンが砕いたつぶつぶを手のひらに載せて、それを虫眼鏡で観察している。私も手に取ってみたけど、これといって分かることはなにもなかった。小さなきらきらが見えただけだった。


「まだ見た感じだが、これはできるかも知れない」

「なにができるの?」


「紅い色は均等に分散している。片寄りはほとんどないようだ。スクナ。これを粉末にして、ガラスに混ぜたらどうなると思う?」


「ガラスに混ぜるの? そりゃ、紅い色が付く……はっ!! もしかして、サツマの?!」


「察しがいいと嬉しいね。その通り。これをサツマに持っていって、試験をしてもらおう。俺の勘が正しければ、これを使って色つきガラスを作ることができるはずだ。そしたら、サツマ切子は民芸品から芸術品へと変貌を遂げるだろう!」


「そんなことを考えてたの!?」

「色が変わると聞いたときから思ってたんだ。ただ、これがうまくいくとは限らん。この色は定着はしているはずだが、それをガラスに混ぜてしかも加熱した場合にどうなるか」


「ということはユウ」

「ん?」

「これは売れる、ということだな?」


「あ、ああ。サツマ切子の材料として、そこそこの値がつくはずだ。出来映え次第で値段は分からんけどな」


「それなら、これをそのヒダの子の利益にすることはできんのか?」

「ヒダの子ってナガタキのことか。残念だ。この水晶の利権は俺がすでに譲り受けている」


「そんなこと言ってない!」

「いーや、言った」

「言ってない!」

「言ったって言ってるだろうが!」

「言ってないって言ってるでしょうが!」


「静かにせよ! 子供のケンカか! 子供だけども!! 醜いから止めろ」


「シロトリが、ここの利権を全部やると言ったから、280話は水晶記念回」

「それ、なんて俵万智ヨ?」


「だから俺はこいつらの話を聞いてやったんだぞ」

「それってこれのことでしょ?」


>「この利権をすべてあなたに差し上げます」

>「分かった。話を聞こう」


「そ、そうだ、それだ」

「この、という定義が曖昧よね?」

「それはお前、前後の文章から判断してだな」

「前後の文章にはそういうもの一切ないわよ?」


「えーと。それはだな」

「それに、利権をやるとは言ったけど、全部とは言ってない」

「えーと。それもだな」


「あやふやな言い方して。どうだってのよ!」

「ミ、ミノウ。こういう場合はどうなるんだ?」


「それは契約とは呼べないヨ。口約束も契約の内ではあるが、具体的な内容がないから、契約したことになっていないヨ」

「まじでか?」


「マジだヨ。ナガタキ、その利権とはなにを意味していたヨ?」

「ダンジョン内の空気を吸わせると、私のような病気の人を救えるという利権よ」


 タッキー。あんたそれ、たったいま思い付いたでしょ。


「そんな限定的な利権なんかいらねぇよ!!」

「あっそ。じゃ、それもなしね。ミノウ様?」

「解約なのだヨ」

「ぎゃぁぎゃぁぎゃぁぎゃぁ」


「なにやら人の世はややこしいというか騒がしいというか。ということはこの水晶は、ヒダ国のもので良いのだな?」

「その通りですね、カネマル様」


 こここここ、こんちくしおおぉぉぉぉぉ!!!


 ユウさんの魂の絶唱であります。まあ、こういうこともありますって。


 利権どうこうより、こんな小娘にしてやられたことが悔しい。

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