第266話 ネコウサギイタチ

「サクサクサク、ふぎゃっっ!!」

「痛いっ」


「ほら見ろ、言わんこっちゃない。うかつに手を出すから噛みつかれたゾヨ」

「痛たたたた、くぅ、怯えているのよ、この子。だからつい痛たたた、ちょっと離しなさいってば、痛たたた」


 体長は30cm程度だが、犬歯はするどく私の前腕筋に食い込んでいる。咬む力もかなり強い。ものすごく痛い。

 でも、流れ的にここはしばらく我慢してあげるところであろう。怖がっている小動物には優しく接することが大切なのだ。


 私は必死で痛みを堪えて、優しい目でこの子を見るようにした。しかし、痛い痛い痛い。


「無理に引き剥がすとかえって危険ゾヨ。ほらほら、そこの魔物。こっちにまだユウご飯があるゾヨ、ほれほれ」

「ぐるるるるる」


「ダ、ダメみたい痛たたた。ああっ、血が出てきた」

「ユウご飯よりもスクナの腕のほうがおいしいのかな?」

「ハタ坊ものんきなこと言ってないで!」


「スクナはおいしいゾヨ?」

「イズナもそれなら我もちょっと囓ってみたい的な顔をして見るな!! それよりこれ、なんとかしてよ! 痛いいぃぃぃ」


 我慢にも限度というものがある。一旦退却して出直したいたたたた。


「なんとかといっても、それだけ食いついているものを引き剥がすのは難しいわよ」


「痛いっ。もう、この子ったらそんなに怯えないたたたたで。私は危害なんか加えないかたたたたたから。安心していい痛たたたたいのよ」


 そう言いながらそっと頭を撫でる。撫でてるんだからいい加減に敵じゃないって気づきなさいよ。


「それ、なんてナウシカとキツネリス?」

「いたたた。ほ、ほら。怖くなんかないって痛い痛い、あぁ、さらに力を入れやがったたたたた」


「もうそろそろ友情が芽生えてもいい頃なのだが」

「歯が肉に食い込んでいるのゾヨ」


「痛いって、あんた、いい加減に痛たたたた、もう。いい加減にしやがれ!!!」


 私は思わず咬まれていないほうの手で、その子を思い切り殴りつけた。


 小動物には優しく接する、とはいったい?


 あ、しまった!? と思ったときには、その子は腕から離れてころころ転がった。そして鳴いた。


「イッコウ」と。


 ここで、それ!?


「ちょっとスクナ。血がだらだら流れてるわよ、ちょっと待ってね。いま、ナオールを塗ってあげる」

「あ、ありがと、ハタ坊。でもこの子大丈夫かしら。私、あまりに痛くてつい、こつんって」


「思い切り殴ったように見えたけど?」

「こつんてレベルではなかったゾヨ」

「イッコウ!」←そうだそうだ、という意味らしい


 お前まで一緒になって言うな! ってあれ? 言葉が通じているの?


「お前?」


 ささささっ。怯えて私から距離を取ろうとする。しかし首輪の長さの分だけしか、移動はできない。


「もしかして?」


 ささささっ。逃げる。私は追いかける。逃げる、追いかける、逃げる……逃げるたびに繋いだ紐がどんどん短くなってゆく。繋いだ木の周辺をぐるぐる回ったからだ。


 意外とアホの子なのね。そのうちに紐に余裕がなくなり、首が絞まることになる。


「きゅぅぅぅぅ」

「ほら。無駄に逃げるからそういうことになるのよ。分かった?」

「イッコウ」←分かったの意味らしい


 やはり言葉が通じているようだ。いや、正確に把握しているわけではないだろう。だが、こちらの意志を読み取るぐらいはできるようである。


 それなら咬まなくてもいいのにね? でも、この分ならいけるかもしれない。えっと、ユウさんから教わったこういうときに使う呪文。


「今日からお前は私の手下な」

「イッコウ!」 ち~んの意味らしい


 なんか聞いていたのといろいろ違うけど?


「ねぇ?」

「なんやモん?」

「私の言ってること分かる?」

「分かるモん」


 通じた、通じた。あぁすごい。私は魔物と話ができるんだ! ちょっと感動した。魔物と心が通じ合うなんてすごいことよね。


「心は通じてないゾヨ。通じてるのは言葉だけゾヨ」

「いちいち冷や水浴びせなくていいから、黙ってなさい」

「……ゾヨ」


「あんたはなにものなの?」

「ボクはネコウサギイタチ。ヒダの山奥で生まれ育った弱小魔物を束ねる長だモん」


 ネコでウサギでイタチ。見たまんまの名前なのね。


 しかし弱小をいくら束ねたところで……。


「で、ネコウサは、そんな山奥にいたのに、どうしてこんなところまで降りてきたの?」

「名前からイタチの要素が抜けたモん?」

「どうしてイタチだけ消すのゾヨ!」


 どうしてって言われましても。なんとなくゴロが良いかなって。ネコウサチじゃおかしいじゃない。


「良くないゾヨ。イタチは一番肝心ゾヨ」

「ボクはそれでいいモん」

「裏切りものゾヨ!!!」


 裏切ってはいないと思うけど。


「ボクのこと、サルだのトラだのヘビだの、酷いことを言う人がいるモん。それに比べれば優しいスクナは好き」


 あらあら。どうもありがとう。歯形は付けられたけど、その言葉で許してあげるわ。


「ん? サルトラヘビだと?!」

「「「「ああああっ!!!」」」


 まさか、この子が?! 私はイリヒメの言葉を(少し編集して)思い出す。



「いままで何人もの英雄や魔法使いが退治に出かけたが、退治して帰ってきたものはひとりもいない」

「魔物なのに修法がまったく効かない、その上に強力な魔法使いでもあるらしく、上級クラスの魔法使いでも刃が立たない」



 とイリヒメが語った恐ろしい魔物・サルトラヘビ。それがこの子だと? うっそー!?


「じゃ、じゃあ、ネコウサがあの恐ろしい魔物……には到底見えないけど」

「ホシミヤに来てから、多くの乱暴者がやってきたモん。だけど、誰一人としてこの裏庭にはやって来られなかったモん」


「ああ、それは納得だ。あのナニを特殊な方法で愛撫したものだけが入れるのよね、ここ」

「だからハタ坊は話をイヤラシくしないの!!」


「そいつらが地下のダンジョンで狼藉を働くものだから、ボクがいるときは懲らしめたやったモん」

「その歯で噛みついたの?」

「ボクの歯なんかたいして力がないモん。使ったのは魔法だモん」


「ネコウサは魔法が使えるんだ。どんな魔法?」

「首筋がいつもなにかで刺されているような感じになる魔法」


 なんだって?


「毛皮を着ると静電気でチクッとなることがあるモん?」

「「「あー、あるある。あれは嫌だよね」」」


「それを常に起こさせる魔法で、ダンジョンにいる間中、首筋のチクチクが止まらないモん」


 それは確かに嫌だ。


「そうやって追っ払った連中が、ボクのことを悪く言ったモん」

「それで、ヘビだのサルだの……」


「この愛らしいボクが、どうしてそんな不細工な動物に見えるのか。はななだ遺憾だモん」

「それは気の毒だったゾヨ」


 あんたもヌエとか言ってたわよね?


「それですごく怖い魔物にされてしまったのね。でも、退治して帰ってきた人はひとりもいないって?」

「だって、ボクはまだここにいるモん?」


 そりゃそうか。退治されてないのだから、退治して帰って人がいるはずもない……。なんかおもてたんと違うなぁ。


 ネコウサには退治どころか会うこともできなかったはずよね。だけど、すごく嫌な感じ(首筋がチクチク)にされて、たまらず表に出た。するとチクチクは直った。


 それでもう一度入ると、またチクチクが始まる。出ると直る。もうこんなとこ入るもんか! となる。それで冒険者(ネコウサの言う狼藉者)を追っ払うことには成功したわけだ。


 しかし、サルトラヘビを退治に行くと声高に宣言した人は、手ぶらで帰るわけにはいかない。まさか首筋がチクチクするから止めた、なんて恥ずかしいことを言えるはずもない。


 それで「とても恐ろしい魔物がいた」「魔法も効かず刃も立たず」「しかもすごい魔法使いだった」そんな言い訳をでっち上げたのだ。


 それでどんなやつだった? と聞かれて回答に窮したあげく、適当に怖そうな動物を上げたのだろう。


 おそらく最初からサルトラヘビだったわけではあるまい。ある者はすばっしこいサルのようであったと言い、ある者は恐ろしい猛獣のトラであったと言い。ある者は身の毛もよだつ大蛇のようであった、と言ったのだろう。


 それが伝言ゲーム的に繰り返されるこによって混ざりに混ざり、サルトラヘビなんていう魔物を作り上げたのだ。


「話を戻すけど、ネコウサはヒダの山奥にいたのに、どうしてここまで降りて来ちゃったの?」

「あそこは火山が多いんだもン。噴火したら逃げて逃げて、また噴火したら逃げて。そうしているうちに、ここに落ち着いたモん」


 通称・乗鞍火山帯と呼ばれる地帯は、フォッサマグナの西の端であり古来より火山活動が活発である。208話で噴火したオンタケもその一部である。マメチ。


「逃げてきて、どこに住んでいたの?」

「いまココ?」


「それはそうか。聞いた私がバカでした。それじゃあ、イッコウたちを逃がしたのはあんたなのね?」

「だモん」

「どうしてそんなことしたの?」


 という話は、次回にて。

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