第299話 奉納用の虚空蔵菩薩
「ここにはいつもカネマルひとりだけなのか」
「だいたいそうだが、来客もときどきある」
「さっき言ってたタカミツとか?」
「もちろんタカミツも来るが、サカイの商人も良く来るのだ。それがうっとうしくてな、扉を隠してやったのだ」
「サカイの商人って、カントって名前のやつじゃないか?」
「ああ、そんなような名前だった。俺の彫った仏像を売ってくれってうるさくて」
「あれ。俺がもらったやつも売り物だったのか? それは悪いことをした」
「いや売り物ではない。それに交換したのだから問題はないぞ。ちょっと安い気はしたが、このお菓子はなかなかの美味であった」
「たくさん作れたらまた持ってくるから、それで勘弁してくれ」
「別にかまわんよ。だが、次は2袋欲しいな」
「分かった分かった。気に入ってもらえて光栄だ。そのぐらいなら持ってこよう。しかしカントはもっと高く買うと言ったんじゃないのか? いいのか、俺に渡したりして」
「これは商売のために作っているわけじゃない。ここを保持するのに必要だからだ」
「保持する?」
「さっき言ったであろう、この仏像がこのダンジョンの守りの一部になっていると。だが俺が仏像にかけた修法は1年ぐらいしか保たない。だから、毎年交換する必要があるんだ。そのための仏像作りだよ」
「そんな大事なものを俺がもらっていいのか?」
「奉納用のものは、その1年で一番できの良かったものを使うことにしている。お主に渡したのは失敗作ではないまでも、あまりできの良くないやつだ」
「ああ、そういうことか。俺にはとてもそうは思えんけど、見るやつが見たらそうなんだろうなぁ」
「まあ、自己満足に過ぎんけどな。それを1体100万で買うとか、カントってやつも意味が分からん」
「「「ふぁぁぁぁぁ!?」」」
「ああ、驚いた。そんな一斉に大声を出すなよ」
「おどろおどろ驚いたのはこっちだ。100万だと?! なんで売らんのだぁ!!」
「なんでって言われても。その程度のはした金、どうでも良いではないか」
「はしはしはしたはしたがねじゃないでしょぉしょぉしょぉ!」
「お前らは言語中枢が麻痺してんのか」
「お前こそ金銭感覚が麻痺してんのか」
うまいこと文字数合わせたわね?
「大仏を作って24億7000万円ほどもらったからな。ここの物価水準ならあと数千年は楽に暮らして行る。いま100万や200万ぐらいもらったところで」
「それで、この国の人が助かる、という考えはないか?」
「助かるとはどういう理屈だ?」
「カネマルが仏像を作る。それを、地元の人に売る。その人が全国の仏像を必要としている人に売る。そうやって金を動かせば、その地域には雇用が生まれる。収入が増えると新たな産業もできる。国の税収も増える。そういうサイクルを作ることができるんだが?」
「俺には分からん。そうしたければ、勝手にしてもらってもいいが、面倒なことは御免被りたい」
「月にどのくらい彫っている?」
「そうだな。月によって違うし同じ仏像ばかり彫っているわけではないが、だいたい5,6体は彫っているかな」
「ってことは年に60~70体か。1体は奉納用として、残りが販売できるわけだ。1体100万とすると6千万の売り上げとなる! すごいな。原料はなにを使っている?」
「計算の速いやつだな。原料はいつもここにある石を使っている。いくらでもあるからな」
ろ、ろ、6千万ですって?! それだけあれば。
「修法をかけるのは、1個だけでいいんだよな?」
「いや、修法をかけるということは特に意識してやっていない。俺が時間をかけて彫っていると、どれにも自然に修法がかかってしまうんだ。かけるな、と言われるほうがよほど困る」
「そうか。じゃあそのままでいい。原料費はタダ同然と考えてよさそうだ。加工はノミか?」
「ああ。人にもよるのだが、俺はノミでこつこつやるのか性に合っている。種類は加工場所によって使い分けるから、ノミは10種類ほど必要だけどな。それだけは消耗品だ。イズモの国で特注品として作らせている」
「イズモで? それは銑鉄を使っているということか?」
「良く知ってるな。そうだ、これはイズモでしかできないノミだ」
「ユ、ユウさん。それなら!」
「ああ、スクナ。お前の言わんとすることは分かっている。なあ、カネマル、ものは相談だが」
「ん? なんだ?」
「そのノミ。俺が提供すると言ったら、その仏像を俺に独占販売させてくれるか?」
「イズモより良いものができるものなら別にかまわんぞ」
「それは使って見てから判断してくれればいい」
「ふむ。それはどこで作った鉄を使っている?」
「このミノ国産だ」
ミノ国っていうか魔王だけどね、作ったのは。
「ミノ国も鉄はたくさん採れる土地だが、あまり品質の良いものじゃないだろ」
「ここには俺が工夫した銑鉄ってものがあるんだ。じゃんじゃんこっちで作っているぞ」
「そうだったのか? しかし、これは砂鉄から作った銑鉄だ。通常のとはかなり違うが」
「確かにそれは特殊な銑鉄だ。だが、これから見せるものはもっと特殊だ。まあ、試してみてくれ」
「試すぐらいは別にいいが、イズモより良いものができるとは思えんけどな」
「もし気に入ったら、取り引きに応じてくれるな?」
「いいだろう。いま使っているノミより良いもの――切れ味とか耐久性とか研ぎやすさとか――なら、奉納する以外のものをお主の言い値で売ってやろう」
「ユウさん!」
「スクナ!」
私たちは思わず手を取り合って喜んだ。こちらには魔鉄がある。この間イズナが作ったものが、ほとんど残っている。あれで魔ノミを作れば良い。ゼンシンさんが一度作っているから、簡単にできるはず……もしかして?
「ねえ、ユウさん」
「なんだ、スクナ?」
「もしかしたら、魔ノミの在庫があったりしない?」
「在庫か。ああ、そうか。イズナの鉄がたくさん取れたので、ゼンシンには好きなだけ作れと言っちゃったな。そのうちの1本をもらってくるか?」
「うん、確認してみる必要があるけど、予備を作っているかも知れなしいね」
「そうだな、魔ノミに予備は必要ないと思うが、ゼンシンがそこまで考えているかどうかだな。だが、師匠になる人に渡すのなら、1本ぐらい提供してくれるだろう。よし、ゼンシンは急げだ」
「善は急げ」
「はいはい。分かってるよ。おい、イズナ」
「ほい、来ると思ったゾヨ」
「出番がなかなかなくて済まなかったな。すぐタケウチに飛んでいまの話をゼンシンに伝えてくれ。で、魔ノミを1本持ってここに来るように。そうだ、ついでにこの仏像を持っていって見てもらおう。こんなものを作るすごい人を紹介するぞって」
「分かったゾヨ。行ってくるゾヨ」
(あの仏像、気に入ってくれるといいけどね。はっきり言って私にはその価値が良く分からない)
(スクナ、実は俺にもまったく分からない。本人曰くあまり良いできではないそうだし。でもこいつが大仏を作った人なら、そんなひどいものではあるまい。ゼンシンが見れば分かるだろう)
「ところで、なんだその魔ノミというのは?」
「それは実物を見てもらったほうが早い。優秀なノミぐらいに思っていてくれ。カネマルが使いこなせるかどうかは別の話になるがな」
「俺のキャリアを知っててそれを言うか? どんなものであろうと、俺に使えないノミなどは存在しない。切れるか切れないか。それだけだ」
ちょっと怒らせちゃった。だけど、それは使ってみてのお楽しみね。そのギャップに萌えていただきましょう。
「そうだ、俺も聞きたいことがあったのだ。ユウが知っているのなら教えてくれないか」
「知っていることならなんでも教えるが、ここのことならそれほど詳しくはないぞ」
「実は、この部屋を見つけたとき――つまり大地震のあと――から、ダンジョンには妙に魔ネコばかりが増えているような気がするのだ。特に春になると増えるようだが、あれはなにか理由でもあるのだろうか?」
ああ、それは。こうこうこういうわけでと、私のほうから説明をした。しかし、それが意外な結果を生んだ。
「あのダンジョンには好素が多いのか。だからネコウサはちょくちょく卵を産んでいるんだな。好素はミノウも好物なのか?」
(あれは卵じゃないのだモん?)
(いいから黙っておこうね)
「もちろんヨ。魔王やっててなにが楽しいかって、好素を吸うことぐらいだったのだヨ」
「だった?」
「あ、いまはいろいろと面白いヨ?」
「なんだいろいろって。まあそれはいい。好素がここに多いということで思い付いた。おそらく元になっているものはあれだ。ちょっと待っててくれ」
そう言ってカネマルは再び結跏趺坐を組み、ふにふにふにと宙に浮かんだ。そして壁から張り出している岩の上まで飛んだ。そこでややこしい作法をしたあと、手を突っ込んでなにやら取り出した。
そして降りてきたカネマルが見せたのは、1体の虚空蔵菩薩であった。
「俺がもらったのと同じか?」
「形は同じだが、できが違う。これは俺の中でも特に良くできたもので、次に奉納することになっているやつだ。念のために保管庫に入れたあったのだ。これには俺の修法もかかっているが、奉納するためのタカミツの法力もかかっている。ミノウ、これを持ってみろ」
「なんだヨ。これは……あれ? これは!! その大慈大悲の甲冑を得て土の精霊に加護を申しつけん。ソワハンバシュダサラバダラマソワハンバーシュドカン!!」
なに? なんなの? ミノウったら、いったい、なにが起こったの?!
「こら! ミノウ。いきなり呪文をぶっぱなすでないノだ。びっくり……おや? あれ? これは!! その大慈大悲の甲冑を得て水の精霊に加護を申しつけん。ソワハンバシュダサラバダラマソワハンバーシュドカン!!」
ええ? オウミまで?!
「お前ら、それ好素を取得するときの呪文じゃないか」
「「そうなノだヨ!! うまいうまいうまいうまい。気分リフレーッシュ! わははははははは」」
リフレッシュ、じゃないっての。どうしたのよ? ユウさん?
「これは魔王だけが使える魔法で、好素を一気に取得する魔法だ。もしかして、その仏像が発生源なのか?」
「やはりそうか。魔王がそこまでこれが好きというのなら、魔物もこれに惹かれて来るのだろう。中には魔ネコのように、これが刺激になって子供を作るのも現れるわけだ」
「まるで媚薬だな」
「魔物にとっては、ある意味麻薬のようなものかも知れないな」
「お前ら、中毒にはならないようにしろよ」
「ほにゃらららほーいほーいのほいのほいのホイヨ!」
「あひゃひゃひゃひゃノだノだあひゃひゃひゃひゃひゃノだ」
リフレッシュしたはずが、すでに中毒になっとる。
「カネマル、これはいったい?」
「魔王にとっては、強い酒のようなもののようだな。酔ったんだよ」
良く酔う魔王たちだこと。
「あれ? だけどユウさん、この魔王の症状って昨日と似ていない?」
「そういえば似てるな。魔力を使い過ぎた魔力酔いと言っていたが」
「魔力を使い過ぎたら普通は倒れるものだぞ。酔うのは別の理由だろう」
「カネマル、それは確かか?」
「詳しいわけではないが、俺が修行中の身だったころ、修法を使い過ぎて全身が筋肉痛になったことがある。歩くのもままならなかった。丸々3日間寝て過ごした」
「なんで修法で筋肉痛になるんだよ!」
「筋肉を使うからに決まってるだろ! そんな楽な作業じゃないんだぞ」
また分からない世界になった。ともかく、好素を吸い過ぎると魔王は酔う、ということだけは覚えておこう。なにかのときに使えるかもしれないメモメモメモ。
そうしているうちに、ゼンシンが血相を変えてやってきた。
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