第297話 仏師・カネマル

「お前こそ誰だ?」

「いやいや、お前が誰だと聞いているのだ」

「いやいやいや、お前こそ誰だよと俺が聞いてるんだ。ここでなにをしている?」

「いやいやいやいや、ここは俺の作業場だ。お前こそどこのどいつだ」


 いや、ばかりがどんどん増えて行く定期。キリがないわね、これじゃ。


「いい加減にするノだ、ふたりとも。カネマル、久しぶりなノだ。相変わらず仏像三昧なノか」

「おや、オウミではないか。こんなところで珍しいな。確かお前はニオノウミの魔王だろ。領地を追われたか」


「追われるようなヘマはしないノだ。いまはこやつの眷属になっておるノだ。それでここにいるノだ」

「眷属にだと? お前がか? 相変わらずのんきなやつだな。自分の領地は大丈夫なのか?」


「別に問題ないノだ?」

「そ、そうか。それならいいが」


「カネマル。我もいるのだヨ」

「なんだミノウもいるのか。今日は千客万来だな。そろいもそろってここに遊びに来たのか?」

「なに、なにかいい遊びがあるきゅぅぅぅ」


「遊ぶって聞いただけで引っ張られるな。どんだけ遊び好きだよ。カネマルと言ったな。俺はユウ。こいつらのご主人様だ。突然乱入してすまなかった。俺たちはここに来ようと思って来たわけじゃないんだ」


「ユウ? 聞き覚えのある名前だ。もしかしてお主があの有名なユウか?」


 どっちで有名なのかしら?


「どういう風に有名なのかは聞かないようにしている。だが、知られているなら好都合だ。もし手が空くようなら少し話でもしないか? 菓子ぐらいなら出すぞ」


「ふむ。お主の話なら面白そうだな。ちょっと待っててくれ。いまここから降りて行くふにふにふに」


 宙に浮いていたカネマルさんが、ふにふにと降りてきた。どうしてもっと普通に降りて来られないのかしらも定期。


 カネマルと呼ばれたその人は、中肉中背でユウさんと同じような作務衣を着たお坊さん? であった。


「それで、俺になに用だ?」

「用があって来たわけじゃないノだ。そこのダンジョンから飛ばされたノだ」


「ダンジョンから? あの扉型キーアイテムを見つけたのか。最近、鬱陶しい来訪者が多かったので、隠しておいたのに」

「それはここにいるハルミがぎゃぎゃぎゃぎゃ」

「オウミ様、そこは内緒でお願いします」


「わ、分かったノだ。我ならあんなもの見つけるのは簡単なノだわははは」

「ふぅむ。ハルミとやら。お主は剣士のようだな」

「え? あ、はい、いや、それはそのあの。そうでもないようなあるような剣士ですよ?」


「隠したいのか自慢したのかどっちだ。オウミと同じで誤魔化すのヘタなやつめ」

「「あひゃん」」


 なにその珍しい擬態語は。


「そうだ、みんなを紹介しておこう。こちらはスクナ。俺の執事だ。有能だぞ」

「そうか、よろしくな、スクナ殿」

「スクナです、こちらこそよろしくです」


「で、その他大勢だ」

「「「「ぎゃぁぎゃぁぎゃぁ」」」


 みんなを紹介するとはいったい?


「カネマル様。まずはこれでも召し上がれ」

「スクナ殿、お気遣いすまんな。ユウとは面倒なことは吹っ飛ばすタイプのようだ。その執事は大変であろう。おや、これは見たことのないお菓子だ。焦げた小さなせんべいのようなものパリ……おおっ? なんだこれは。パリパリパリ。手が、手が、止まらない。麻薬でも入っているのか!」


「そんなもん入れるか! ポテチだよ。俺が作った商品だ」

「これがポテチ。お前が作ったのか。すごいじゃないか。もっとないか?」


「そこの魔王どもが隠しているかも知れないが」

「「「ない、ない、ない、ないノだゾヨヨ」」」


「ふむ。かなりあるようだな。俺の彫った仏像と交換ってことでどうだ」

「さっき彫ってたのはやはり仏像だったのか。そのサイズ次第では交換に応じてもいいぞ」


「いや、それ、我らのポテチ……」

「商売ものに手を出した以上は諦めろ」

「「「きゅぅぅぅ」」」


「それはともかくユウ。カネマルはヤマトでは知らない人はいないほどの名仏師なノだ。あのでかいヤマトの大仏を作った男なノだ」


 それはもしかして、あの奈良の大仏のこと? そんな人がこんなところにいるの? mjsk?


「ヤマトの仏像って、毘盧遮那仏のことか? 確か華厳宗の本尊だったな」

「ほう、よく知っているな。密教伝来以前の仏像は、あまり知られていないのだが」


「一般教養だよ。それより、カネマルはあの大仏作りを指導した、ということだよな? あんな巨大なもの、ひとりで作れるわけがない」

「その通りだ。あの大仏は鋳造だからな。俺は設計と製作の指示をしただけだ」


「それだってすごいけどな。で、その手に持っているのは、木から彫り出したもののようだが」

「まだ作り始めたばかりだが、俺はこのぐらいのサイズが一番好きなんだよ。そもそも人に指図することには向かないしな」


「みたところ、虚空蔵菩薩? のように見える。それならポテチ1袋だ。オウミ」

「分かったノだ。ほれ、ポテチなノだ」

「1袋とは少なくないか?」


「ポテチはまだ稀少なんだよ。これ以上はまた別途相談に応ずだ。しかし、あれだけの仕事をしたとなれば。周りは放っておかなかっただろ?」


「ああ、いろいろまとわりつかれて迷惑したな。有名になったおかげで金ももらったが、いろいろ余計なものまでついてきやがった。俺は自由に彫っていればそれで幸せだったのに、やれ嫁をもらえ、パーティに出席しろ、講演会をやってくれ、自民党から出馬しないか、などなどうるさいことうるさいこと。それに嫌気が差してミノ国に戻ってきたんだ」


(なんかジャンルの違う単語が混じってたわよ?)

(作者のクセなノだ)


「ふぅん。苦労もあるんだな。それで、ここにはいつ頃から?」

「そうだな。もう1,000年は越えたと思うが、はっきりとは覚えていない。ここはホシミヤという人間を祀った神社だ。俺はそこを勝手に間借りしているだけなんだ」


「家賃は払ってるのかヨ」

「誰に払うんだよ!」

「我がもらってやるきゅぅぅぅ」

「お前は黙ってろ」


「間借りってことは、このダンジョンを作ったのはカネマルなのか?」

「いや、そうではない。俺が来たときにはすでにダンジョンはあったからな」


「その辺の詳しい話も聞きたいものだが」

「それは次回にすることになっている。それよりも、ハルミ殿」


「は、はい?」

「良い身体しているなぁ」


 びくっぅ!


 言われ慣れてないことを言われて、ハルミさんがビビっている。カネマルさんも巨乳好きなのかしら。


「い、いえ。そ、そんなたいした、身体では、ありませんってばあはは」

「いやいや、その筋肉の付き方は、尋常な訓練でできるものではあるまい。俺は仏像ならなんでも彫るが、まだ仁王像を彫ったことはないのだ。お主をモデルにすれば、素晴らしい仁王像の女バージョンが彫れそうな気がする。ちょっと着ているものを脱いでみないか~ん痛い」


「アホタレ。すぐに脱がそうとするでないノだ。初対面のおなごにそういうことを言うから昇太さん。あんたのとこには嫁が来ない」


 なんの話よっ!! ってか嫁来たわよ!? (昇太師匠、おめでとうございます)


「嫁などいらんというに、しかし失礼をした、ハルミ殿。俺はモデルになって欲しかっただけなのだ。その鍛え上げられた太もも、それに豊かな胸。締まったウエスト。力強い二の腕。見事なものではないか。お主こそ希代の女剣士の名にふさわしいおなごだ」


 あひゃきゃひょぁっ。


 また言われ慣れてないことを言われて、ハルミさんが当惑している。カネマルさんはお口上手ね。


「だから裸にならないか~ん」

「だからくどくなって言ってるのヨ!!」


「ミノウまでツッコみをするとは。ユウ、お主はこいつらにどんな教育をしているのだ?」

「なにもしててねぇよ! そいつらはどっちかというとボケ担当のほうだ。だが、カネマル。そんなにこのハルミの身体が気に入ったのか?」


 びくっぅ!


「あ、ああ。たったいま、俺に創造の神が降りてきている。これは素晴らしい仏像ができる予感だ。芸術家にはこういうのが大切なのだ」


「ということだそうだ、ハルミ?!」

「ななな、なんだ、なんで私を見るのだ。私は嫌だぞ。そんなこと絶対に嫌だ。だ、誰が人前で裸になんか」


 すでに何回もなっていたような。


「ということだそうだ、カネマル」

「そうか。100年にひとり現れるかどうかという逸材なのだがなぁ。ユウ、お主の力でなんとかならんのか?」

「そうだな。ハルミを裸にするのには、ひとつだけ条件ががある」


「だめだと言ってわぁわぁわぁわぁいるだろうがぎゃぁぎゃぁぎゃぁ。殺してやる、斬ってやるぎゃぁぎゃぁわぁわぁぎゃぁ。止めるなスクナ、アシナ。ユウを斬って私もしぬぎゃぁぎゃぁ」


「その条件とはなんだ?」

「弟子をひとりとってもらいたい」


「弟子だと? お前がか? 仏像には詳しいようだったが、彫ったことはあるのか?」

「いや、俺じゃない。俺の部下にゼンシンというやつがいる。仏師志望の優秀なやつだ。そいつに、仏像を彫る技術を教えてもらいたいんだ」


「ほう。そいつがどんなやつか分からんが、教えるだけなら俺はかまわんぞ」

「私はかまうぞ!! そんな交換条件なんかでひとつしかない身体を晒せるものか!」


「そりゃひとつだろうよ。ふたつあったら幽体離脱だ。だがハルミ考えろ。これはゼンシンのためなんだぞ?」

「うがっごっ」


 あ、静かになった?


「ゼンシンはもともとお前が見込んでタケウチに連れてきたんだろ。お前の部下のようなものだ」


 あなたが手下のように使いまくっていますけどね?


「そ、それは……」

「ゼンシンにいくら才能があっても、まだ我流で彫っているだけだ。それでは永遠に一流にはなれない。音楽でもスポーツでも、ある時期に徹底して基本を叩きこむ必要があるんだ。そのために、絶好の先生がここにいたんだよ。こんな幸運を逃して良いものか?」


 仏師として勉強する時間を奪ったのは誰でしたっけ?


「うがががっ」

「こんなチャンスを逃したらゼンシンは一生仏師にはなれないぞ。ゼンシンの未来がかかっているんだ」

「うが」


「了解だそうだ」

「うが?!」

「そうか! それは良かった。ではさっそく服を脱がしたーいん」

「ここでするな、ここで!!」


「いたたたた。ゼンシンは急げというではないか」

「誰がうまいこと言えと。来週にでもタケウチ工房に来い。そこでゼンシンを紹介する。話はそれからだ」


「いいだろう。詳細な場所はミノウに教えてもらう。そのときは、ハルミを自由にしていいんだな」

「ああ、煮るなり焼くなり好きに痛っ、こんどは俺が殴られる番?!」

「モ、モ、モデルになるだけだ!!」


 素っ裸になるかどうか、そこは交渉しなてくいいのかしら? 水着着用でもいいか、とかさ。


「ああ、それでいい。俺が気に入った1体を彫り上げるまでの間、モデルになってくれ。その代わり、そのゼンシンというやつに俺の持つ技術を全部教えてやるよ」


 ゼンシン、喜ぶだろうなぁ。あの大仏を作ったほどの名匠を師匠にできるなんて、仏師冥利に尽きるわね。


「私の尊い犠牲の上にな!!」

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