第243話 ハタ坊の観察眼

「ってことは?」

「どのみち、修正には応じるつもりだよ」

「だよ、じゃねぇよ。それならこんな試合、しなくて良かったじゃないか」


「いや、なんこ大会をやるための口実が必要なのだ」

「どんだけなんこ好きだよ!」

「お主らに損はないから良いであろうが」


「そりゃそうだが。以前、タケが来たときも同じことをしなかったか?」

「タケ?」

「あ、えぇと。オオクニの部下で、タケノウチスクネってやつだ」


「ああ、あの無礼なやつか。確かに来たが、あまりに態度が生意気だったので、このゲームでべろんべろんにしてやったわ」

「そんな酷かったのか?」


「酷かったな。いきなりこちらが提出した決算書に不正がある、とか言いやがってな」

「あらら」

「確認するから、資料を出せとか言うので」

「ふむ」


「ありったけの資料を全部目の前に積んでやった」

「やつは武官だ。決算資料を見たところで分かるはずがないのだが」

「そのようだったな。それで」

「それで?」


「なんこで決着を付けようと」

「なんでそこに話が飛ぶんだよ!」

「面倒になったら、うちは全部これだ」


 ああ、なんて単純……シンプルな人たち。


「それでぐでんぐでんにして返したと」

「そういうことだ。結局あいつはなにしに来たのだろう?」

「俺と同じ用件だったはずなんだがな」


「それならそうと言えば良いのにな」

「言ったらどうなっていた?」

「なにはともあれ、なんこ大会だな」

「同じじゃねぇか!!」


「そう、とも言えるが」

「そうとしか言えねぇよ! あんな単純なゲームがどんだけ好きなんだよ」


「おおっぴらに酒が飲めるからなぁ。大会となれば、スポンサーもついて良い酒が用意される。勝てば商品がもらえて酒が飲める。負ければ酒が飲める。どっちにしても酒が飲めるぞー、酒が飲める飲めるぞー酒が」


「待った待った。また危ない領域に入ってるぞ。要するに酒が飲めれば良いのか、お前らは」

「まあ、そのために生きているようなものだ」


 刹那主義かよ。良くそれで国が傾いたりしないものだな。


「その費用はどこから出てるんだ?」

「我が国には、サトウキビという特産品があるからな」

「ああ、なるほど。あれは儲かるそうだな」


「どうだ、お主も買わないか。安くしておくぞ」

「え? いいのか? 売ってくれるなら買うぞ。どのくらいある?」


「じつは今年になって、新たに開墾した土地が7ヘクタールほどあってな、その分がだぶついておるのだ」

「そうか。全部買った!!」


「全部で約350トン……って全部だと?!」

「あれ? ちょっと少なくないか? 昔聞いた話ででは、1ヘクタールのサトウキビ畑から約70トンの砂糖が取れるそうじゃないか。それなら500トン近くありそうなものだが」


「あ、ああ。そんな細かいことまで知っているとか、お主はなにものだ。それはある程度安定した畑の場合だ。開墾したばかりの土地ではそこまで行かない。1ヘクタールで50トンぐらいだ。しかし、それを全部お主は買うというのか?」


「ああ、砂糖が欲しくてホッカイ国で甜菜を作り始めたところだ。必要なんだよ。それでいくらで売ってくれる?」


「甜菜はサトウキビに比べると甘みが少ないぞ。それが好きなら良いけどな。砂糖の値段はキロ10円が相場だ。だから350トンでは350万円だがチラッ」

「100万で買おう」


「いきなりめっちゃ値切りおったな!!? もうちょっと商人的なやりとりをする気はないのか」

「余ってるんだろ? その在庫を全部買ってやるんだ、そのぐらいに負けろ」


「在庫を全部全部買い上げてくれるのはありがたいのだが、さすがにそれはなぁ」

「なんだ、不満なのか?」

「200万はもらいたいとこだ」


「「じゃあ、なんこで勝負だ!」」


「ということで、次の勝負には砂糖がかかることになった」

「なんか目的が違ってないか?!」

「でも、ハタ坊さんなら負けるわけないですよね?」

「そりゃ、もちろん。あたしが負けるはずないわよ」


「その理屈が俺には分からんが、油断はするなよ。お前の技量に100万円がかかってるんだからな」

「それなら半分私によこしなさいな」

「えっ?」


「あたしは別に、ここで負けたってかまわないのよ? 負けてたっぷりお酒飲んで帰ればいいだけのことだしー」

「そう来たか。意外とこってりしてるんだな」

「それを言うならちゃっかりでしょ。私はトンコツラーメンか」


「分かったよ。お前が金を欲しい理由は、あのダンジョンを元に戻したいからだろ?」

「あら、良く分かったわね」

「その復旧に手を貸す、ということでどうだ?」

「どのように手を貸してくれるの?」


「そうだな。まずはダンジョンの改築。もっと冒険者には歩きやすいように道を整備するべきだ。それに薬や食料売り場の増築と改築。売り子が必要なら手配しよう。魔物を掴まえてダンジョンに放り込む、なんてことも必要ならその手伝いもさせよう。それにダンジョン回りには冒険者が泊まれる宿や飲食店、土産物売り場なども作ろうじゃないか。それであそこを1大観光地に育てる。シキ研がその資金を提供する、ということでどうだ?」


「わぁわぁわぁ。それはステキ。分かったそれをしてくれるなら、あたし頑張っちゃう」

「まあ、ハタ坊が俺の眷属のうちは、どのみち命令には従わないといけないけどな」

「あっ?」


「イズモ公。こちらの用意はできたぞ。それでは砂糖の売価を賭けての試合だ。メンバーはさっきと同じで良いな?」

「ああ、それでいい。こちらは少し飲んでいるから多少不利だが、値引きしてもらうのだから、そのぐらいはハンディとしてやろう」


「良く言ったものだ。さっきの試合ぶりなら、負けるはずないとでも思っているのであろう。しかし、今回はそうはいかんぞ」

「というと?」


「その娘がなにをやっているのかは分からんが、監視役を付ることにした」

「監視役?」

「ああ、選手の左右に監視するための専門の人間を置くのだ」


「ちょっと待て! それではこちらに一方的に不利になるではないか」

「そんなことはないだろ。そちらの左右はお主らが付けば良いではないか」


 ん? こちらの左右。あ、そういうことか。


「味方の左右にだけ、監視する人間を配置するということか?」

「もちろんだ」


 それなら良い。俺は「通し」を疑ったのだ。ハタ坊が後ろ手で棒を握るのを隠し見て、それをなんらかの方法で選手に伝える。カイジがやってたやつだ。

 麻雀と違ってこのゲームは数字しかないのだから、通すのは極めて簡単である。防ぎようがない。


 だが、それなら最低でも相手プレイヤーの横に並ぶ必要がある。そうでなければ身体の後ろをのぞき見ることができないからだ。正面からでは不可能であろう。


 しかし、味方の左右に付けるということは、単純にハタ坊のイカサマを疑っているのだ。いや、俺も疑っている、というか信じている。イカサマなしに相手の棒の数を正確に当てるなど、できるはずはないからだ。


 つまりこの勝負は、ハタ坊のイカサマを、相手が見抜いたらこちらの負け。そうでなければ勝ちということになる。


「ちょっとちょっと!! どうしてもイカサマから離れないつもりなのね!」


 そうですけど、なにか。そして勝負は始まった。


「先攻はセンカクだ。では始めよう。双方とも、棒を隠し持って手を前に出せ」

「「はい」」


「よろしい、センカク。いくつだ?」

「さんで」

「じゃあ私は、に!」


 じゃらっ。


「いちだ! 引き分け」


 あれ? ハタ坊が当てられなかったぞ。引き分けだから良かったものの、もしかしてバレそうだったのか? だからイカサマを止めたのか? あの監視役はそこまで有効だったのか? やばいじゃないか。


「センカクさん、やりますわね」

「これしかないと思ったのだ。やはり、そうだったか」

「さぁ、それはどうですかね」


 なんだなんだ、こいつらはいったい何の話をしてるんだ?



「次の先攻はハタ坊だな。いくつにする?」

「にで」

「じゃあ私は、さん!」


 じゃらっ。


「さん! センカクの勝ち!!」


 あららら。負けちゃった。まさか、左右に配置したふたりがいると、ハタ坊はイカサマが使えないのか。シマズの思った通りの状況になってしまったのか。


「もう、イカサマイカサマって連呼しない! あたしはそんなことやってませんってば」


 確かにいまはやってないのだろう。だから勝てなくなっているのだ。ああ、100万も賭けた勝負に、負けるのはなんか悔しい。


「次の先攻はセンカクだ。いくつにする?」

「いちで」

「じゃあ私は、よん!」


 じゃらっ。


「よん! ハタ坊の勝ち!!」

「くっ。読まれたか」

「あら、ただの偶然ですよ、うふ」


 分からん会話が続いている。俺が見ている限り、センカクにもハタ坊にも不審な行動は全く見られない。それなのに、ふたりだけで意味ありげな会話をしおって。なんか悔しい。


「次はセンカクから。いくつにする?」

「さんで」

「じゃあ私は、に!」


 じゃらっ。


「さん! センカクの勝ち!!」


 そんな勝負がしばらく続いた。勝敗はほぼ五分五分である。それはいつもの通りである。ということは、酒に強いほうが勝つという本来の姿に戻ったということになる。


 それではこちらに勝ち目がない、という状況に戻ったとも言えるのだ。しかし、だんだんハタ坊の勝率が目に見えて上がって来た。


「次の先攻はハタ坊だ。いくつにする?」

「さんで」

「じゃあ私は、に!」


 じゃらっ。


「さん! ハタ坊の勝ち!!」

「ふぅぅ」

「センカクさん、手が震えてますわよ?」

「うっ」 慌てて自分の手を隠した。


 だからお前らはいったいなにをやっているのかと。


 待てよ、センカクが手を隠した? その前にハタ坊はなにを言った? 震えている、だったな。


 そのとき俺は、これまでのふたりの会話を思い出していた。


 ハタ坊はセンカクに向かって最初「やりますわね」と言った。それがはったりなどではなければ、センカクはハタ坊の目を欺く何かをしていた、ということになる。

 センカクの「これしかないと思ったのだ」というセリフも、そう考えると合点が行く。


 つまり、なにかをやったのはセンカクのほうだ。それがカモフラージュになって、ハタ坊は相手がいくつ棒を持っているのかを当てられなくなったのではないか?



「次の先攻はセンカク。いくつにする?」

「さんで」

「じゃあ私も、さん!」


 じゃらっ。


「さん! 引き分けだ」


 これは特殊ルールである。先に相手が言ったのと同じ数字を言うことはできるのだ。

 ただしその場合。数が外れた場合には、あとから言ったほうの負けとなる。


 例えば、ふたりとも3個と答えたのに、開けたら2個だった場合。あとから言ったほうは負けとなる。つまり、先攻者と同じ数字を言うということは、最良でも引き分けにしかならないのだ。


 それをあえて言うということは、それだけの自信というか根拠がなければなかなかできないことである。今回、ハタ坊はそれをあえて言った。そして引き分けに持ち込んだ。


「くっ。こんなに疲れるものなのか」

「普段使い慣れない筋肉ですものね」


 使い慣れない筋肉?


「次の先攻はハタ坊。いくつにする?」

「さんで」

「じゃあ私は……よん!」


 じゃらっ。


「さん! ハタ坊の勝ち!」



 ここまで30分ほどであった。ハタ坊は16杯。センカクは21杯飲んでいた。センカクは善戦していたと言って良いであろう。

 しかし、その辺りからはその前の試合のように、一方的なものとなった。


「さん! ハタ坊の勝ち!」

「よん! ハタ坊の勝ち!」

「よん! ハタ坊の勝ち!」

「ぜろ! ハタ坊の勝ち!」

「に!  ハタ坊の勝ち!」

「いち! ハタ坊の勝ち!」


 それでもセンカクはギブアップはしなかった。震える手で最期まで戦い続け飲み続けた。


 ようやく俺にもカラクリが分かって来た。そうか、あの手に原因があったんだ。


 理屈は分かった。ハタ坊は相手が何本の木を隠し持っているか、それを「手の筋肉の動き」で読んでいたのだ。そしてそれが百発百中だったのだ。


 センカクはそのことに気づいた。だから誤魔化そうとしたのだ。例えば2本持っているのに、1本しか持ってないフリをする。1本も持っていないのに2本持っているフリをする。


 それは普段は使わない手の筋肉に、過酷な労働を強いることになったのだ。そして手が震え始めると、もう騙すことができなくなった。その時点で、勝負は決まっていた。


「さん! ハタ坊の勝ち!」


 センカクが杯を手に取ろうとしたとき、そのまま前に崩れ落ちたのであった。それを見たシマズは言った。


「勝者。イズモ!!!!」


 今度はこちらがビビるほど、盛大な拍手が沸き起こった。勝者をたたえる拍手であった。


「さっきまでとはずいぶん違うな」

「さっきまではイカサマを疑っていたからな。しかし、そうではないことは立証された。見事であった、ハタ坊!」

「ありがとうござひまひゅひゅー」


 おいおい。お前も危なかったのか?!


「なんのなんの、これひきのほとほにゃららほーい」くたっ。


 あ、落ちた。こいつも限界だったのか。マジで危なかったのだな。しかし、良くやった。100万で砂糖が350トンも手に入ったぞ!! 喜べウエモン! これでチョコレートの試験なんかいくらでもできるぞ!!


「それでは、シマズ様。決算書の再提出をお願いしますね。来年以降もこのフォーマットでお願いします。あ、マニュアルを持って来ていますので、これを参考にしてください」


 淡々と事後処理を進めるスクナである。お前は有能か。


 さて、あと残るはヒダとミノだけだ。みんなが起きたらさっそく飛ぶとしよう。

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