第300話 ゼンシンのノミ

「とうとう300回なノだ」

「うむ。その日暮らしのありえってない小説で、まさかここまでネタが続くとはインカ人もびっくりだな」


「日本人でもびっくりなノだ。300回記念になにかイベント的なことをやらないノか?」

「イベントかぁ。そうだな。ハルミ、脱ぐか?」

「脱がねぇよ!!!!」


「じゃ、ユウコ?」

「よ、よ、嫁にしてくれるなら」


「じゃ、じゃあ、ミヨシ」

「キラッ」

「それ、オウミヨシじゃなくてダマク・ラカスだから。人がめっさ切れるから。こっち向けちゃダメ!」


「ウエモン……はそのままでいい」

「がしがしがし」


「うん、アベノミクスで景気が良くなったせいか、人材不足が甚だしいな」

「どんな人材なノだよ!?」


 ということで、だらだらと300話の始まりです。



「おう、ゼンシン来たか。こちらがその仏師の」

「ここここここれを彫った方がこちらにおわすこけっこー」

「お前はミネソタの卵売りか。落ち着いて話せ」


「ここここここの方がこれを彫ったそのこけっこー?」

「お前の中で俺はいったい何者になってるのだ。ゼンシンとやら、お前が仏師志望の若者か」


「は、はい。そうです。あなた様ですか、こんな、こんなすごい仏像を彫った方は!?」


 やっぱりすごいんだ、あれ。


「引き締まった表情に凜とした結跏趺坐の姿勢。台座にまで精密な加工が施されています。僕が一番驚いたのは光背です。エッジなどまったくありません。ひとつひとつの炎が実に丁寧に彫られています。しかも遠目で見れば本物の炎が揺らめいているようです。見ているだけで僕の修行不足が露呈します。こんな神々しい仏像を見たのは初めです」


「「へぇぇ」」


「ゼンシンはそこそこ分かっているようだな。それにひきかえお前らときたら、へぇぇでおしまいか」


「いやだって。私たちにはそんな素養もないし教育も受けてないし」

「超絶技巧だってのは分かったが、それ以上のことは専門家の分野だろう」


「まあ、それが普通といえば普通か。この価値が分かる人間がいるということはちょっと嬉しい。ゼンシン、お前の作品も見せてはくれないか?」

「申し訳ありません。それは持って来ていません。その代わり、こういうものを」


 といってゼンシンが出したのは、例の魔ノミであった。計48種類。


「種類ありすぎやろ!?」

「すみません、好きなだけ作っていいと言われたので、少しでも加工しやすいものをと思って追加しているうちに、こんな数になってしまいました」


「ほう、これはすごいラインナップだな。どこで買った?」

「いえ、これは全部僕の手作りです。ただし、鉄だけはユウさんとイズナ様に作ってもらったものです」

「こ、こ、これは全部自作なのか?!」


 驚くとこそこなの?


「お主ら、この価値が分からんのか? これはこれですごい才能だ。しかもノミだけじゃない。これなど仕上げ用のヤスリではないか。それにナイフも何種類もあるし千枚通しも作ったのか。それと、これはなんだ? ネジ?」


「あ、それはドリルです。まん丸の穴が空けられるものです」

「ああ、穴開けか。しかしそれがどうして仏像製作に必要なのだ?」

「光背を彫るときにこれで穴を空けていてからノミを入れると、早くできるのです」

「ああ、なるほどな。そのための専用ということか」


「ゼンシン、ドリルも魔鉄でできたのか?」

「ええ。ウエモンに削ってもらいました。ものすごく時間がかかりましたが、なんとか3本できました。これはそのうちの1本です」


「残り2本は?」

「それはウエモンに渡しました。なにかの加工に使うと言ってました」


 ウエモンが魔ドリルを手に入れたのね。でも、なんに使うつもりかしら?


「ほぉ。ドリルとは便利なものを考えるな。お前はただの仏師ではないであろう」

「ええ、ユウさんのおかげで鉄作りから学ばせていただいてます。おかげですごく多くの体験をさせていただきました。これはその成果のひとつです」


 それ、こき使われたの言い換えだよね?


 希代の名仏師・カネマルさんは、目を輝かせてゼンシンの魔ノミを見ている。


 ノミにこんなに種類があるとは知らなかった。丸ノミ、角ノミ、薄ノミ、こてノミ。しかもそれぞれに幅や刃の角度を変えてある。ゼンシンは自分の使いやすいように自作したのね。


「ということはゼンシン。あの魔鉄は全部使っちゃったか?」

「いえ、ノミの魔鉄はあご(刃として機能する部分)部だけで、通常の銑鉄にはめ込むようにしてあります。持ち手はもちろん木製です。だから魔鉄はまだ半分以上は残っています」


「この作り方は誰に習ったのだ?」

「いえ、これは全部見よう見まねで」

「独学でこれだけのものを作ったのか?!」


「あ、いえ。まったくの独創ではありません。市販のノミをマネたものがほとんどです。ただ、使い勝手が良いように、自分でアレンジをしてありますが」


「ふむ。お主のその仏師としての意気込みは称賛に値する。ただし、問題は切れ味だ。ゼンシン、ちょっとだけ使ってみても良いか?」


「はい! ぜひ、どれでも使ってみてください。ただし、切れすぎるかも知れませんので、最初は注意をしてください」


「俺に注意しろか。それをユウが言ったのなら、張り倒したくもなるとこだが」

「こらこら」

「ゼンシンが言うのなら、なにか理由があるのだろう。どれ、ではまずこの平ノミから使ってみよう」


(ゼンシン、カネマルは自信満々のようだが大丈夫かな?)

(切れすぎると言っても、生身の人間は切らないようです。危険はないと思います。ただ、あれは僕にしか使えないという可能性があります)

(そうだったな。だとすると、ちょっとやっかいだが)


 そのとき。


「あがぁ!?」


 という素っ頓狂な声を出したのは、当然ながらカネマルさんである。


「な、なん、なんじゃこりゃぁぁ」


 どこの松田優作よ。


 あらかじめ粗加工しておいた石に魔ノミを当てた瞬間、滑るように石が削れたのだった。


「おいおい、なんだこれは。俺はほとんど力なんか入れてないのに、勝手に削れたぞ?」


 それを聞いて私たちはホッと胸をなで下ろした。カネマルさんでもこの魔ノミが使えることが分かったからである。


「カネマル様。刃を当てるときに、どこまで切るか。それを先に考えておいてください」

「考えるだと? するとどうなるのだ?」

「おそらく、その通りに切れます」


「そんなものがこの世にあるのか。あっていいのか。サクッ。あ、ほんとだ。おいおい。これはまたすごいものを、さくさく作ったなサクサク、サクサク。こりこり。べし。サク。さっくさく。ボブサック。かりかりかり。ざくざくざくざく。できた……できちゃった、もうできちゃった?!」


 ボブサックってなに? 


 とりあえず、1体の地蔵菩薩が完成したようである。


「カネマル、出来映えはどうだ?」

「まだ仕上げをしていないが、悪くはない。それよりこんなに早く彫れてしまうとは。普通は丸1日かかる作業だぞ。ただ俺がこれに慣れていないせいか、いまいち品格に欠けるな」


「そ、それでですか?! 私には完璧な地蔵菩薩に見えます。錫杖なんかいまにも動きそうです」

「少し刃が走りすぎるのだ。だから勢いはあるが、緻密さに欠ける仏像になった。しかし、これはこれで悪いものではないな。俺は新しい世界を見つけたのかも知れん。ゼンシン!」


「はははははは、はい!?」

「このノミを俺に譲ってくれるか!?」


「待ったぁぁ!! カネマル、その前に約束を果たしてもらおうか」

「約束……ああ、そうだったな。ゼンシン、お前は俺の弟子になる気はあるか?」

「はい! それはもちろんです!! ぜひに、ぜひにお願い致します!!」


 いや、そっちは対象が違うんですけど。弟子になるのは、ハルミさんの尊い犠牲の上だったんじゃ。


「いいだろう。それなら魔ノミをカネマルにプレンゼントしよう。しかし、そこにあるのはゼンシンのものだ。これから作る、ということでいいな? ゼンシン」


「はい、僕が全身全霊を込めて作らせていただきます。お師匠様の指の大きさとかクセなどを見て、それに合わせて持ち手なども作ります」


「そ、そうか。そうしてもらえると俺も嬉しい。では、もうひとつの約束も果たそうか、ユウ」


「忘れてるのかと思ってたぞ。先に言ってくれてありがとう。これからカネマルの彫った仏像は、俺が引き取って販売する、という契約の成立だ。取り分は売値の30%でどうだ?」


「ああ、お前の言い値でかまわん。こんなすごいノミをもらえるのなら、タダでもいいぐらいだ」

「じゃあ、タダで ごちーんあっ痛いん」


「それはダメだヨ。きちんと契約するのだヨ」

「酔ってたんじゃないのか。ミノウはそういうとこは厳しいな」

「魔王として当然のことだヨほよよんよん」


 酔っていてもそういうときは、ちゃんと仕事するのね。


「でもユウさん、30%ってちょっとぼったくぐぅぅぅぅ」

「スクナは黙ってろ。これはイリヒメ救済策だ」

「きゅうふぁいふぁく?」


 ユウさんは、この仏像の価値を聞いた瞬間に考えていたそうだ。この販売をイリヒメに担当させると。そうすると、ヤサカの里は膨大な利益を得ることになる。


 月に5体として500万の売り上げになる。年間で6000万。利益率が70%なら4,200万の粗利益となる。原料費は不要。人件費や光熱費はイリヒメ研究の職員の分だけである。


 イリヒメが死を覚悟した628万の借金が、遠く霞んでしまうほどの利益である。


「あ?! そうだ、ユウさん!」

「なんだ、スクナ?」

「それだけ利益が望めるのなら、道を作ってもいいのでは?」


「道? 道って、あああっ!! そうか。そうだな。現在の販路はカントしかない。それでも売れるだろうが、それは郵送費がバカにならない。だが、道を作ってミノ国やオワリ国まで運べば、これはいい商売になるな!」


「うんうん。それならレンチョンさんもきっと承認してくれるよ!」

「そうだな、そうだよな。スクナ、よく気がついた。エライぞ!! これでヤサカの里は本格的に復興できる!!」


「良かったね!! ユウさん。イリヒメもきっと喜んでくれるね」

「ああ。破産という絶望の淵から、1日で明るい未来が開けたな」


「あ、あの?」


「そうと決まればさっそくレンチョンに連絡取って、またあの銀行屋を呼んで」

「うんうん。会社設立の手続きもいるし、またしばらくは忙しい日々になるね」


「だから、そのあの」


「どうしたの、タッキー?」

「イリヒメを救えって言ったのはお前だ。それがかなったんだからお前も喜べよ」


「それはありがとう。それはそれでめでたいのだけど、そのあの」

「なによ、あんたらしくないわね。はっきり言いなさいよ」


「あんたたちって、ミノ国とヒダ国の区別ついてる?」


「「はぁ?」」

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