第265話 イッコウ捕獲

 寝ているイッコウを次々と拘束しては、ハタ坊にハクサン家に送ってもらった。その手順に慣れてきた。事態は収拾に向かっている。


 と、思っていたのだけど。


「これで最後ね。合計で200匹近くになったのかしら?」

「グジョウで把握している限りでは、逃げたイッコウは全牧場合わせて218匹だそうだ。だいたい戻ったんじゃないかな」


「そうか。まだ多少はダンジョンの中にいるかもしれないね。でもそれは良かった。これで牧場の被害はほぼなくなったと言えそうね」


 これで決算書を提出してもらえるだろう。しかし、分からないことはまだ多い。どうして魔ネコをイッコウという名付けたのか。どうしてイッコウは一揆を起こしたのか。それを先導したのがあの子だとして、それにはどういう理由があるのか。どうして、このホシミヤに集まっていたのか。そもそもあの子はなんなのか。


 それが、この子を眷属にすることですべて分かる、と良いのだけど。


「スクナ、ただいま。これでイッコウの運搬は終了だ。それと、ハクサン家の丁稚から連絡事項がある」

「ハタ坊、ご苦労様でした。連絡事項?」


「ああ、ハルミが目を覚ましたそうだ」

「あ、うん。それは良かったね。コブは大丈夫かしら?」

「そのあとすぐ、こちらに向かったそうだ」

「はい?」


「スクナたちがダンジョン攻略に向かったと聞いたとたんに、アシナと魔王ふたりを連れてヤサカに向かったそうだ」


 どんだけ直情径行よ! ダンジョンって聞くだけで、飛び出さずにはいられない病かなにかなの?


「じゃあ、いまはヤサカにいるのかしら?」

「ヤサカでは、寝ぼけているユウをたたき起こして、魔王たちと一緒にこちらに飛んだらしい」


 もう片付いてしまったのに、いまさらなにをするつもりなのよ。


「あの、スクナさん。いまの話に出てきたハルミという方は、あの有名なハルミ・カンナギ様のことでしょうか?」

「はい、そうですが。さ、様? ハクサン家の執事さんが、ハルミさんを様付けで呼ぶのですか?」


「ええ。そりゃもう。14才という若さでクラスチェンジしたばかりか、首長様じきじきに識の魔法を賜ったという豪傑でしょう。しかも斬鉄の剣士というのふたつ名を持ち、エロエ……はともかくとしてすごい剣士様という噂です。ぜひ、お目に掛かりたいものです」


「さっき、会ってるんだけど?」

「えっ?


「あの識の魔法が使える聖騎士見習いっていう」

「あのお方がハルミさんだったのですかっ!! しまった! 一生の不覚!」


 気づいてなかったんかい。そういえば、ここには写真もなく、会っても自己紹介もしなかったから気づかなかったのだろう。護衛騎士がそうでしゃばるわけにもいかないしね。


 しかしハルミさんについては、ちょっと言いにくい部分もかなり浸透しているようである。シロトリさんは遠慮して言ってくれたようだが、かなり好意的に受け取られていることが良く分かった。ハルミさんも有名人なのね。


「そのハルミさんがこちらに向かったということは、いまはダンジョン中にいるのかしら?」

「おそらくそうだろうな。ハルミならあんなものなでなでするぐらい、遠慮はするまい。なにしろエロエぐえっ」

「そこでストップね、ハタ坊」

「へ、へーい……スクナ。キャラ変わったな」

「え?」


 あぁもう、私のキャラ崩壊している?! 質素でお淑やかで、街の国際執事という立ち位置も崩壊しそう。


「街の国際とかなんのネタだゾヨ?」

「気にしないで。私がこうなったのは、すべてはこのボケ倒すあんたたちのせいだからね」

「我はボケたつもりはないゾヨ?」

「もっと悪いわ!!」


 あとでシッポの毛を1本1本、毛抜きで抜いて差し上げますわ。


「ひぇぇぇぇ」


「ユウさんたち、ここで待っていれば来てくれるかしら?」

「どうかな。それよりダンジョンの中にいるような気がするが」

「ここに飛べるのはスクナとそのパーティだけだゾヨ。迎えに行かないとハルミのことだ、ずっと狩りを続けるゾヨ。ユウを引きずったままで」


「引きずらないでよ! ホシミヤのダンジョンには私は入ってないけど、どのくらいの広さがあるのかしら。イリヒメ様は詳細が分かってないとおっしゃってたけど」


「私が見る限り、ホシミヤのダンジョンの階層は1階しかないようです。しかし中は、見渡してもその端が分からないぐらい広いようでした。それと、弱い魔物はわんさか沸いていました。今回、私たちやイッコウたちと一緒に転送されてしまった魔物がいましたが、あれはごく少数と思われます」


「え? イッコウだけで200匹からいたのに、あれでごく少数なの?」

「ええ、そのぐらいたくさんいました。その数はおそらく万単位になろうかと」


 そこまで!?


「ダンジョン内にいれば、きっとハルミさんも退屈はしないでしょうね」

「退屈しのぎに来てもらっても困るんだけど」


 このまま待っていても、こちらには来ないようだ。それなら迎えに行ったほうが、これからの話がこれ以上ややこしくならないで済む。


 そう思い始めたときに、ハタ坊が言った。


「その前にスクナ。その子、目を覚ましたぞ」

「ふぎゃーーー!!!」


 ああ、この子目が覚めたのね。でも明らかに怒ってるね。目を覚ましたら縛られてたんだから、当然よね。これで怒らないのはユウコさんぐらいだわ。


「ユ、ユウコってのは、そこまでされても怒らない子なのか?!」

「いや、詳しく知らないけど、なんとなくそんな感じが」

「そんなの人間じゃないぞ……」


 うん、エルフだけどね。それよりも、この子を私の眷属にしたい。それには餌付けが一番だ。爆裂コーンしかないけど食べるかしら?


「はい、これ爆裂コーンって言うの。食べる?」

「ふぎゃーー……? くんくん」


 匂いをかいでる。気を引いたようだ。近づくのは怖いから放り投げてみよう。ぽいっ。


「ふにっ。がぶっ」


 ナイスキャッチ! 食べてる食べてる。お腹空いてたのかな。これで懐いてくれれば良いけどぽいっ。


「ふぎゃぁぁぁーーー」


 食べてもまだ怒ってる? それとも催促? もう2個あげてみよう、ぽいぽい。


「ふにふにっ。がぶっ。ふぎゃーーーー」


 食べるけど私への態度は全然変わらない。これじゃキリがないね。もっと近づいてみよう。話が通じるかな?


「ふぎゃぁぁ!! ふぎゃぁぁ!! ふぎゃぁぁ!!」

「威嚇しているゾヨ。近づくのは危険ゾヨ」

「だけど、近づかないと仲良くなれないし。どうどうどう」

「ふぎゃぁぁぁ!!」


 だめか。せめてもっと落ち着いて欲しいのだけど。お腹がいっぱいになったら落ち着かないかしら。


「ねぇイズナ。この子、爆裂コーン以外でなにを食べると思う?」

「ネコなら雑食、ウサギなら草食、イタチなら肉食だゾヨ」

「結局分からないのね。イッコウならなにを食べるのかしら」


「そいつはイッコウではないゾヨ。とりあえず、ユウご飯でもあげてみたらどうだゾヨ?」

「そうだね。色が白い以外に共通点はない……イズナ? ユウご飯を持ってるの?


「あ、しまったゾヨ。そんなもの持ってヨヨヨヨ。だからシッポを捻ってはダメだゾヨヨヨ」

「出しなさい! 持っているもの全部」

「ぜぜ全部は勘弁するゾヨ。出すから、そいつが食べる分くらいは出すからゾヨヨヨ」


 そしてイズナからユウご飯を取り上げて、与えてみた。


「ふぎゃぁぁ!! ふぎゃ? くんくん。サクっ? サクっ? サクサクサク」


 あ、食べてる食べてる。気に入ったみたいだ。ほらほら、もっとお食べほらほら。


「あぁっ、そんなにあげなくてもいいゾヨ」

「サクサク、サクサク、サクサク、きゅぅん」


 なんか良い感じになってきた。この分なら触らせてもらえるかもしれない。ユウご飯ぐらいで仲良くなれるなら安いものだ。


「いや、だからそれ我のユウご飯」


 そして、抱き上げようと手を出したとき、それは起こった。

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